第56話 殺人

「上陸したことも割れてるだろうな。旗を隠す案もあったが、こちらは普通に定期便だ。それに船の種類がそもそも割れてる」

「昼夜問わず警戒すべきですね。休む時も交替で」


 彼らは中央大陸に到着した。港街へ出てまず最初にすべきことは、変装である。


「で、どこへ向かうんだ? ネヴァン信仰のある山岳地帯か?」

「ここは中央の玄関口だ。オルヴァとサスリカも通った筈。聞き込みをしよう」

「ふむ」


 ここは港街ベラエと言う。西方大陸と中央大陸を結ぶ交易の中心地。人も物も溢れ返る豊かな街。聞き込みを行おうにも人が多すぎる。それに半分程度は、街の住民では無い。


「ギルドはある。内々で依頼を出そう。『黒髪の西方人と、青髪で肌の黄色い少女』。特徴的ではあるな。依頼料は出せそうか?」

「ええ。そのくらいなら。オルヴァリオが稼いだお金がね」

「はっ。おう使ってやれ」


 その提案は、エフィリスからだった。ギルドメンバーは全員がトレジャーハンターとして未開地へ向かう訳ではなく、こういった雑用を主としている者も多数いる。都会のギルドならなおさらだろう。


「じゃああたし行ってくるから、宿取っておいてよ」

「待て」

「?」


 リディがギルドへ向かおうと踵を返したが、クリューが止めた。

 正確には、彼も靴の方向を並べた。


「ただでさえ少数なんだ。ここは殆ど敵地だと思って良い。単独行動は無しだ」

「まあ、そうだな。全員で行こう。それにギルドにゃ、俺の顔も利くしな」


 彼も来るなら、マルが付いてくる。単独行動を避けるなら、サーガも来なければならない。つまりは全員で行動することになった。


 まずは服屋へ向かう。服装や装飾品を揃え、中央風の格好にする。出来れば、顔や髪をあまり見せないような格好に。


「中央の通貨にはもう替えてたのか」

「まあね。クリューのお父様が居てくれて本当に助かったわ。あんた本当、なんでトレジャーハンターなんかやってんのよ」

「『氷漬けの美女』を解かしてプロポーズするためだ」

「……知ってるけどさあ」


 リディがこれまで出会った誰より、クリューがイカれていた。大商人の息子だろうが、屋敷があって裕福だろうが、関係無い。クリューは実家が貧乏であっても、何があっても今ここに居ただろう。


「そういやお前ら、相手は猛獣じゃなくて人だぞ。殺せるか?」

「……」

「……それって」


 エフィリスがふと、クリューとリディに訊ねた。リディが反応する。その質問は、ラビアでクリューも彼女にしたのだ。オルヴァリオが、人を殺せるかと。


「ああ、技術の話じゃない。精神の葛藤もまあ関係無い。殺した奴の家族に永遠に呪われる覚悟があるかどうかだ」

「俺は戦争を知らない世代だが、『敵』は『敵』だ。最大限身を守るが、その結果そいつが死ぬかどうかは俺の知ったことではない」

「無責任にも聞こえるぞクリュー。生かして逃がしたらその後そいつに仲間が襲われるかもしれない。その場合殺し損ねたお前が仲間を殺したことになる」

「なら殺そう」

「……ああ。安心しろ。俺らはもう一心同体だ。一緒に背負う」


 クリューは眉ひとつ動かさず即答した。この男は本当に、必要ならばひと欠片の躊躇もせず殺すだろう。『氷漬けの美女』の為ならば。


「リディは?」

「……経験が無い訳じゃないわ。現地にも向かう『女コレクター』だから。危険なのは猛獣だけじゃないもの」

「なるほどな。俺達より肝が据わってそうだ」

「リディの実力を知れば襲う奴なんて居ないだろうにな」

「それでも、一定数『バカ』は居るのよ。あんたら坊っちゃんと違って、大抵のハンターはゴロツキチンピラなんだから」

「怖ぇなあ、女は」

「エフィリス。中央では目立つ行動は禁止。娼館も駄目ですよ」

「なんだと……!?」


 敵は殺さねばならない。利用できないなら生かした方がリスクが高いからだ。

 リディはふと、マルの方を見た。明らかに子供である彼女を。


「マルは?」

「う、うん。仕方無いわ」

「!」


 即答した。リディはぎょっとする。こんな幼い子でも、『殺人』を理解して納得して行っているらしい。


「だって敵だもの」

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