第26話 乾杯

「じゃ、じゃあよ。解かして来てくれよ。『グレイシア』をよ!」


 クリューと男性は興奮した様子でサスリカへ迫る。だがそこで、サスリカの前にリディが立った。


「待った。クリューはともかく、末裔さん。貴方はあたし達の『一行』じゃないし部外者よ」

「あん?」

「『グレイシア』を復活させたいのは分かるけどね。あれもこれも人任せで、しかも報酬も無いってのはハンターとして受けられないわ。ねえクリュー。でしょう? オルヴァリオ。だって今回の冒険、『実益』はゼロなのよ?」

「!」


 この男性からは。『氷漬けの美女』についてと、氷を解かす可能性についての情報を得た。だがその情報が報酬と言うのなら、サスリカを連れてきた時点で終わりだ。その後についてとやかく言われる筋合いは無い。勿論、サスリカを渡すことも。


「確かに。このままではリディの報酬も払えないな」


 クリューは落ち着いて唸った。男性は少し考えて、意気消沈した。


「…………まあ、そうだな。トレジャーハンターに出せるような金は無え。だからじゃあ、依頼じゃなくお願いだ。クリューよ。お前さんは解かすんだろ?」

「ああ。今すぐにでもルクシルアへ戻りたい」

「なら。一度俺達末裔のことを話して欲しい。で、いつかこの町に寄ってくれ。それで良い」

「ああ。約束しよう。新婚旅行で来るさ」

「なに言ってんのあんた」


 男性は居心地が悪くなったのか、その後すぐに酒場を出ていった。クリューはお礼をしていた。『氷漬けの美女』が無事に生存している可能性がぐっと上がる話を聞けたのだ。それだけでも、クリューの方から報酬を払いたいくらいだ。


「じゃ宿に帰るわよ。疲れたし」

「まあ待て。腹も減った。今後の旅はサスリカも一緒だろう? 乾杯くらいしようじゃないか」


 リディが席を立とうとした所を、オルヴァリオが止めた。


「……ていうか、今回の戦果ゼロなの。分かる? 『ゼロ』なの。得したのはクリューだけだし、あんたはトレジャーハンターができたから満足だろうけど。あたしは『ゼロ』なの。寧ろ収支マイナスなのよ。矢に弾に、道具も色々消費して。あんた達から報酬も貰えない。最悪だわ」

「まずは呑もう。なあクリュー」

「……ああ。心配するなリディ。今回の件は本当に感謝してる。必ず払うさ。あと、銃も返さないと」

「…………」


 愚痴を吐くも、ふたりは意に介していない。次第にリディも、どうでもよくなってきた。

 席に座り直す。


「……良いわよ持ってて。ルクシルアに帰るまで。真冬のバルセスを南下するにしても、冬をここで越すにしても。しばらくは『ハンター』で日銭を稼がないといけないしね」

「なるほど。冬に猛獣を狩る仕事は割りと需要がありそうだな」


 オルヴァリオはもう店員に注文していた。取り敢えずの麦酒と、肉料理を。


「そういやサスリカは何か食うのか?」

『いえ。ワタシはお水があれば活動できます。食べ物を消化する器官はありません』

「便利ねえ。だけど美味しいもの食べられないのは残念」

『味覚もありませんから』

「まあ、それならそれで。食費も抑えられて良いじゃないか。じゃあ3人分だな」


 完全に水だけで稼働し続ける自立機械人形。サスリカに使われている技術は非常にハイレベルだ。クリュー達の時代では想像も付かないようなものだった。

 ともかく。


「じゃ、新たな旅の仲間を歓迎して」


 オルヴァリオが最初にグラスを掲げた。


「『氷漬けの美女』を解かす有益な情報に感謝して」


 クリューも同じく。ふたりで、リディを見る。


「……もう良いわよ。じゃあ、とにかくお金を稼げることを祈願して」


 やれやれと溜め息を吐ききったリディも、同じく。

 最後に、麦酒ではなく水の入ったグラスが、カチンと当たった。


『ありがとうございます。ますたー、皆さま』


 ともあれ、喜べば良い。旅の無事を。大きな怪我も無く、戻って来られたことを。

 そして新たな仲間のことを。


「乾杯っ!」

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