第41話 『兜抜き』


そして数日後……


「オリャァ!」


 気合を入れて練習に精を出す隆幸が居た。


ビュオン! ビュオォン!


 太刀を振るう度に鋭い風切り音を唸る!

 誰がどう見ても気合の入った振りに全員が思わず笑いだす。


「どうやら吹っ切れたみたいだな」


 羅護も親友の復活に喜んでいる。

 すると、隆幸は突然腰を大きく落とし、静かになった。

 ツギオが思わずニヤリと笑う。


「来るね……」


 ツギオがそう言うと同時に隆幸の太刀が横薙ぎに振るわれた!


ビュオォォン!


 激しい風切り音が唸るがそれだけでは終わらない!

 そのまま流れるように隆幸は伸びあがり、太刀を垂直に掲げた!

 そして……


ビュオン! シュタッ!


 垂直に振り下ろしてすぐにまっすぐに突いた!


「お~……」 

「やっぱタカの『兜抜き』は一味違うな」


 全員が口々に唸る。

 そして、隆幸の棒振りはクライマックスへと向かい……


「ヨイヤァ!」


 最後の一振りを終えて、演武が終わる。

 ツギオがパチパチと手を叩く。


「流石だね」

「ありがと」


 肩で息をして笑う隆幸。

 シャンガというカツラのようなものを脱いで棒にかける。

 そんな隆幸にジュースを渡すツギオ。


「相変わらず凄い振りだね」

「これぐらいしか取り柄が無いからな」


 そう言って苦笑する隆幸。

 するとツギオが隆幸の『兜抜き』の真似をする。


「いつも思うんだけど、何でこの動きを『兜抜き』って言うんだろ?」


 彼がそう尋ねると、キョトンとする隆幸。


「実は、おれも不思議に思って、前に聞いたことがあるんだわ」

「へぇ~……で、どうだったの?」

「わからんって言われた」


 ガクっと肩を落とすツギオだが、隆幸は苦笑する。


「一応、この町の棒振りってのは半兵衛流って言う加賀棒振りの基礎になる棒振りと、已己巳己(いこみき)流武術って言うのを合わせた棒振りなんだけど……」

「だけど?」

「どうも已己巳己流の方にあった技みたいなんだわ」

「ふーん」


 不思議そうに兜抜きをやってみるツギオ。


「にしても変わった名前だね。已己巳己流なんて。何でそんな名前なの?」

「何でも已己巳己ってのは『紛らわしい』って意味らしい。よく似た字を四つ並べた言葉だからな」

「なにその変な武術?」


 胡散臭げに顔を顰めるツギオだが、後ろから声が掛かった。


「よくわからんが、開祖は物凄く強い剣士だったらしいぞ?」

「何か知ってるんすか? 副団長?」


 不思議そうに尋ねる隆幸。


「何でも江戸中期の剣士で無敗を誇ったらしい」

「へぇ~……江戸中期っすか?」


 ちょっとだけ胡散臭げに顔を顰める隆幸。

 

「平和な時期の剣士っていうと、あんまり良いイメージが無いんですけど?」


 江戸時代は平穏だったので剣士と言っても剣術指導したり用心棒になるぐらいである。

 江戸時代の剣聖が前期と後期に集中するので中期の剣士は割と珍しい。

 だが、副団長は不思議そうに言った。


「何でも加賀藩で大暴れした盗賊団を一人で全滅させるほどだったらしい。だから相当強いんじゃねぇか?」

「それは凄いっすね……」


 感心する隆幸に副団長は続けた。


「丁度、俺らの上の世代で居合してる人が居てさぁ……そっちで武者修行したらしいのよね……そのせいで俺らは凄くしごかれたんだよ……」


 そう言って辛そうに当時のことを思い出す副団長だが、それを聞いた隆幸がたらりと冷や汗を垂らす。


「ひょっとして、その居合い習いに行った人って……」

「お前の爺さんと親父さん。久世爺さん鬼だったわ……」

「何かごめんなさい」


 思わず謝る隆幸だが、当時のことを思い出す副団長は苦い顔だ。


「そのお陰で古屋形棒振りは金剣町で一番とまで言われるようになったんだがけどな。その辺の話は爺さんから聞かなかったか?」

「いや、特には……何かあったんですか?」 

「『兜抜き』の話をすると爺さんがいつも微妙な顔をしたんだわ。どうも話自体は聞いてたみたいなんだが、それに納得が行ってなかったみたいなんだな」

「……あのじいちゃんがですか?」


 不思議そうにする隆幸。

 達観して飄々とした祖父にしては珍しい態度である。

 訝しがる隆幸を尻目に副団長は続ける。


「久世じーさんによると『わしもようわからんのやけど、実戦で必要になるらしい』と言って棒振りに入れたりしてた。……そういや、じーさんが入れた技で一個変なのがあったな」

「……変なのですか?」

「ああ」


 そう言って副団長は太刀を地面に置いた。


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