第43話 死に至る怪獣

「……『ドラゴン』」


 小説によく出てくるその怪獣は、実在している。

 巨大な蛇か蜥蜴に、蝙蝠の翼と山羊の角を生やした外見。鱗が重なった甲殻は鉄すら防ぐ。剣や銃弾などは当然無効。

 凶悪な爪は力任せに全てを引きちぎり、重厚な尻尾の一撃は人間の城も粉砕する。

 さらに翼によって飛行するのだ。あの巨体が空から降ってくる。それだけで街は壊滅する。

 その上。

 肺に特別な器官を持っており、口から炎を吐き出すことができる。当然ながら肉食であるドラゴンは、獲物を焼いて食すのだ。ほとんどの陸上生物の弱点である『火』を我が物にし、それを用いて狩りを行う。

 それが『ドラゴン』。生態系の頂点。


「——良いか。『受ける』なよ。全て躱せ。かすれば死ぬ」

「…………!」


 オルヴァリオは生唾を飲み込んだ。もう、目と鼻の先に、ドラゴンが居る。砂色の鱗に、焦げ色の角。指が彼の脚と同じ太さだ。イビキの音が、耳を塞ぎたくなるほど大きい。


「ぐる……」

「!」


 近付いただけで眠りから覚めるほど、ドラゴンの知覚は鋭い。これの意味するところは。

 『ドラゴンにも、気を付けるべき天敵が居る』ことに他ならない。勿論そんな超生物は未だ確認されていないが。


「さあ祭りだ。行くぜオルヴァリオ」

「お、おうっ!」


 ドラゴンはふたりを視界に捉え、起き上がる。ふたりは背に負った大剣を抜いて構えた。


「————!」


 デッドリィドラゴンの死を運ぶ咆哮が、朝陽昇る荒野に轟いた。


「!」


 人間など、虫と変わらない。まず岩のような尻尾が物凄い速度で襲ってきた。オルヴァリオは必死に退いて範囲から逃げたが、エフィリスは『前に出た』。


「エフィ——!」

「ほっ」

「!?」


 まるで縄跳びのように。尻尾をジャンプで躱し、さらに接近した。オルヴァリオは目を疑った。彼が目で追えない、間違っても縄跳びなどできない速度と太さだった筈だ。


「オラァ!」


 そして、腹に一撃、斬り付ける。鱗の生えていない腹部を油断して晒していたのだ。綺麗な横筋が出来て、赤い血が噴き出した。


「————!」


 ドラゴンが激しく暴れる。巻き込まれる前に、エフィリスは離脱していた。


「さあこれで奴は俺を追う。行くぞ。全速力だ」

「腹斬ったんじゃないのか!?」

「あんなもん薄皮一枚だ。『人間』の筋力とこの剣のリーチじゃあれが精一杯だよ。ほら行くぞ」


 オルヴァリオを連れ、ドラゴンから逃げるように走る。あの窪地へ誘い込むのだ。もたもたしていると追い付かれる。


「————!」

「ははっ。怒ってる怒ってる」

「わっ! 笑ってる場合か!」


 超人的な身体能力を見せたエフィリス。だがそれでも、『巨体』という『生物としてどうしようもない』パワーバランスを覆すことはできない。できるとしたら、その手段は多くない。

 怒れるドラゴンの追撃。体重任せの『面攻撃』で突進してくる。避けられない。


「オラァ!!」

「!?」


 だが。開いたままの、ドラゴンの牙を。高速で向かってくるそれを、エフィリスは大剣を振るって『折った』。

 ドラゴンは急ブレーキを掛けたように止まり、引っくり返って悶絶する。ぎりぎりで勢いに押されたエフィリスとオルヴァリオも吹き飛ばされるが、すぐに立ち上がる。


「立てオルヴァリオ! 奴もすぐ態勢を立て直すぞ!」

「ぐっ。くそ……っ!」


 そのまま走る。とにかく走る。もう高台が見えてきた。あそこまで誘導すれば任務完了だ。


「————ッ!」

「!」


 だが。ドラゴンは。

 ドラゴンの口が、こちらを向いて開けられていた。また突進をしてくるなら、窪地まで間に合ったかもしれない。だが。


「『ブレス』が来るぞ!!」

「どっ! どうしたら良いんだ!」

「死ぬな!」

「根性論なのか!?」


 瞬間。視界が真っ赤に染まった。それから、全身が液体に熔ける奇妙な感覚に襲われる。

 『熱い』は、最後だ。気付いた時にはもう遅い。

 ドラゴンの口から灼熱の炎が超速度で吐き出された。

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