第10話 出発

「さあ行くわよ。バルセス!」

「結局徒歩か」

「そんな訳ないでしょ。犬と橇を買うのよ」

「犬? 橇?」


 翌日。

 乗り合い馬車はもう出ていないことを確認した一行は、自力でバルセスへと至る方法を取ることになった。


「雪犬って言ってね。大型の犬よ。冬の大地に強いこの地方固有の種類」

「そんなのが居るのか」

「ほんと何も知らないのね」

「その犬橇のサービスは無いのか。馬車のような」

「無いわね。冬の雪原越えは命懸けだもん」

「……なるほど」


 犬橇だけでなく、その他の必要なものもリディにリストアップして貰って買い揃えた。終わる頃にはふたりの所持金はすっからかんになってしまった。因みに雪犬はレンタルである。


「かわいいっ」

「そうか?」

「なによ」


 雪犬というのは、クリューも初めて見た。馬ほどではないが、普通の大型犬よりも大きく、長く白い毛並みが特徴的だ。それ以外は犬である。

 この雪犬を2頭レンタルした。


「橇はこんなに大きくて不便じゃないか?」


 橇は随分と大きなものだった。


「家の代わりにもなるんだからこのくらいで良いのよ。またあんたらと寝食を共にしなくちゃいけないんだし」

「そんなに嫌なら他の奴に声を掛けろよ」

「悪かったわね。これでも信用してるからね」

「へいへい」


 橇の上にテントを張る。これで完成である。


「じゃあ出発ね。シロちゃんユキちゃん、お願いっ」

「なんか名前付けてるぜあの女」

「別に良いじゃないのっ。ていうかあたしが付けたんじゃなくて、店主さんに教えて貰ったのっ」


 雪犬の2匹は大人しく、そして従順だった。3人を乗せた橇を力強く引き、街を出た。


「操縦とか要るのか?」

「行き方覚えてるらしいから、要らないわ。笛も買ってるから、停めたい時は言って。今日はとにかく進むつもりだから。しばらく街も無いし」

「そうなのか。見てなくて大丈夫か?」

「不安なら見てて良いわよ別に。店の雪犬は大体訓練されてるから危険な道は行かないけど」

「ちょっと不安だ」

「はいはい」


 オルヴァリオはテントを出て行った。リディは気にせず、ポーチから銃を取り出す。


「はい。クリュー」

「む。銃か」

「まだ渡さないわ。色々知って欲しいことがあるのよ。銃について勉強して。教えるから」

「分かった。頼む」

「素直でよろしい」


 リディはテントの床に銃を置いて、それをクリューと囲んだ。


「まず。これは『人殺しの道具』よ。それを頭に深く叩き込んで」

「!」


 武器、と簡単に言うが。

 それが『どういうことなのか』。

 戦争を知らない世代の人々は、分かっているようで分かっていない。


「簡単に。ここに引き金ってのがあってね。それを引くと簡単に人が死ぬの」

「…………」

「それが銃というものよ。あんたはこれから、そんな武器を常に携帯して、有事の際に使用することになる。それをまず理解して」

「……ああ」

「ここが銃口って言って、弾が出る所」

「銃口」

「絶対に。万が一でも。何を間違っても。『あたし達に向けない』こと。例え弾が入ってなくても、遊びでもよ。間違いじゃ済まないから。それを徹底して。必ずよ」

「ああ」

「それを破ったらもう、あたしはあんたを信用できない。契約は即座に切ってあたしは帰る。もしその後に会っても仲良くはできない」

「……ああ」


 いつもの調子ではなく、真剣に語るリディに。クリューも思わず生唾を飲み込んだ。


「『銃』っていうのはね。『そういう』武器なの。何かあってからじゃ『取り返しが付かない』のよ」

「分かった」

「ほんと?」

「ああ。リディにも、勿論オルヴァにも向けない。当然だろ。仲間を害する『気がある』奴なんか信用できなくて」

「……ええ。分かってくれて良かったわ」

「…………」


 戦争の道具。

 これまでの戦争を変えてしまったのが、銃の登場だ。

 クリューは知識でこそ知っているが、それを日常的に使っているであろう世界があることを知らない。これからそんな世界に足を踏み入れることになる。


「じゃあまず、各パーツについてね。流石にここじゃ実践はできないから」

「ああ頼む」


 クリューは覚悟を決めた。

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