第25話 はじめてのしゃくと

「爵都よ! 私は帰って来た!」

 馬久兵衛の「龍一様、見えて来ました。あれが、爵都高梁城(たかはしじょう)です。」は、「爵都よ! 私は帰って来た!」と聞こえた様な気がしたが、きっと気のせいだろう。

 某少佐とも無関係に相違ない。

「これが、本物の城か……。庭瀬城は、確かに急造だったな。確か、本丸、二の丸、三の丸までだけだっし。」

 それが、高梁城を見た最初の感想だ。

「当然です。三村青爵閣下の居城ですから。本丸、二の丸、三の丸、四の丸まであります。とは言え、庶民が出入りできるのは、四の丸のみです。」

 こんな風に、会話をしていたのも、さっきまでだ。今は、通行許可証などの確認手続き中で、忙しい馬久兵衛さんだった。

「通ってよし。」

 門番らしい男の声が、聞こえると、馬車が、ゆっくり動き出す。

 入城だ!


 * * * 


 宿に着いたのは、夕方だった、早速、馬久兵衛さんは、使用人に手紙を届けさせる。

「龍一様、私は、明日『紫苑商会(しおんしょうかい)』に報告しに行きます。帰りは、夕方になります。ので、その後、夕食と言う事で、お願いします。」

 漫画で読んだ事がある。

確か、課長だったり、部長だったり、社長だったりする話だ。

『只の確認だ。同じ事を何度も言うが、これもビジネスマンとして必要な事だ。』

だったな。

 だから、馬久兵衛さんが、昨日も、馬車の中でも、同じ事を言っていた。それに、さっき、使用人が、返事の手紙を持って来た後も、同じ事だ。

 これは、変更が無い。と言う確認で、ブジネスでは、基本中の基本だ。

「うん、夕方まで、ここで待つよ。」

 俺が、そう返事をしたあたりで、看板娘が、料理を持ってきてくれた。

 ほかほかと湯気を立てる土鍋には、湯豆腐が満載されていた。

 豆腐(木綿ごし)、長ネギ、キノコ……

「いただきます。」

 全員の声が、唱和した。

 ごまだれで、食べる湯豆腐に舌鼓を打つ。うめぇ……


 * * * 


 翌朝、朝食後、馬久兵衛さんは、出かけた。俺は、使用人と2人で、宿に残る。

 そんなこんなで、お昼。ネギたっぷりの味噌煮込みうどんを、食べていた。

 つまり、小麦も生産してるんだな……

 味噌もいいけど、醤油無いのかな……

 そんな事を考えながら、昼飯を食ってたら、妙な声が、聞こえてきた。

「やっ……やめて下さい。」

「げへへぇ~、いいじゃねぇか、減るもんじゃ無し。あんたさえ、その気ならもっと、イイ事してやろうかぁ。」

 そのあからさまに、食堂の看板娘へと、手を出す酔っ払い。そんな構図にイラッと来た俺。

「いけません。龍一様。」

 使用人から、言われた。

「何だい?」

「立ち上がってはなりません。」

 言われて初めて気づいた。俺は、腰を浮かせかけていた。

「何故だい?」

 とりま、居住まいを正す。

「爵都では、治安維持が、徹底されています。ご安心を。」

「? それって……」

 俺は、最後まで台詞を言い終える事が、出来なかった。丁度、その時出入口が、開いて中に人が、入って来た。そっちに、意識を向けてしまったからだ。

 入って来たのは、一目で豪華と分かる衣服に身を包み、帯剣したイケメンだ。

 ボリュームのある金髪に、襟足から先を一本おさげにした銀髪、深紅の瞳、白磁の様な顔肌。髭など一度も生えた事など無いと見た。

「三村家の紋章! 親紅様です。」

「知っているのか? ライデン。」

 龍一の「ちかこ?」は、「知っているのか? ライデン。」と聞こえた様な気がしたが、きっと気のせいだろう。

 某サキガケとも無関係に相違ない。

「龍一様、あのお方は、三村青爵閣下の若君です。」

「そりゃそうだ。三村家の紋章を、許可無く身に着ける事ができる訳ない。つまり、三村青爵の長男かい。」

「確かに、ご長男ですが、今年廃嫡の憂き目に合われたのです。しかも、次のご嫡男は、3歳の餓狼丸様です。青爵閣下も何を考えておいでか……。」

「漫画で読んだ事がある。

確か、虎と恐れられ、騎馬軍団を率いて戦い、戦国乱世を駆け抜けた大名の話だ。

『自分の後継ぎに、指名した男子を嫡男。やっぱ、やーめたが、廃嫡。』

だったな。」

「おい! それは武田信玄が、長男義信を1度は嫡男に指名したが、後に、やっぱ、やーめた、とばかりに廃嫡し、四男勝頼を後継者にさせた話かよぉっ!」

 などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。

 親紅は、酔っ払いに、話しかけた。

「君、高梁城に来て日が浅いと見えるな。馴染みの者なら、こんな事は、しない。さあ、止めたまえ。女性が、イヤがっているだろう。」

「ああ! 何様だ! すっこんでろ!」

 現実を理解できていないのか、兎に角、イキる酔っ払い。

「何度も、同じ事を言わせるな。止めたまえ。」

「ブッころシテやらぁ!」

 酔っ払いが、短剣を抜いた瞬間だった。

「ゲビュッ!」

 悶絶する酔っ払い。無理もない。あっという間に、間合いを詰めた親紅の左掌を、右脇腹に喰らっていたからだ。

「漫画で読んだ事がある。

確か、ボクシング漫画だ。

『肝臓は、急所だ。ここをベアナックルで撃たれると、大の男でも悶絶する。だからグローブを着けるんだ。』

だったな。今、打ったのは、正に肝臓だ。」

「おっと、危ない。」

 酔っ払いが、落としそうになった短剣を奪い取る親紅。

 しかし、それだけでは無かった。

 親紅の背後から、酔っ払いの同席(仲間らしい)のオサーンが、刃物を手に、忍び寄る。

「ご馳走様でした。おっ、味噌だれたっぷりの丼、使えるじゃん。」

 床に、皿を滑らせる俺。

 オサーンは、運悪く、丼を踏んづけてしまった。

「ひぁっ!」

 つるんと滑って、床に顔面を、したたかに打ってしまったオサーン。よしっ!

「確保ぉーっ!」

 それを目聡く見つけたのは、衛兵らしき制服姿の男達だった。彼らの活躍によって、2人共連行されていった。

 親紅は、看板娘に話しかけ、安否を確認すると、こちらに向かって来た。

「君、助けてくれてありがとう。」

 親紅から話しかけられたので、礼儀として、俺も立ち上がる。

「どういたしまして。」

 でも、話しをするのは、使用人さんに譲る。そうしないと、後で馬久兵衛さんに、怒られる。かもしれないからだ。

「君、名前を教えてくれないか。」

 言われて初めて、俺と使用人さんは、目配せして、俺が口を開いた。

「龍一。」

「龍一君、今晩食事をご馳走させて欲しい。いいだろう。」

「では、主にお許しを得る必要があります。」

 口を開くのは、使用人さんだ。

「では、後程使いを寄こすよ。自分は、仕事が残っている。失礼。」

 こうして、親紅は、立ち去った。


 * * * 


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