第24話 命無き命

「つまり、どういうことだ?」

『ハイ。ますたークリューはワタシのますたートシテ登録ガ完了シマシタ。ナンナリトゴ命令ヲ』

「…………全く分からん」


 青い髪と、金色の瞳。汚れているが、白い肌と白いワンピース。服だけはボロボロで使い物にならなかった為、クリューの上着を借りている。

 サスリカ、と名乗った人形の少女。彼女はクリューにべったりと『付きまとって』いた。


「お前は一体何なんだ?」

『ハイ。家庭版汎用防衛しすてむデス』

「それが何か分からん」

『ツマリハますたーの「オ手伝イ」ヲシマス。ナンナリトゴ命令ヲ』

「聞き取りにくいからもっと流暢に喋ってくれ」

『……努力、しマス』


 傍から見れば、女の子に妙に懐かれてしまった男である。取り敢えず来た道を戻りながら、後ろを歩くオルヴァリオがリディへ耳打ちする。


「……ありゃなんだ? どうなってる」

「あたしだって分かんないわよ。ますたー、とか言ってたから、ご主人様なんでしょ」

「何のだよ」

「知らないわよだから。ねえクリュー!」


 リディが前方のクリューへと声を掛ける。


「その子、あたしが見付けたんだからね! 独占は駄目よ!」

「いや、そんなつもりは一切無いんだがな」

『リディ様と、オルヴァリオ様。ますたーノゴ友人デス』

「そうだが……。いやそれよりお前のことだ。本当に機械なのか?」


 サスリカは基本的ににこにことしている。そうプログラムされているのだろうが、クリュー達には分からない。


『ハイ。ワタシはますたーのお手伝いヲスルタメに作られマシタ。時代が移り変わっテモ、その使命は変わりマセン』

「……徐々に流暢になってきてるな……」


 恐らくマスターというのは、その人間の血液を摂取することで登録するのだろう。今はクリューがマスターになってしまっている。


「この遺跡には、お前だけなのか?」

『……遺跡、デスカ』

「ああ。家だったかは知らんが、この時代では遺跡として扱われてる。何せ1万年前だからな」

『…………』


 サスリカから、キューンという機械音がする。この音の時は何かの処理中、つまり考えている最中であるらしい。


『……ワタシはこんな場所を知りマセン。恐らくワタシがシャットダウンしてから、運び込まれたノデショウ』

「そうなのか」

『当時のますたーの最後の命令も遂行デキナイまま。……サスリカはぽんこつデス』


 笑っているかと思えば、今度は目を俯かせてしょんぼりと項垂れた。これが機械であるならばどれだけ精巧に、人間に似せたのだとクリューは恐ろしく思う。


「どんな命令だったんだ」

『ますたーの、お子様をお守りするトイウ命令でシタ。……どうなったのかは分カリマセンが、今とナッテハもう、誰も彼も亡くなってしまっているでしょう』

「…………そうか」

『ますたー。今度は頑張りマスノデ。サスリカを棄てないでクダサイ』

「……」


 今度は目を潤ませて、懇願するような表情を見せた。本当に棄てられたくないと思っているかのような表情を。


「……よく分からんが、仲間が増えることはありがたい。お前からは色々と訊きたいこともあるしな」


 思わず頭を撫でてしまった。

 機械人形である筈なのに。


『ますたー……』

「……だとさ。これは売れないんじゃないか? リディ」

「むっ」


 少女そのものである。まさか命の無い人形だとは思えない。そうだと知っていたとしても。クリュー達の目にはサスリカは、ちょっと変な女の子として映っている。


『う。売るのですか。ワタシを』

「…………そうね」


 怖がる素振りを見せるサスリカの側へ、リディもやってきて。

 同じように頭を撫でた。


「買うわよ? あたしなら。あんたから」

「……100億だ」

『ヒエッ』

「あははっ。冗談だったら。ていうか別に誰の所有物でも無いわよ。生きてるんだから」


 生きてる。

 『ロボット』という概念の無い彼らからすれば、このサスリカはそう表現して間違いではない。これはもうひとつの命として扱うべきものだと。

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