狩人習作

習作200118A 〈狩人〉

 人狼ウェアウルフと呼ばれる人間を襲う魔物がいる。

 人狼に襲われた人間は、正気を失い、風の音に興奮して四つんいになるなどの奇妙な動きをするようになり、やがて一度死ぬ。そして、死んだ人狼は、おおかみとなってよみがえり、次の被害者を襲うと言われている。

 狼となって甦るために不滅であるとされている人狼だが、一度死んでから甦るまでのわずかな間は、その不滅性を失うとされている。この間に人狼の身体を聖水で清め、完全に破壊して焼き尽くせば、人狼が狼として甦ることを防げると言われている。


 〈狩人〉は、二日がかりでようやく冷やした窯の底から、青白い粉を注意深く取り出した。このときのために、〈狩人〉は、一日がかりで貝殻を集め、石炭と共に窯に詰め込んで三日間焼いたのだ。五日間窯のなかにあった貝殻は、すっかり別のものに変わっていた。

 ほどなくして、粉は、狩人が用意した鉢をいっぱいにした。


 窯から青白い粉を取り出した〈狩人〉は、予め獣脂で満たしていた大鍋に鉢の中の粉を放り込んだ。鉢を空にすると、〈狩人〉は、火打石をたたいて薪を燃やし、大鍋を火であぶった。

 〈狩人〉の額から汗がしたたり落ちる。大鍋が熱されるにつれて刺激臭しげきしゅうが立ち込め、獣脂と粉とが黄色味を帯びた粘っこい液体に変わっていく。

 しばらくして、獣脂と粉が十分に混ざり合い、粘っこい液体に変わったことを見届けた〈狩人〉は、大鍋を火からおろして液体を冷ました。そして、んでおいた水をたたえる大おけの中に液体を注ぎ込み、かき混ぜた。

 小一時間ほどで作業が終わり、大桶の中は、乳白色の聖水で満たされた。


「みな、待たせた」


 つぶやかれた彼の言葉にこたえる者は、いない。

 彼の村は、彼が狩りに出ている間に人狼に襲われた。獲物を担いで村に戻った彼がみたものは、四つん這いになり、よだれをたらしてわめきちらす友人たちの姿だった。友人たちは、一人残らず人狼になっていた。


 〈狩人〉は、柄杓ひしゃくで聖水をすくい、地面の上で息絶えた友人たちに振りかけた。

 友人全てを失った彼にできることは、友人たちの亡骸なきがらを聖水で清め、焼き尽くして狼として復活しないよう弔うことだけだった。

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