第58話 昔話

『シロナ様は、お姫様。カナタ様は王子様。おふたりは同盟国同士で幼馴染みでした』


 その後。

 古代文明の謎の技術を全く甘く見ていないネヴァンは、現時点で非協力的なサスリカを自由にはしない。彼女はあらゆる拘束具を付けられ、どこか地下の牢獄に収容される。

 鉄格子を挟んで、オルヴァリオが立つ。聞きに来たのだ。

 1万年前の話を。


『恐らく、カナタ様はシロナ様を妃に迎えたかったのだと思います。その頃はまだ世界は滅亡しておらず、ワタシも造られていませんが』

「それは、叶わなかったのか」

『ハイ。戦争が起きました。その戦争を終結させる為に、シロナ様は敵国の王子と結ばれたようです。ワタシの記録では』

「……ふむ。まあ仕方無い話だな」

『ワタシは、カナタ様ご本人とはお会いしたことはありません。ワタシが造られた時には既に、シロナ様はレオン様と結ばれ、そして共に亡くなっておりました』

「……レオンてのが、その敵国の王子か」

『ハイ。おふたりは愛し合っていたと、共通のご友人様であるアニマ様からお聞きしました。ですからワタシの知るカナタ様は、「ご立派な宇宙飛行士」でしかありませんでした』

「……宇宙、飛行士?」

『宇宙を飛ぶ船の操縦士です。今よりもっと、文明は進んでいたのです』

「なる、ほど」


 カタカタ、キューンと音が鳴る。サスリカの身体に宿る、古い記録を呼び起こしているのだ。


『世界が崩壊しても人類が長らえるように、大勢を乗せて別の惑星へ移住する計画がありました。「Project:ALPHA」と言います。それに貢献した偉大な飛行士のひとりとして、名を残したのがカナタ・ギドーです』

「……凄いな。古代人は」

『その古代人の血を、我が物にしようとしているのが、ネヴァン商会なのでしょう』


 解かすつもりなのだ。あれをトレジャーだと思うのなら破壊行為はできない筈。ネヴァンもクリューと同じく、『氷漬けの美女』をひとりの女性として見ている。


『恐らくあてがわれるのは、オルヴァリオ様』

「…………!」


 カナタ・ギドーの生まれ変わりを自称している者の、子孫。それだけで、察することができる。カナタの宿願を果たす。文明の復興は、表向きの目的でしかないのだろう。


「おいおい、クリューに殺されるぞ」

『ハイ。ワタシも認めません。何よりあの「グレイシア」は、シロナ様ではありませんから』

「? そうなのか?」

『あれはクローンです。滅亡後に。シロナ様達の死亡後に、アニマ様が自律AIのレイシーを使って計画したものです。ワタシの記憶は途中で途絶えていますので、まさか完成されているとは思いませんでしたが』

「……?? すまん分からん単語が」

『つまり、古代文明では人間の複製ができたのです。あれは複製された人間。シロナ様の容姿を持っていますが、別人です。滅亡する世界を嘆き、未来へ遺伝子を残そうとしたアニマ様の命と涙の雫』

「…………ふむ」


 人間の複製。遺伝子。オルヴァリオからすればちんぷんかんぷんだった。


「それで、実際解かせるのか?」

『ハイ。あれは実は氷ではなく、機械です。常に冷気を放つ透明な機械と、それを維持する装置があります。装置を触り、解除する命令を出せばますたーの目的は果たされる筈です』

「なるほど。じゃあクリューが来る前に俺達がそれをやる訳にはいかないな」

『ハイ』

「…………」


 オルヴァリオは、サスリカと話していて少し気まずくなった。


「怒っているか」

『ハイ』

「!」


 サスリカは無表情で即答した。オルヴァリオは動揺してしまった。


『貴方様はますたーのご友人様ですが、ますたーの意向と違う行動をしています。ワタシに感情があるならば、貴方様を快く思わないでしょう』

「…………だよな」


 自分が何をしているか。オルヴァリオは自分で理解している。サスリカに背を向けて、その場を去った。

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