第37話 ローラン脱出

              シンカ


 浄水器作戦は非常に上手くいった。水に飢えていた人間はまだまだいっぱい残っていたようで、Saintシンパも、体制側にもSaint側にも与したくない人々にたくさんの協力者を得ることができた。HuntDownも一通り集結し、いい加減この内戦を収める目星がついた。


 あたりまえだけれど、奪い合って独占するよりも協力してなにかしたほうが生産性が上がる、この単純な事実を、いつまでたっても人間は理解しない。おそらく永遠に理解しないだろう。

 端末もたくさん用意でき、ネオリベも組織らしくなってきた。その次にまず都市の衛生化に着手した、つまりはゴミ掃除だ、そのへんでくたばってる死体が腐敗を初めていたので迅速にすべて燃やして消毒を行った、この上疫病まで流行したら目もあてられない。

 体制側から妨害があるかと思ったけれど、体制、はすでに機能停止していたようだ、それくらい街を徘徊する無人機の攻撃が激烈だったのか、政府を見限って脱出者が相次いだのかしらないけれど、破壊行為の波が終わり、静寂が訪れるようになっていた、が、それもすぐに破られることになる。


コタン「先輩!エクスが崩壊しました、インペリアの皇帝ユージェニーも死神に殺されました」

シンカ「死神?それなにかの比喩?」

nano「いや死神って言ったら、スペードに決まってるじゃないですか」

シンカ「は?」

コタン「死神♠は第五回ギアのチャンプですよ、第四回でも・・・まぁそれはいいとして、超有名プレイヤーです、今ではSaintのギア部隊の隊長です」

nano「はぁ~、ワタシも死神と戦いたいなぁ・・、どういうめぐり合わせか今まで一度も手合わせしたことないんだよねぇ・・・毎日死体運びばっかりじゃのぉ、ギアも臭くなるしよぉ~こんなはずじゃなかったなぁ」

コタン「それはいいとして、エクスを滅ぼしたのはSaintのギアじゃないんですよ!謎のアンドロイド部隊です、エスツーっていう」

端末にはエスツー、という名のアンドロイドが映し出されていた。真っ白な少女みたいな不気味な見た目をしてる、そして雲霞のごとく地平線を埋め尽くしていた。

シンカ「何じゃこりゃ・・」

コタン「ディヴァインランドの新兵器だって・・・」

ディヴァインランド、いつ聞いても嫌な響きだ、GWの元凶となった教会勢力、まだ懲りずにこんなクソみたいな兵器を作ってたのか。いつかは登場すると危惧されていた、完全無人機で構成された陸上支配型の軍隊。趣味の悪さもいかにも教会が考えそうなデザインだ。あいつらは基本全員ロリコンなんだ。反吐が出る。

コタン「ローランにも来ます」

シンカ「嘘・・・泳げるのこれ?」

コタン「みたいです、飛ぶことは出来ないみたいですけど、どうしましょう?」

nano「こんなのとまとも戦って勝てるわけないでしょ。守るのが無理なら、攻め込むよりほかに無いではないか、誰かこれを操ってるやつがいるはずだ」

いつもながら戦術的な視野は非常に正確だ、この子は。たしかに完全にオートパイロットですべての人間を殺すまで動き続けるってことは無いだろう。正統教会は選信者思想、正統教会の信者だけが救済されてほかは滅びるべし、という教えだ。

 信者まで殺してしまっては意味がない、誰かがコントロールしてるのは間違いない。けれどSaintの公式の情報のフィードはストップしてしまっていた。ユーザー同士の情報のやり取りがあるだけだ、エスツーを操っている拠点がわからない。

コタン「ありがたいことに機動性はあまり高くないです、エクスからもたくさんの人が逃げ出してるって・・・」

シンカ「エスツーはエクスから東に向かって移動してる・・・、ローグ、ローラン、ヴェインランド、インペリアと順番に攻撃していくつもりでしょう、ならば人間が取るべき陣地は、エルドラン山しかない、ここを人類最後の砦として防衛戦を張る」

エルドラン山、龍の牙ともいわれるその山はインペリアの南にある世界一高い山だ、なだらかな山ではなくギザギザと切り立った山で、防衛陣地を築くならば世界で一番適した場所だ、歴史を知ってる人間なら必ず知っている、エルドラン要塞は今まで一度も陥落したことはない。100倍の兵力差でも陥落させることができなかった。もちろん航空兵器が開発されてからは廃墟になり、今は観光名所になっている。ローランにもローグにもヴェインランドにも高い山は無い。

nano「高所の城に立てこもって籠城戦なんて・・古ない?まるで戦国時代の話みたい」

シンカ「ディヴァインランドに航空兵力は無い、ミサイルもランジェシステムのおかげで使えないしね、高所は圧倒的に有利だ」

コタン「ローランを捨てるってことですか」

シンカ「それしかないでしょ、生き残った人に呼びかけよう、エルドラン山に集合しろって」

コタン「でも市民をどうやってインペリアまで運ぶんですか?ワタシ達だけなら、揚陸艦を借りてくることも出来るかもしれないけれど」

nano「籠城戦なら非戦闘員を連れてはいけないよ、物資は節約しないといけないんだから」

コタン「見捨てるってことですか?」

nano「自分の面倒は自分で見ろってことだよ」

コタン「同じですよ!それが権力者の言い分です、スタート地点が全然違うのに、自己責任自己責任、そんなの富者がぶくぶく太るだけのクソみたいな社会です!先輩!どうするんですか!?」

シンカ「・・・ワタシはいまでも命は価値あるものなんだって思ってる、そう信じていたい、自分の為だ、自分が生きてることを正当化したいから、すべての命は価値があるものだって信じていたい、自分の命にも価値を認める為に、他人の命を守りたい。だから見捨てたくない。可能な限り生存者を船に乗せてローランを脱出しよう」

nano「はぁ~あ、とんだあまちゃん指揮官ですわ、軍艦も結構ローグに沈められちゃったのに、そんなにたくさんの人間の移動が出来るかね・・・やるならもう一刻の猶予も無いよ、早く動こうぜ」

コタン「nanoさん!実はいい子なんじゃないですか」

nano「ゲーマーってやつは、難易度が高ければ高いほど燃えるもの、不可能なミッションのほうがやりがいはあるかんね、こいつはエナジードリンクぶちかましてやるっきゃねぇな」


 ワタシ達は可能な限りの船をかき集め、軍艦から漁船まで、ごちゃまぜの大艦隊でローランから脱出した。傍から見たら、どんな漁に出かける気なんだって滑稽そのものなんだろうけど、士気はめざましく高い。家族も籠城戦の中に入れることで、物資は少なくなるけれど、兵士の士気は上がり逃亡兵も減るという言い分もある。

 もう退路は断ったのだ、吹けよ風、吼えよ波濤。昔の武将とかが詩を読む気持ちがわかった。戦争してるのによくそんな雅なことが出来るなと思ってたけれど、むしろ戦ってのはそういうロマンチックな雰囲気を運んで来るみたいだ。私達が詩を読まなくなったのは戦わなくなったからみたいだ・・・



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