第4話 とある金髪は引き寄せる





「ありがとうございますー。またお越しください」


 営業用スマイルを貼り付けた千景は、手のひらサイズの涅槃像ねはんぞうを上機嫌で買っていった客を見送った。


 はて、この人は仏像マニアなのだろうか。

 それとも家のインテリアにでもするつもりなのか。


 しかし骨董品店店主のポリシーとして『こんなものを買って何に使うのだろう?』なんて疑問は決して抱かない。


 人にはそれぞれの趣味があり、感性がある。


 だから、どこに需要があるのかもわからない変な顔が彫られた木彫り人形六十体の特別注文が入ろうとも、「壊れた懐中時計が欲しいんですけど」なんて頬を赤らめながら言われようとも、決して疑問は抱かない。


 触らぬ神に祟りなし。

 下手に触れて変なことに巻き込まれるより、「この人はこういうのが好きなんだ、へぇ」くらいの感覚で全てを片付けたほうが賢明だ。



 今日は休日ということもあってか、いつもより客足が多い。

 来る人は皆じっくりと商品棚を眺め、時折店主である千景に尋ねながら購入商品を吟味していく。


 この店は陳列している商品のうち、値札をつけて実際に売り出しているものは半分程度にすぎない。

 もう半分は一般のお客さんには売り出していないものばかりなのだ。

 

 何故これらの商品は売らないのかと度々聞かれることもあるが、千景は一貫して「とても希少なものなので展示しているだけなんです」と答える。


 この科白は嘘ではない。

 しかし全てが真実というわけでもない。


 なぜなら、これらの展示品は”呪具”と呼ばれる特定の用途に使用される道具だからだ。

 当然普通の人間に売り出すことはできない。


 呪具と聞いて、よくファンタジーに登場するようなすごい呪力を秘めた武器を想像するかもしれないが、そんな自然の理を超越したような道具は呪術業界内でもほとんどお目にかかれない。

