第44話 平和な日常

 俺は目の前で座り込んでいた薄桃色の髪の女性が目を閉じて倒れてしまい、慌てて彼女の頭が地面にぶつかる前にそっと受け止めた。死んでしまったのかと思い、慌てて口元に手をかざすと、まだ息をしていた。


 ただ、出血量が多かったのか気を失ってしまっているだけだった。俺は体中の傷を消毒したうえで治癒魔法をかけてやった。彼女の傷が完全に癒え、しばらく彼女が目を覚ますのを待っていたのだが、すぐに目覚める様子はなかったため、町まで連れて帰ることにした。


 彼女を襲っていた男たちは気絶しており、全員まとめて縛ってある。そいつらを町まで引っ張っていこうかとも思ったのだが、そこまでしてやる義理もないし、今はこの女性のほうが心配だ。彼女を連れて、ヘルメスの町へと戻ってきた。おそらく彼女はここで冒険者をしてるだろうと思って、カウンターで彼女の情報を聞いた。


「あ、イリスさんどうしたんですか?」

「実は男の冒険者四人に襲われて危険な状態だったところをたまたま助けたんですけど、この人が住んでる家か宿の住所って教えてもらえますか?」

「襲われてたんですか…。イリスさんはギルドの建物を出て町の北門の近くの家に一人で住んでらっしゃいます。家の前にはわかりやすく表札が立っていたのですぐにわかると思います。」

「丁寧にありがとうございます。」

「いえ、こちらこそイリスさんを助けていただいてありがとうございました。」


 俺はカウンターの女性に礼を言ってギルドを出た。カウンターの人が教えてくれた通りに町の北門へと向かう。ヘルメスの町は外周に近づくほど人の流れは大きくなるのだが、町の北部は北門を出ても行くところが全くないため非常に静かな場所になっている。


 このあたりの家は安く売られていると父から聞いたことがあり、総じて冒険者がここに家を建てることが多いそうだ。冒険者でも手を出せるほどの値段で家が売られているだけでなく、そこまでギルドから離れてもいないため、駆け出しから中堅の冒険者辺りまでは好んでここに家を買う。


 ここに家を買う冒険者は基本的に独身ばかりなので、家もこじんまりとしたものばかりが立ち並んでいた。といっても、決してスラムのように荒れているわけでもなくきちっと整理された町並みはちょっとした居心地の良さを醸し出していた。


 北門まで続く道をイリスという女性をおんぶしながら歩いていると、カウンターの人が言っていた通り、《イリス・イベラロード》と書かれた表札が張ってある家の前に着いた。この家は木造のログハウスのような作りをしていて、森の中や山の中腹あたりに建っていれば何も違和感がなかったのだろうが、周りにレンガ造りの家ばかり建ち並んでいるせいで違和感がすごかった。


 家の玄関まで彼女をおぶっていき、あまり褒められたことではないが土魔法で勝手にカギを作り出して扉を開けて家の中に入っていく。家の中にはキッチンと、寝室兼ダイニングの二部屋しかなく、床もそこそこ散らかっていた。冒険者は時間がないので、片付けも掃除もできないため仕方ないのだろうが、疲れて帰ってくるたびにこの汚い部屋で休んでいるのだと思うと、少しいたたまれない気持ちになった。


