第54話 夕食

 ほとんど何も飲まず食わず作業を続けて三日目、俺はついに《リーパー:γ》を完成させた。カンテラの人たちの発想によって生まれた機能を余すことなくすべて積み込み、1500年前の俺が作ったものと同等以上の性能になっている。幸い材料は自分がため込んでいた者だけで足りたので三日間ずっと引きこもって作業することができた。


 俺は出来上がったリーパーを担いで屋敷の廊下に出ると、ヴェルが俺の部屋のすぐそばに立っていた。


「兄ちゃん、何それ?」


 ヴェルは純朴な視線をこちらに向けながら首を傾げた。


「これはね、悪い魔物を倒すための道具なんだよ。本当に危ないからヴェルは触っちゃだめだよ。」

「はーい」


 ヴェルはそのままトッテットッテと走っていってしまった。その後イリスの部屋を訪ねたのだが、外出中だったのか部屋は空だった。部屋に置いていた異物除去の魔道具がなくなっていたのでおそらく持っていったのだろう。


 空気中の魔力の流れを見て、今みんながどこにいるのかを探してみると、みんな庭のテラスでお茶をしていた。窓からその様子を見ていると、イリスと母さん、メイが仲良く談笑しているようだった。てっきりイリスのことだからどこか緊張しているのだと思っていたのだが、いらぬ心配だったようだ。


 俺はそのまま自分の普段使いの部屋に戻り、睡眠をとって酷使した頭と体を休めたのだった。


〜〜〜〜〜


 私はイリスさんを呼んでお茶をすることにした。イリスさんがフェディと一緒に冒険者の活動をするという話をメイドの一人から聞いて、どのような人物なのかが気になったのだ。


 もしフェディと一緒に冒険をする人が変な人間であれば不安で不安で仕方がないからだ。


「そういえば、イリスさんはどこ出身なんですか?」

「私はヘルメス出身でヘルメス育ちです。ヘルメスの街以外には今の所行ったことがないですね。」

「そうなのね。ちなみに、お父様とお母様は?」


 イリスさんは首をかしげながら教えてくれた。


「確か、父さんはアテナで育ったって言っていたと思います。母さんはスイレンのカンテラという街の出身だそうです。」


 スイレンのカンテラという土地は確か七星の拠点があった街とされているところで、《番人》が治めていた土地である。


 大災害のあと一番最初に復興した街でもあり、今は世界の中でも一番栄えている街として有名である。そのためカンテラ出身の人は非常に多く、人口も凄まじい。


 全体的にスイレンは非常に栄えているのだが、その中でもカンテラは飛び抜けているらしい。行ったことはないが。


「なんでお母様はカンテラを出てアテナに?」

「お母様が小さい頃は冒険者をしていまして、スイレンよりもアテナのほうが迷宮が多く経験が積めると思ってこっちに来たそうです。その冒険者生活の中で父さんに出会ったそうです。」

「なるほど、それで、今ご両親はどこに?」

「スイレンにいます。」

「ついていかなかったんですか?」


 イリスさんは下を向いてしまった。


「実はイベラロードは母の姓なんです。スイレンでもかなり上流の貴族の家らしくて、私が七歳のときに家の人に迎えに来られて仕方なく両親ともスイレンに行くことになりました。その時、母さんは私にヘルメスに残って夢見ていた冒険者になるか、スイレンへ行って貴族の子供としてこれから生きていくか選ばせてくれました。そして私はヘルメスに残って冒険者をすることを選んだんです。」

「なんでそこまでして冒険者になりたかったんですか?」


 イリスさんは笑ってこちらを見た。


「バカみたいですけど、おとぎ話に出てきた主人公の英雄さんに憧れてしまったんですよね。そして私もそんな英雄さんみたいになれると子供のときは思ってました。実際はそんなことはなくて、何回もフェルディナント君に助けられて情けないです。」

「そんなことはないですよ。私にとってはあなたも英雄みたいなものですよ?」

「そんなことは…」

「自分の体をなげうって息子のことを守ってくれた。それだけで少なくとも私にとっては英雄そのものですよ。」


 イリスさんはそのまま照れくさかったのか下を向いてしまったが、メイがくだらない話をしている間に普通の可愛らしい表情に戻った。


 話してみて少しわかったのだが、イリスさんは心のなかに幼さと大人らしさを同居させている珍しい人だと思った。でも、基本的にいい人だと思う。多少融通の効かないところもあるかもしれないが、フェディを任せても問題ないと思えるくらいには彼女のことを信頼することができた。


