第8話 『もうやめて……恥ずかしいから⁉』
翌朝。
目がさめたスペスは、飲み水が無いことに気づき、置いてあった水差しをもって外へ出た。
すでに空は明るかったが、太陽はまだ山の陰にかくれていて、教えられた村の水源にむかって歩いていくと、朝靄に包まれた村は白くぼんやりとしていた
聞いたとおりに家々のあいだを抜けていくと、どの家の煙突からも煙があがっていて、村人はすでに起きているようだった。
そんな家々をながめてスペスが足を止めると――不意に後ろから声をかけられた。
「おはようっ、昨日はよく眠れた?」
振りかえると、大きな
「おはよう。おかげでよく眠れたよ」
「それはよかったわ」とアルマは嬉しそうに笑う。
「それで、ちょっとは何か思い出せた?」
「いや、なにも――」とスペスは首を振る。
「そう……。まあ、あせる事はないわよ。そのうちにきっと思い出すわ」
そう慰めたアルマは、話題を変えるように訊ねる。
「それはそうと、朝からこんなところで何をしていたの? 何か見える?」
「ああ、いや……ここの家はみんな造りが違うから、それが面白くて見てたんだ」
「はあ?」と、アルマは怪訝な顔をする。
「そんなものが面白いわけないじゃない。怪しいわね、そこの
「そんな事はしてないよ」と、スペスは胸を張る。
「――そういうのは良くないって昨日教えてもらったからね」
「本当かしら?」
「本当だってば。アルマこそそんな大きな
「わたし? わたしは水くみよ。朝の日課なの」
そう言ったアルマはハッとする。
「もしかして……スペスも朝の日課の覗き?」
「いや、だからやってないってば」
「なら、こんなところで何してたのよ? 言ってみなさい」
「ボクも水をくみに行く途中だよ。ついでに、サッパリと顔でも洗おうかと思ってる」
「スッパリ足を洗うの? 覗きから?」
「サッパリ! 顔を! 洗う! だよ! 足は洗わないっ」
「足は洗わない? 覗きをやめるつもりはないってことよね?」
「だから、やってないんだよ……」とスペスは嘆息した。
「そこまで疑うなんて、ボクをなんだと思ってるの⁉︎ そういうのを無実の罪って言うんだよね?」
「あら……スペスってば難しい言葉を知ってるのね。そんなに無実の罪がイヤなら、いい方法があるわよ」
「なにかな?」
「今すぐそこのお家を覗いてきなさい!」
「いやだよ⁉︎ そしたら本当の罪になるじゃないか! なんで急に悪いことをボクに勧めてくるのさ⁉︎」
「いや……なんだかスペスって女好きっぽいし、一度、女関係で痛い目を見たほうがいい気がするのよね……」
「そんな理由で、人を
そう言ってスペスはアルマをうかがい見る。
「べつに、いいわよ。覗いてくれば?」
「いいの⁉︎」
「まぁ、あそこに住んでるお婆さんでよければ――だけど? 昨日会ったでしょ?」
「あー、あの人のお家か……。やっぱりいいです……」
「どうして? あのお婆さん最高よ?」
「それ、〝最も高い〟だよね? 最高齢だよね? いくらボクでも、あんな歳の人には興味が持てないなぁ」
「やっぱり、そうなのね……」とアルマは残念そうにうなずく。
「でもスペス、そこのお婆さんより高齢の女性はこの村にはいないのよ……」
「なんでボクの好みが超高齢だと思っているの? 普通もっと下だと思うでしょ⁉ だいたい、そんなお婆さんの着替えを見る人なんていないよね?」
「あら……、昨日会った、ハゲ頭のお爺さんいるでしょ?」
「うん」
「あのお爺さんは、ここのお婆さんの着替えを毎日見ているわよ」
「そんな人いるんだ⁉︎」とスペスは言った。
「あれ……でもおかしいな、そのお爺さんは着替えを覗いてもいいの?」
「別にいいんじゃないかしら――だって、二人は夫婦だし」
「えっ、夫婦なら見ていいんだ」と、スペスは意外そうに言った。
「夫婦だったらいいと思うけど?」
「じゃあアルマも、結婚したら見ていいの?」
「な、なによいきなり……。そ、そりゃ結婚したならもっとすごい事をするわけだし……見るくらい別にいいんじゃない……かしら?」とアルマは赤くなる。
「もっとすごい事ってなに?」
「えっ……⁉︎」
「今、言ったでしょ。もっとすごい事、ってなに?」
「え、えーと……」とアルマは口ごもった。「アレよアレ……わかってるんでしょ?」
「わからないから訊いてるんだけどな……」
困った顔でスペスが見つめる。
「も、もしかして――本気で訊いてた?」
「もちろんだよ。何かおかしかったのかな?」
そう訊くスペスに、アルマは――
「べつに……、おかしくはない……です」と答えた。
「じゃあ、教えてくれる?」
「え、えーとね、アレっていうのは、その、なんて言うか、えっとね………キス。そ、そう……キスの事よっ!」
「ああ!」とスペスは言った。「それなら知ってるよ。口と口をつける事でしょ。そっか、結婚したら、アルマとキスできるのか」
「そ、そうね……」
「ボク、ますます、アルマと結婚したくなっちゃったよ」
「もうやめて……恥ずかしいから! か、からかった事なら謝るから……」
「えっ、なんのこと?」
「分からないならいいのっ! ほらっ、スペスも水汲みに行くんでしょ。早く行くわよ!」
そう言ってアルマは大瓶をかかえたまま、先に歩き出した。
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アルマはボケより、ツッコミなんですよね。
それでは次回、
第9話 『びっくりしちゃうんだから⁉』
で、お会いしましょう!
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