 せっかくなので俺はこの家の掃除と片付け、それから彼女が起きたときにすぐにまた寝れるように料理を一品作っておくことにした。


~~~~~


 彼女の部屋の掃除と料理が終わり、俺は再び冒険者ギルドに顔を出していた。さっきの女性のことで頭がいっぱいで、自分が受けていた依頼の達成報告をし忘れていたのだ。きっちり討伐照明の魔物の部位を25体分提出し、報酬を受け取ってそのまま家に帰った。


 家に帰ると、もう一丁前に喧嘩するようになったメイとローズヴェルトが庭を駆け回りながらポカスカ殴り合っていた。


「こらこら、メイ、ヴェル、喧嘩しないの。」

「あ、お兄ちゃん!聞いてよヴェルがね…。」

「兄ちゃん聞いてよ!姉ちゃんがさ…。」


 俺が二人を軽く叱ると二人はこっちに走って向かってくる。


「何があっても喧嘩はダメ。分かった?」

「はぁい。」

「ごめんなさい…。」


 シュンとなってしまった二人を抱きあげて俺は家の中に入っていった。メイはもう今年で13歳になるのだが、まだまだ小さくて軽く抱き上げられるくらい軽かった。ヴェルも10歳になるのだが、まだ俺に比べると小さい。年下二人を両肩に座らせて、玄関に入るとミヤとメイドの二人が待っていた。


「おかえりなさいませフェルディナント坊ちゃま。風呂の準備ができておりますのでどうぞ、疲れをいやしてきてくださいませ。」

「みんなただいまです。それじゃ、お風呂いただきますね。」

「兄ちゃん、俺も一緒に入りたい!」


 ヴェルが肩の上から可愛いことを言っている。しかし、肩の上でぴょこぴょこされるとさすがの俺でも痛いんだぞ?


「ローズヴェルト坊ちゃま、お兄様は魔物と戦って疲れておいでです。わがままを言ってはいけませんよ?」

「ミヤさん、大丈夫ですよ。ヴェル、一緒に風呂はいろうか。」

「やったぁ!」


 俺はメイを肩から下ろして風呂場へ向かった。うちの風呂場は貴族の家とは違って豪奢な装飾などは無いのだが、浴槽は檜でできており周りの壁も湿気に強い、白い木材で作られているため落ち着いた安息の時間を過ごす事ができる。


 皮でできた軽く丈夫な鎧と膝当てを外し、その下に着た麻の服を脱いで風呂場に入る。ヴェルはとっくに走って風呂場に入っていった。


 ヴェルは同年代の男の子たちの例に漏れず、ヤンチャですぐに走り回る。風呂場の床でも理由なく走り回ったり、そこそこ大きな浴槽に川遊びをしているように飛び込んだりする。


 しかし、俺はもう精神年齢30歳を超えてきたので一緒に走り回ったりはしない。走り回っているヴェルを「平和だなぁ」と思いながら眺めているだけだ。


 しばらく走り回って疲れたのか、大人しく体と頭を洗って浴槽に浸かるヴェル。俺がのぼせるまで、今日冒険者としてしたことや、まだヴェルが小さかった頃に俺に色々なことを教えてくれたアメリアのことを楽しそうに聞いてくれた。


 俺がのぼせて風呂を上がると、ヴェルも一緒に風呂を上がった。魔法で体中の水分を飛ばし、部屋着を着て自分の部屋に戻った。


 最近はこうして夕食前に自分の部屋へと戻り、日記をつけるように習慣付けている。もともと前世では日記では無いが、魔道具を作っていく上で毎回日誌のようなものをつけていた。


 その日自分が考えたりふと思いついたアイデアを忘れないようにするためにつけ始めたものだ。この世界では、魔道具は嗜む程度にしか作っていないが、魔法に短槍、世界の常識など学ぶことが多いため記録をつけて思い出すきっかけにしているのだ。


 迷宮で思いついた魔道具のアイデア、初めて人に対して撃った《テンペスト》の感覚、それら全てを忘れてしまわないように仔細に記録していく。


 そうして机に向かっていると、いつもの決まった時間になり、ミヤさんが夕食に呼びに来てくれる。


 夕食の席では、いつも父が俺に今日何があったのか聞き、ちょっとしたコメントをした後、他愛の無い話や、父の職場の愚痴やらメイとヴェルの口喧嘩やらが繰り広げられる。


 最近普通に感じている幸せの景色だ。俺が前世の記憶を引き継いでいなければ特に何も感じることはなかっただろうが、前世であっさりと死んでしまった俺はこの幸せを大切に感じている。もう前世のようにあっさりと死んでこの幸せを失うのも、家族の誰かを失って幸せの場所が崩れてしまうのも嫌だ。


 俺は心の中でこの日常が続くことを祈りながら眠りについたのだった。

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