22.刺客

「刺客ぅ? なんのことだ? 俺たちはただ金持ってそうなお嬢さんがいるから襲ってるだけだぜ?」

 

 なんて、白々しいことを言う山賊もどき。そんなわけないだろう。今アンジェ王女もアンナリーナさんも普通の格好をしているし、そもそもの問題として俺たちはノーマンさん以外は全員防具なしである。

 どう見ても駆け出し冒険者とそれを率いるベテラン冒険者(ノーマンさんのこと)にしか見えず、金なんて一番持ってなさそうな集団だ。それをわざわざ襲う酔狂な山賊などいない。


「御託はいい。襲ってきたってことは襲われ返される覚悟もあるってことだよな?」


 俺は刺客にそう告げるが内心は心臓バクバクである。何せ相手は生きた人間。今まで倒してきた妖やモンスターたちとは訳が違う。なんとか非殺傷で済ませたいが、それが通じる相手かどうか。刺客としてきてる以上、それなりの強さは持っているだろう。それをどこまで相手できるか。トウコツを出すという手もあるが、それをすると待っているのは虐殺だ。背後関係を吐き出させたいし、何より俺の心情として刺客といえど人間は殺したくない。甘いかも知れないがまだ同族殺しの覚悟は出来ていないのだ。


「はっ、吠えるな吠えるな。丸腰のお前に何ができるってんだ。大人しくその嬢ちゃん達を渡すってんなら見逃してやってもいいんだぞ?」


 それが嘘なのはセンスライを使うまでもなく赤子でも分かることだろう。


「金持ってそうと言いながら、目当てはこいつら、ね。お前達の考えはよくわかった。答えはもちろんノーだ。仲間を売る気はない」


「そうかい。それじゃ痛い目を見てもらおうかな!」


「青龍! できれば殺すな! 背後関係を吐かせたい!」


「了解いたしました」


 青龍はすぐさま俺の命令を受諾すると槍をくるりと半回転し、石突きの部分を前に出す。

 それが戦闘開始の合図となった。再び林から降り注ぐ矢の雨。しかし、ミサイルプロテクションの効果がまだ残っているためそれらはすべて俺たちに届く前に地面に落ちる。


「まただ。どうなってやがる」


 首領と思しきものが愚痴るがそんなのは俺には関係ない。とりあえず、手近なやつから処理していく。


「『スリープクラウド』」


 眠りの雲を出す魔法で首領含め林から出てきた連中をまとめて眠らせる、


「ぐっ……、眠りの魔法か」


 つもりだったが首領だけは抵抗された。こいつ抵抗力高いな。やっぱただの山賊の首領とは思えない。


「ハヤト様。私も! 眠りを司る精霊よ。我が意に従い彼の者に眠りをもたらさん。スリープ!」


 アンジェ王女も俺と同様に眠りの魔法を唱える。が、再び抵抗する首領。

 やっぱこいつ只者じゃないな。警戒レベルを一段上げておこう。


「すべての力の源よ! 光り輝く神の力よ! 我が手に集いて槍となれ! ホーリーランス!」


 横では前島さんが、光魔法を発動して首領に攻撃を加えていた。前島さん度胸あるな、人間に攻撃魔法とか。え? 俺も青葉にライトニング打ってた? いや、あいつは例外っていうか。


「ぐっ……! ちぃ! 弓隊、全員でてこい。この状況じゃ弓は役に立たねぇ、近接を仕掛けろ!」


 首領はホーリーランスを食らいながらも、周りに指示を出す。その言葉を受けて、周りの林から一人、二人、三人……、って多いなおい! 十人は超えてるぞ! この数はまずい。これだけの数に接近戦されると守りきれん!

 しかも、忌々しいことにいい感じに分散してるからスリープクラウドで全員巻き込めない。

 こうなったら、首領をなんとかしてそれで撤退させるしかない。幸い、ゴブリン退治で俺は一切魔力を使ってないから、魔力だけは余りあってる。


「『ライトニングバインド』」


 第七位階の拘束魔法を首領に向かって放つ。流石にこいつは抵抗出来ないだろう! 雷が複数のリング状になり、首領に纏わり付き動きを制限する。


「な、なんだこりゃ!? ってぎゃああ!」


 首領が訳もわからず動こうとするが、動いた瞬間リング状になってる雷に触れ、ジュウッという音と、肉の焼ける嫌な匂いがする。


「お前達の首領は拘束した。解いて欲しければ撤退しろ!」


 俺はそう大声で告げるが、刺客どもは撤退する気配を見せない。弓を背負い、腰からダガーを抜き放ちこちらに迫ってくる。

 チッ、分かってたがやっぱりこの程度のやり方じゃ撤退してくれないか。殺した訳じゃないしな。

 横では青龍が近づいてきた刺客達を石突きでめったうちにしていたが、それでも青龍一人では捌き切れる数に限度がある。ノーマンさんもノーマンさんで、アンジェ王女を守るのに専念していて、自分から仕掛けられないでいた。

