第30話 歴史は教訓を残す
そして翌日……
どんなに隆幸がイライラしても、授業が進む。
先生がいつものように授業を説明している。
「ローマ帝国はゲルマン人の移動によって滅びることになった訳だが……このゲルマン人が入ることで何故滅びたのか説明できる人」
そう言って挙手を促す先生だが、誰も手をあげない。
先生はポリポリと頭をかいて指さした。
「じゃあ佐藤。答えてみろ?」
「はい。野蛮人が入り込んで無茶苦茶になったから」
太った眼鏡の答えを聞いて、先生はポリポリと頭をかく。
「どう無茶苦茶になったんだ?」
「えーと……野蛮人が法律を守らず暴れたから」
「……ふむ。どう暴れたんだ? 言っとくがローマはこの時代の最強国だぞ?」
「……えーと……」
佐藤が眼鏡を曇らせて焦る。
「元々ローマは過酷な軍隊教育で出来た国だ。この時も軍事力が高く、野蛮人が来たからといって制御しきれないことは無いぞ? ついでに言えば、だれも住んでない土地を与えたから、それほど影響はない」
「えーと……」
途端に何もわからなくなる佐藤。
「座れ。次、次鋒レオパ〇ドン……じゃなかった鈴木」
「何でそんな間違いをするんですか?」
「どうせ瞬殺されるからな」
「されませんよ」
ムッとして答える鈴木。
「ゲルマン人の方が強かったから」
「論外だアホ。座れ」
見事に瞬殺される鈴木。
そして、先生が隆幸の方を見た。
「久世、友達の敵を討ってやれ」
「……はい」
言われて渋々立ち上がる隆幸だが、何も思いつかなかった。
(何でこの時、崩壊したんだろ?)
考え込む隆幸だが、先生がにやりと笑った。
「少しヒントをやろう。今のヨーロッパでも移民問題が起きてるだろう? あれと同じ原因だ」
それを聞いてさらに悩む隆幸だが、先生は笑って言った。
「みんなも聞いて欲しい。日本アニメでイギリス人が出てくるとみんな笑うらしい。それは何故だかわかるか? 今は移民だらけで純粋なイギリス人の方が少ないからだ。金髪青い目はイギリス人とは言い難くなったからな」
「えーと……」
ヒントを聞いた隆幸は思わず答えた。
「乗っ取られた?」
「その通りだ」
苦笑して先生は言った。
「ゲルマン人は最終的に皇帝にまで上り詰め、最後は完全にローマを掌握することになった。その後は各ゲルマン部族が独立して暗黒時代と呼ばれる戦国時代の様相になった訳だ」
そして、先生は静かに言った。
「ついでに聞こう。どうしてローマはゲルマン人に乗っ取られたんだ?」
「……わかりません」
「素直で宜しい。座れ」
先生は隆幸を座らせてから悲しそうに言った。
「めんどくさいことを全部ゲルマン人に押し付けたからだ」
(……えっ?)
意外な言葉に隆幸はキョトンとする。
「それまで基幹技術とも言える分野は全部ローマ人で行ってきた。建築、農業、軍事、政治、経済、様々な分野で優れた技術を持っていたローマだが、現実はゲームじゃない。技術は人間が持っていたんだ」
(技術は人間が持っていた?)
意味が分からない隆幸。
「ゲームならパラメータとして技術は『数値』になる。そして一度上げた数値は戻らない。だが、現実には必要な技術は全部、『個人』が持ってる。一人が辞めたせいで今まで出来たことが全部出来なくなった会社も多い」
(人が居なくなると途端に出来なくなる?)
不思議そうにする隆幸。
「当時のローマでどちらかと言えば底辺の仕事である石工などの仕事は雑用が全部ゲルマン人になったんだ。その方が給料安くこき使えるからな。だが、そうすると言葉が通じない相手に技術を継承することになる」
(……えっ?)
何となく……何かヤバい話しの気がする隆幸。
実はこういったことは日本でも起きている。
言葉が通じにくい外国人を安くこき使うことで、一部の仕事技術を奪われてから帰られてしまい、前は出来てたことが出来なくなったりする。
酷い時は派遣社員を使い捨てにしただけで出来なくなることもあるのだ。
それぐらい、経営者は自社の技術保全に疎い。
「同じ日本語を使う相手でも教えるのに一苦労だ。現に先生の授業を聞いても分かる者も居ればわからない者も居るだろう。それだけ教えたり物を伝えるのは難しいことなのだ」
(物を伝えるのは難しい……)
当り前だが、同じ日本人同士でも人に教えるときに相応の技術が必要になる。
ただ、授業すればわかると言うモノでは無いのだ。
そして教え方が下手だと伝わることも伝わらない。
「結果、技術が継承されなくなり……馬鹿馬鹿しいことに自分たちが作った建物の作り直しすら出来なくなっていた……そして、一番嫌がる仕事の一つに軍人がある」
先生はため息をついて言った。
「ローマの軍人はみんなゲルマン人になった。そして農場主などの特権階級だけがローマ人になった。今の富裕層とか貧富の差に通じる考えだな。良い所だけ抜き取ってめんどくさいことを押し付けた結果、基幹技術が継承されなかった」
先生はすこしだけ悲しそうに言った。
「結果、ローマ人は自分の文化どころか、身の安全すら自分達で守れなくなった。ローマの優れた文化、技術、知識は全て灰になり、内側から崩壊していったのが実情だ」
(嫌なことから逃げた結果、自分で自分を潰した……)
何か深い話しのような気がする隆幸。
実は上手く理解は出来なかったのだが、高校生にこれを理解しろと言うのは難しいだろう。
実際、ローマは優れた軍事制度を持っており、それ故に最強の国家の一つとなった。
だが、その軍事制度を自ら手放したのもローマだった。
「ローマは経済面で戦争を援助してくれたカルタゴを滅ぼす時にこう言った『戦争したのは俺達でお前たちは金を払っただけだ』。皮肉なことに同じ真似をゲルマン人相手にやっていた故に滅んだ」
先生は真面目な顔で言った。
「『誰かがやってる』『代わりは居る』『俺がやらなくても良い』そんな感じでローマ人はめんどくさいこと、金にならない仕事を全てゲルマン人に押し付けてきた。そして、そういった仕事をする人を馬鹿にして華麗で華やかで金になる仕事ばかり大事にしてきた。そしてそのツケを払う羽目になった」
(……うん?)
どこかで聞いたような話しに隆幸は首を傾げる。
「技術は積み重なって高くなる。文化、技術、知識はその時代ごとに苦労して紡いで来たものだ。それらをめんどくさいと人に押し付けていった結果、その積み重ねられた知識と技術は全てを無くす……」
先生は静かに締めくくった。
「自分達が残そうとしないものは決して残らない。誰も代わりにやってくれない。それがローマ滅亡の教訓であると俺は思っている。そして、この極当たり前の事を今の時代の人間も間違えていると思っている」
その言葉は隆幸の心にやけに響いた。
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