 ここで言う呪具とは、実際に儀式を行ったり呪いをかける際に使用する道具のことを指す。


 とはいえ、霊が視えず呪術を使えない人間にとっては、それを手に入れたところでなんの効力も得られない無意味な代物でしかなかった。



 さて、先で述べた科白のうち、真実でないのは『展示しているだけ』という部分だ。

 千景が呪術を行う際に、店頭に並ぶ呪具類は度々使用している。

 また、実際にその道の人間、つまり術師には高値で売り出すこともある。


 術師界隈の一般論として、一般人と術師の見分けは実に難しいものだ。

 こういった職業では術師と偽った一般人に呪具を売ってしまうという可能性は常に付き纏う。


 しかし千景に限った話では、常に霊感センサー代わりの二匹が側を離れずついている。

 術師かどうかも鼻の利く彼らが正確に判断してくれるため、その心配は全くといっていいほどなかった。


 そんな千景が営む『金縷梅堂まんさくどう』において、やって来る客の一般人と術師の割合は、後者が限りなくゼロに近い9:1となっている。

 同業者とあまり関わりたくない千景にとっては実に好都合であった。





「さてさて、今日の昼ご飯は何にしようかねぇ」


 よっこらせ、とそろそろ昼食にしようと立ち上がろうとしたその時。

 立て付けがあまりよろしくない店の扉が勢いよく開いた。


「おっすーチカ。昼飯でも食いに行こーぜ」


「わお、なんてジャストタイミング」


 相変わらずの明るさとそれに似合った綺麗な金髪を携えて、今しがた店に入ってきたのは頻繁に顔を合わせる男だった。


 動きやすいからといつもラフな格好を好む男の名は笠倉かさくら志摩しまという。

 千景の高校時代の同級生であり、深い人付き合いをあまりしない千景にとって最も親しい友人と言える人間だ。


 そして。


「おーおー、相変わらずお前らはチカにべったりだな。大好きかよ」


 つん、と銀の眉間をつついて毛玉とじゃれつく志摩。


 彼は術師ではないにしろ、かなり鮮明に”視える”人間だ。

 初対面時の第一声が「学校ってペット同伴オッケーなの?」であったことは今でもはっきり覚えている。


 志摩はこんなナリでも大きな神社の息子だ。

 霊が視えるのはそういった血筋の影響かと深読みしたこともあったが、彼の両親も兄弟も視える人間ではなかった。

 ただ単に、本人がかなり強い霊感を持っているということなのだろう。


 しかし高校生という多感だったあの時期に、こうして同じような世界が見えている友人ができたことは、どちらにとってもプラスであったことは間違いない。


「あれ、今日バイトって言ってなかったっけ?」


「なんか店長が風邪ひいて店休みになったからなくなっちまったんだよ。で、暇になったから遊びに来たってわけ」


「あ、そう」


 志摩は神社の息子ではあるが本人に家を継ぐ意思はまったくなく、こうして毎日バイトに明け暮れていた。

 大学には通っておらず、幾つものバイトを掛け持ちしながら日々経験値を積み重ねているような男だ。


「そういやチカは? 学校だろ?」


「ばーか今日は休日だよ」


「ああ今日休みか。いろんなとこで働いてっと曜日感覚狂うんだよな。つかお前、休日関係なく学校行ってねえだろ」


「いいんだよ別に。私の本分なんて何が何だかわかんないんだから」


「自分で言うなよなー……と、はいコレ」


 志摩はポケットから紙切れを取り出した。


 これは護身用にと千景が作った護符ごふである。

 本来ならば白の紙地に文字や絵が描かれているものだが。


 志摩から渡されたそれは、墨で塗り潰したように黒く染まっていた。

 所々破れたり焦げ跡などもある。


 つまり、それだけ持ち主である志摩の代わりに霊障を受けたということだ。


「相変わらず消耗早いなぁ。大丈夫だった?」


「ん。大した問題はねえよ。ギリギリだったけど」


「なんなんだろうねえ。お前のその引き寄せ体質は」


「さあ? もう慣れたから別にどうとも」


「慣れんなよ。新しいの持ってくるからちょっと待ってな。銀、そこの悪霊ホイホイの側にいてやって」


《ほぉい》



 一応用心棒がわりに銀を残し、自宅である二階へ上がる。



 初めて志摩を見た時から薄々分かってはいたが、彼はどうやらやたらと霊を引き付けてしまう体質らしい。しかもただの霊ではなく悪霊を。


 ただ視えるというだけで本人にはらう力はなく、しかし面倒な存在は構わずやってくる。

 幼少期からそんなどうにもならない悩みをずっと抱えていたようだが、高校時代に千景と出会い、こうして定期的に護符をあげたり身を清めてやっていた。


 頻繁に千景のところにやって来るのはそのためでもあるが、ほとんどはただの名残である。


 当時、志摩は今ほど霊に対する知識も対処法も知らなかった。

 だから彼の悩みを理解し、その上で祓ってくれる千景の隣にいることが一番安全だったのだ。

 千景自身も折角できた同じ部類の友人を苦しめたくないという思いから、進んで側にいることが多かった。


 そうなれば千景と志摩が一緒にいる機会が増えるのは必然であり、こうして今も連んでいるのが現状となる。


「あいつもほんっと大変だよなー」


《それはお前もだろう》


 人の心配ばかりしている場合かとでも言いたげに、朱殷は口を開く。

 極端に口数が少ない朱殷だが、実は気が向けばそれなりに話し相手になってくれる。

 気質としては寡黙というよりも面倒くさがりなのだ。


「そうだけど、そうじゃないだろ。私のことはお前たちがちゃーんと守ってくれてるんだからさ」


《守ってもらう必要などないくせによく言う》


「ふふ、素直じゃないなぁ」


 それ以降口を閉ざしてしまった朱殷は千景の首元に頭部を置き、不貞寝でもするかのように動かなくなってしまった。



 リビングに設置された神棚に保管してある符を数枚取って店に戻る。

 

 暇を潰すようにひたすら銀の毛をもふもふしていた志摩は実はかなりの動物好きだと思う。

 本人から直接そう聞いたことはないけれど。


「はいこれ、新しい護符。いつも通りなるべく人目につかないように持ち歩きなよ」


「おう、サンキュ」


 どうせたった数日しか保たないんだろうけど、と諦めにも似た同情を持った千景は、いつも通り悪霊退散や無病息災といった意味が込められた護符を数枚渡す。

 ついでに魔除けの折符おりふも渡しておいた。


「んじゃ昼飯食いに行くか。この前給料入ったから俺が奢ってやるぜ」


「もうほんっと大好き」


 今日と言わずいつも奢ってくれることが多い男前な志摩に甘え、とりあえず駄弁りの聖地ファミレスへ行くことにした。

 

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