その5

 玩具担当の鑑定士が鑑定を終え、パネルに値段がはじき出された。

”2,500,000”

 という額が光ると、スタジオに集まっていた観客、そして司会者二人(一人は舞台俳優で声優も勤めていた男で、骨董などに割に造詣が深いことでも知られている)もどよめいた。

 大抵は歓声といってもいいものだったが、二人、司会者の一人である有名コメディアンと、ゲストのくろぬまだけは、何とも下品な言葉を口にしたという。

”ええ?!こんなガラクタに二百五十万?ウソでしょ!”

”馬鹿馬鹿しい。俺の宝物がこんな玩具に負けるなんて信じられん!”

 続いてくろぬまはこんな言葉も口にした。

”こんなものに二百五十万円を払うくらいだったら、銀座のクラブに行ってバカラかドンペリでも呑んだ方がよっぽどましだ。”

 玩具の鑑定を担当していたのは、千葉県で玩具の博物館の館長をしているほどの一種のマニアで、温厚な人物として番組内でも定評があるのだが、くろぬまの言葉を聞いて、流石に表情を曇らせた。

”バカラやドンペリはお金を出せば幾らでも買えます。しかしこの玩具はもう製造してませんから、お金を出しても買えないんですよ。私だってこの仕事をもう随分長いことやってますが、これほどコンディションの良いものは初めてです。むしろ二百五十万円だって安いくらいです。”

 幾分感情的になって力説した。

 彼の隣にいた、書画や掛け軸の鑑定をする女性鑑定士も、

”モノというのは、値段だけじゃないんです。その人がどれほどその品物に対して愛着を持っているかで決まるんですよ。私は玩具についてはあまり良く知りませんが、この方は実にこの品を大切にしてらっしゃるというのがわかります。”と、自分の分野でもないのにそう付け加えた。

『あの時はスタジオの中の空気がいささか険悪になりましてね。

 しかしもう一人の司会者のSさんがなだめるような形で収録は終わったんですが、くろぬまさんは最後まで”あんなガラクタに俺が負けるなんて”とぶつぶつ言ってましたよ』

 ディレクター君、いやその場に居た誰もが、日頃からあまりくろぬまにはいい感情を持っていなかったから、腹の中では”ざまあみろ”と思っていたらしいが、しかし流石に芸能界に於ける彼の力を知っているから、敢えて口を出す人間はいなかったという。

 出品者の男性は、”有難うございます”と、言葉少なに発しただけで、くろぬまやコメディアンの悪口には一言も言葉を発しなかった。

 しかし、内心は気分が悪かったに違いない。

 収録が終わって、出演者が立ち去った後も、スタッフが声をかけるまで、その場を動こうともせずに立ち尽くしていた。

 俺は彼の話を黙って聞き、それから、

『貴重な話を聞かせてくれて有難う。差支えなかったら、その時の出演者氏の名前を教えてくれないか?』そう言って財布を出そうとすると、

『金なんかいりません。当時の資料が制作部に残っている筈です。向こうに僕の後輩がいますから話を通しておきますよ』

 彼は答えると、ソファから立ち上がって携帯を取り出した。

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