「イリスさん、フェディのことをよろしくおねがいしますね。」


 イリスさんは驚いたような表情でこちらを見たが、すぐに真剣さと嬉しさを同居させたような表情で、


「もちろんです!」


 と言ってくれた。


〜〜〜〜〜


 私はフェルディナント君のお母さんと話していて不思議な感覚を味わった。


 彼女と話している間常に私が考えていることが見られているように感じて、少し怖かった。


 でも、話しているうちに本気でフェルディナント君のとなりに立つに相応しいかどうかを考えていると感じた。


 しかし、なぜ私がこれからフェルディナント君と一緒に冒険者をやることを知っていたのだろうか? 


 まさかとは思うが本当に私の心を読んでいるのではないだろうか…


〜〜〜〜〜


「フェルディナント様、夕食のお時間です」


 部屋で眠っていると、部屋の扉の向こう側からミヤさんが呼ぶ声が聞こえてきた。


 返事をして部屋の外に出ると、すでにミヤさんは廊下にはおらず、もうリビングの方に向かってしまっていた。


 みんなリビングに集まっているようだったので俺も急いで向かうことにする。魔力感知で見た通りみんなテーブルを囲んで座っており、メイドさんたちが料理を運んできている途中だった。


 心なしかいつもより豪華な料理に、今日は何かあったっけ?と考えるのだが、特に今日は誰かの誕生日でも、記念日でもなかった。


 訳がわからないまま席に着くと、母さんが口を開いた。


「フェディ、あなたスイレンに行くつもりでしょう?」

「え?!」


 まだスイレンに行くつもりだということは誰に話していない。それなのにもかかわらず母はスイレンに行こうとしていることを知っていた。


「母さん、何で俺がスイレンに行こうとしていること知ってるの?」

「それはもう母の力、と言いたいところだけれど、ちょっとズルして母さんの権能を使ったのよ。」

「権能?」

「《心機眼》これがお母さんの権能よ。母さんが見た相手が何を考えているのかがある程度わかるの。だから隠し事しても無駄なのよ?」


 母がそういうと、イリスは納得したような表情になり、ミヤさんは驚いた顔になった。おそらく二人は何か不思議に感じるきっかけのようなものがあったのだろう。俺は正直今になるまで違和感を感じなかったのだが。


「フェディが気づかないのも無理ないわ。だって今まで心機眼は使わなかったもの。心機眼で子供が何を考えているのかを知ることができたとしても、それじゃあ育てたということにはならないと思ったの。でも、最近フェディの様子がおかしくって心配だったから仕方なく使ったのよ。」


 母は権能を持っていないと思っていたのだが、そういうことだったのか。心機眼は相手の心をある程度見ることができると言っていたのだが、一体どこまで見られていたのだろうか?


「フェディは心配しなくても秘密にしていたいことは見れないから安心して頂戴。私はフェディがイリスさんを治療するためにスイレンに行こうとしていることしか見ていないわ。」


 母はそれだけ言って纏う雰囲気を変化させた。砕けた雰囲気から一転、真面目な表情に。


「フェディ、お母さんから一つだけ確認しておきたいことがあるの。」

「…なんですか?」

「絶対に生きて、また二人でお母さんたちのところに顔を見せに来てくれる?」


 非常に答えにくい質問だ。おそらくこれから俺は旅をしていく上で何度となく他の世界からの刺客や神々、盗賊や魔物など様々な危険に出会うことになると思う。その全てで生き残り、仲間も守って生き残るということは、正直約束できない。


 もちろん仲間を失ってしまはないように本気で戦うが、人間である以上同しようもない事態に陥ることもあるだろう。


 ここで適当に帰ってくると答えてもいいのだが、それでは本気で俺のことを心配してくれている母の冒涜になると思う。なので、ここでの最適解は…


「冒険者をやる以上、絶対に生きて帰ってくるとは約束できません。でも、本気で生きて帰ってくる努力をします。これじゃ質問の答えとして足りませんか?」


 母は俺がそう言うとわかっていたかのように頷いた。


「フェディはそういう子だったものね。その答えで十分よ。お母さんはフェディを止めたりしないわ。お父さんにはお母さんから行っておくから、気にしないで大丈夫よ。」

「母さん、父さんには俺が自分でいうから大丈夫だよ。」

「そう、それなら頑張ってね。」


 母との会話が終わり、みんなで食事を食べ始めた。メイドさんたちが作ってくれたいつもより豪華な食事は、非常に温かくて美味しかった。

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