5章 迫る脅威⁉

第59話 『青い怪物⁉』

 茂みを飛び超えるようにして出てきたのは――


「な……、なによこれっ……!」

 ゴブリンではなかった。


 背中を丸めた老人のような姿勢なのに、アルマよりもはるかに高い体躯。

 筋肉の盛りあがった太い腕に、鋭く尖った爪。おおきな頭には、二本の角。


 ヒトの形はしていても――

 ゴブリンと似た青い肌をもっていても――

 何もかもが違っていた。


 ゴブリンを十倍凶悪にして、十倍大きくした、とでも言えば妥当だろうか。

 一目見ただけで、コレは絶対に戦ってはいけない相手だと分かった。


「こんなのがいるとは思わなかったな……!」

 スペスも、そう言ったきり言葉を失っていた。


 黒目ばかりの暗い瞳でアルマ見たソイツは、うれしそうに、ニチャァァ……と口を開く。鼻がまがるような臭気を吐いたその口から、つき出た長い牙がよだれで光っていた。


 逃げなきゃ!

 そう言おうと思ったのに――

「あ……ああ…………」

 震える口はカタカタと鳴るだけで、声すらまともに出せなかった。



 青い肌をしたソイツの長い腕は、アルマの木剣よりも長く、

 万が一にでも掴まれたら振りほどくことは出来そうもなかった。

 そして、そのまま大きな口に呑みこまれるのだろう。

 どころか――

 爪による一撃をもらっただけで、即座に戦えなくなるかもしれない。


 メイランから受けた教えの効果か、アルマは思ったよりも冷静に相手を見ていたが――

 それでも鳴る奥歯をグッと噛みしめて、木剣を向けるのが精一杯だった。


 いますぐにでも逃げ出したかったが、背を向ければ、後ろから襲いかかられる気がして――ぺたり、ぺたりと近づく相手から目を離せなかった。


 逃げるべきか――逃げられるのか。

 先手を取って攻撃するか――やはり戦うのは無謀か。

 一体どうしたら……。

 ぐるぐると考え続けて、答えが出ず――けっきょくアルマは一歩も動けなかった。


 ぺたり、ぺたりと草を踏み近づいてくるソイツは、

 老人のように背を丸め、長い腕をだらりと地面に付くほど下していたが、

 それは危害を加えるつもりがないことを示さない。


 むしろソイツは、さっきからアルマばかりを見ていて、

 明らかにアルマを狙って来ていた。

 初めて目があった時には、口の端を吊りあげて笑うような顔すらしてみせた。



 ソイツが立ち止まる。

 もう腕が届くような距離で。

 間違いなくソイツはわらい、そのまま無造作に腕を振りあげた。


 あ――、とアルマは思った。

 乱れた思考に邪魔されて、なんの反応もできていなかった。


 少しでも離れるなり、防御の姿勢を取るなり、なにか出来ることがあったはずだと思いながら、

 もう一瞬ののちには、あの腕が自分に叩きつけられるのだと分かった。



 咄嗟に、両親の顔が浮かび、村の景色が浮かんだ。


 いつも見ている双子の山が見えて。

 それから自分の小さな本棚が思い起こされた。


 母と一緒にジャムを作ったときの楽しそうな顔が。

 雷のなかを往診に出た父の後ろ姿が。


 大変だったなと言ってくれた、メイランのやさしい瞳が。

 そして――

 自分を守ると言ったスペスの真剣な表情が。


 次々と脳裏に湧いて出た。

 これで終わりかと思うと、涙が浮かんだ。



 振りかぶられた腕が動き出す。

 勢いをつけ、うなりをあげて、アルマに迫る。

 それを見ながらアルマは、諦めたように立ち尽くしていた。


「アルマ――!」

 乱暴に襟をつかまれて、うしろに強く引き倒された。

 直後に真上を暴風が通り過ぎ――

 襟をつかんだ手が、遠くに引きはがされた……。


 倒れるアルマの目に、殴り飛ばされるスペスの姿が見えた。



「いやぁぁあっ……‼ スペス……っ‼」

 アルマは、すぐに立ちあがり、木剣を放り出して走った。

 倒れこんだスペスのそばに膝をつき、急いで目を走らせる。


 呼吸は――あった。

 爪による傷が、胴から肩までざっくりと開き、血があふれ出ていたが、すぐに処置をすれば助かるレベルだった。


 気は動転していても、身体は馴染んだいつもの動きを再現してくれた。

 手で傷口合わせるように押さえつけ、魔法をかけると出血が引いてゆく。


 そのまま続けていると、スペスがうめいた。

「つぅっ……」

「――スペスっ‼」

 声をかけると、ゆっくりと目が開く。


「アルマ……?」

「よかった――」

 意識があったことを確認すると、すぐに訊く。

「痛むところはどこ!」

「えっと――なんだか全身が痛い……よ」


 笑ったスペスの目が、サッと――アルマの後ろに向いた。

「逃げろっ‼ アルマ!」


 怒鳴ったスペスに、アルマは首を振った。

 後ろに何がいるのかは、見なくてもわかる事だった。

 それよりも、ぺたりぺたりと近づいてくる足音を、直接見るほうが怖かった。


「《痛み止め》……かけておくね。最期くらい……痛くないほうがいいもんね」

 スペスを安心させるように微笑もうとして、涙がこぼれた。


「ダメだ……! アルマは帰るんだろ!」

 スペスが両手で押し離そうとする。

「わたしが……、わたしが一人で帰れるわけないでしょ!」

 思わず怒鳴っていた。


「わたしには……帰る方法を調べるなんてできないのよ! あなたがいなくなって一人だけで……、どうすればいいって言うのよ!」

「メイランさんの所だ! あの人ならきっとなんとかしてくれる!」


 行けとばかりに肩を押して、スペスは微笑んだ。

「大丈夫だよ……アルマなら帰る方法だってきっと見つけられる。時間はかかるかもしれないけど、きっとできる。だから……行ってくれ」


 その声は優しかった。安心させるように優しかった。

 それでも、アルマは首を振った。


「いいの――スペスを置いて行っても逃げられるかわからないし……、それなら一緒に……」

「ダメだ、アルマ! あきらめるな! きっと逃げられる。あれだけ図体が大きいんだ。木の密生している狭い場所を――」


「いいの……。もういいのよ……」

 涙は止まらなかったが――今度はちゃんと笑えた気がした。


 ぺたり、とすぐそばで足音がする。

「ありがとうスペス――」

 アルマは、離れようと押すスペスを両手で抱きしめた。


「わがままでごめんね……。わたし力だけは強いから……きっと離さないよ」

 そう言ってアルマは、震える手でスペスの背中を撫でた。


 ヒュン――

 という風切り音がした。


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絶望的状況のなか、ふたりの運命は!


それでは次回、

第60話 『アルマの想い⁉』

で、お会いしましょう!

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