第17話 『スペスは強い⁉』

「わかったのよ! 木がねっ! 生えたり無くなったりしてるの!」


 戻ってきたスペスに、アルマは言った。

「どういうこと?」と、スペスが訊ねる。


「この木が無かったのはもちろんなんだけど、あそこには大きい木があるはずなのよ。ほら覚えてるでしょ、初めて会ったときに、木の下で魔法をかけた――」

「ああ、あの木なら覚えてるよ!」

「無いのよそれが! ここからでも見える、大きな木なんだから! それなのに……無いの」


 アルマの見る先に大きな木などなく、よく晴れた空が見えていた。

 言いようのない不安に、かすれそうな声でアルマは続ける。


「あの木だけじゃないの。このあたりの木がみんなそう! あったはずの木がなくて、ぜんぜん見たことのない木が生えてるのよ! どうして⁉」

「もしかしてだけど……」とスペスは言った。「ボクたちは《転移》したんじゃないの? よく似た、別の場所に」

「そんなはずないわ! だってあの山!」


 アルマが指差したのは二つの頂をもつ山だった。この辺りならどこからでも見えるくらいに大きく、そのふもとにはリメイラ村がある。

「わたしは生まれた時からあの山を見てるのよっ、それを見間違えるはずがないわ!」

 アルマは大きな声を出した。


「確認なんだけどさ、アルマ」

 落ちついた声でスペスが訊く。

「――植物を枯らしたり、生やしたりする魔法はあるの?」

「あることはあるわ……」スペスの質問を理解したアルマは答える。

「でも、枯らす魔法だったら、必ずあとに枯れた木がのこるし、成長を早くする魔法もあるらしいけど、こんな大きな木をすぐに生やすことはできない……と思う」


「なるほど……」うなずいたスペスは、すこし考えた。

「――確認したいことがある。一度、遺跡までもどろう!」

 そう言ってスペスはアルマを、遺跡のとある場所まで連れていった。


「確かにここだよ! 間違いない!」

 スペスはそう断言したが、そこは、他とおなじく石が並んでいるだけで何もなかった。

 だがスペスは『やっぱりか――』と厳しい顔をしている。


「なにがやっぱりなの? なにも無いじゃない?」

 不思議そうな顔でアルマが訊いた。


「忘れたの? さっきまでボクら、ここで焚き火をしてたでしょ」

「あっ!」と、アルマは声をあげた。


 たしかにこの場所だった。だが、焚き火の跡はなかった。

 近くに捨てたはずのお茶の葉もなかった。

 さっきまで長い時間をそこにいたはずなのに、近くには草の踏み跡もなかった。

 そこにある〝はず〟のモノが、そこに無かった。


「嘘でしょ……本当にここが違う場所だっていうの……?」アルマは愕然とする。

「どうも、そうみたいだね。なんでリメイラとよく似ているのかは分からないけど」

 とスペスも難しい顔をしていた。


「そんなっ……帰れるのよねっ? 来たのなら、帰れるのよね?」

 不安そうにアルマはスペスを見た。

「それは――まだわからないな」答えたスペスの顔が曇る。


「そもそも、さっきの《転移》の起動には失敗したはずなんだ。それなのにどうしてここに来れたのか。その原因がわからないとなると難しいよ……」

「そんな!」

 と、アルマは声をあげた。

「どうしてよ!」


――村に帰れない。


 そう考えただけで、血の気が引いて、座りこみそうだった。


「ごめん……でも落ちついてアルマ。まだ帰れないと決まったわけじゃない。必ず方法を見つけるから――」

「そんなこといって――どうするのよっ!」

 アルマの叫びが、スペスの言葉をさえぎった。


「こんな訳のわからない所に来ちゃって……、これからどうするのよ! 道もないのよ!」

 言いながら、涙がポタリ、ポタリと落ちる。

「アルマ……、泣きたくなるのもわかるけど、今からそれを考えないと……」

「どうして、そんなに落ちついているのよっ⁉ そもそも誰の――っ!」


 ――誰のせい。

 そう言いそうになって、アルマは口をつぐんだ。

 スペスが、悲しそうな顔で『そうだよね……』と目を落とした。

「ちがっ――」


 とっさに出てしまった言葉を、アルマは後悔した。

 それはもう取り戻せなかった。

 否定しようとして、なにも言えず、アルマはそのまま地面を見つづけた。


 しばらくの沈黙のあと、急にスペスが言った。

「ボクには、やることができたよ――」


「やること?」

 ちいさくアルマは訊き返す。


「言ったでしょ〝アルマを守る〟って。だから、ボクはかならずアルマをリメイラ村に帰す。約束するよ――必ずだ!」

 そう力強く宣言する。


「――帰りかたも、分からないのに?」

「きっとなんとかなるさ! ボクに根拠はないけど大丈夫。どうにかしてやり遂げるよ!」

 そう胸を張るスペスに、アルマは、さらに後悔を深くした。


「……わたし、恥ずかしいね」

 消え入りそうな声で、そう言った。


「考えてみたら、スペスだって記憶を無くしてて……、リメイラっていう〝わけのわからない所〟にひとりで放り出されてるのに……。

 そのうえそれが今、もっと訳がわからなくなってるのに――

 それなのに、スペスはわたしの事を考えてくれて、わたしは自分のことばっかりで……」


 ちいさく背中を丸めるアルマに、スペスは言う。


「そんなの、あたり前だよ!」

「えっ……⁉︎」

 と目を丸くしたアルマに、スペスが微笑んだ。

「アルマには、お父さんとかお母さんとか、村のみんなとか、そういう大事なものがたくさんあるんでしょ。だったら当たり前だよ。ボクにはそういうものが無いんだもの」

 そう言ったスペスは変わらずに微笑んでいて、迷うことなくそう思っているのが伝わってきた。それが、アルマには不思議だった。


――どうしてこの人は、こんな考え方をするんだろう。自分だって大変なのは何も変わらないのに、どうしてそこまで、わたしの事を考えてくれるんだろう。


 黙りこむアルマに、スペスは言った。

「だって――ボクにはアルマしかいないんだから」

 それを聞いたアルマは、言葉が出なかった。


「……だからさ、ボクがアルマのことを考えるのも、アルマがボク以外の人の事をかんがえて、それで不安になっちゃうのも――あたり前の事だよ」

 そのあいだもずっとスペスは微笑んでいて。


 それに押されるように、

「そう……なのかな」とつぶやくと、

「そうさ!」と、スペスは親指を立てた。

「……ふふっ、変なの」

 それがなんだかおかしくて、ついアルマは笑ってしまう。


「やっぱりアルマは、笑ってるほうがいいね」とスペスが言った。

「……悲しんでるほうがいいなんて言う人は、あんまりいないわよ?」

「それもそうか……。でも、本当にそう思うよ」

「うん……」と、アルマは素直にうなずいた。


「……スペスもさ、リメイラに来たときに、こんな悲しい気持ちになったのかな?」

「ボクは平気だったな、アルマもいてくれたしね」

 当然のようにスペスは答える。

「そっか――強いんだね、スペスは」

「そんな事ないと思うけど?」

「ううん」とアルマは首をふった。「強いよ……強い」


 アルマは手を伸ばし、自分を守ると言った少年のボサボサ頭をそっとなでる。

「ありがとうね――スペス」

「お褒めにあずかり光栄です」

 スペスが、ニヤッとわらって頭を下げた。


「ふふふっ……もうっ、どこでそんなの覚えたの?」

 アルマは笑いをこらえながら、もうちょっとだけスペスの頭をなでた。


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第18話 『走ろうアルマ⁉』

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