 まずい、ジリ貧だ。俺と青龍だけなら、テレポートなり使えばこの場から退却できるが、それでは意味がなさすぎる。

 やはり、殺すしか……、ないのか。

 俺がそう覚悟を決めようとした時、


「ライトニングスピア」


 不意にどこからか、魔法らしき声が聞こえる。どこからだ!? そう思うが、俺の行動は一歩遅かった。


「ぐあああああ!」


 その魔法は狙い違わず、ノーマンさんに直撃した。ノーマンさんは叫び声を上げたあとその場に倒れ伏した。

 しまった! ノーマンさんを狙われた! だが、方向はわかった。もう殺したくないなんて言ってられる状況じゃない!


「『チェインライトニング』!」


 本気も本気、完全に殺すつもりで魔法のきた方向に魔法を放つ。


「がっ……」


 くぐもった声がしたと同時に気配が消える。──殺した。人を殺した。

 だが、感傷に浸ってる暇は俺にはなかった。続け様に首領に対しても魔法を放つ。


「『チェインライトニング』!」


 魔法抵抗が高いであろう魔術師を殺せた一撃だ。首領が抵抗力が高いと言えどもこの一撃には耐えられないだろう。


「ぐっ……、がはっ……」


 首領が倒れ伏すと同時に、首領を拘束していたライトニングバインドの効果が切れる。対象が死んだため効果が消失したのだ。


「──、お前達の首領と魔導師は俺が殺した。これ以上犠牲を出したくないなら大人しく引け」


 俺は再びそう告げる。が、刺客達は止まらなかった。やはりこいつらはただの山賊じゃないようで──、


「──、『召喚 トウコツ』」


 俺はそれに答える代わりに、トウコツを召喚する。


「トウコツ、青龍、やれ」


 完全に目が据わった俺がそう簡潔に命令をする。


「承りました」


「おう、存分に暴れてやるぜ」


 青龍は再び槍を半回転させると、そのまま刺客達に突っ込む。トウコツは爪を伸ばして、次々と刺客を屠る。

 そこから先はただの虐殺だった。あっという間に刺客達は始末され、後には静寂が残った。


「ノーマン! ノーマンしっかりしてください!」


 横では、アンジェ王女がノーマンさんにすがり声を掛けていた。


「うっ……」


 吐き気がする──。妖を殺した時はなんとも思わなかったのに、今は激しく心が揺れている。やはり、同族殺しはレベルが違った。こんなにも気持ち悪く、不快な気分になるとは。


「ハヤト様! 早くノーマンに回復魔法を!」


「あっ、あぁすまない。すぐしよう。『メジャーヒーリング』」


 俺はすぐさま魔法を唱え、ノーマンさんが淡く光った。

 が、光っただけだった。


「えっ? も、もう一度、『メジャーヒーリング』」


 もう一度同じ魔法をかける。だが、結果は同じだった。


「こ、これは……」


「勇人様。その方はもう亡くなっております。回復魔法では……」


「そ、そんな……。も、もう一度!」


「勇人様、おやめください。古代魔法には蘇生の魔法は存在しません。勇人様では……無理なのです」


「こ、古代魔法じゃ無理ってことは精霊魔法とかじゃダメなのか!? 青龍は使えないのか!? 頼む、青龍」


「残念ながら、蘇生魔法は信仰魔法の分野です。そして、信仰魔法はすでに遺失した技術です。私には──、いえたとえ勇人様でも使う事はできません」


「そ、そんな……」


 目の前が真っ暗になる、とは今のような状況言うのだろう。文字通り目の前が真っ暗になり何も考えられなくなる。

 いや、確かにそんなに仲は良い人とは言えなかった。仲間になったばかりでまだお互い何も知らない状態だ。

 でも、俺が最初から殺す覚悟を決めていたら、この人は死なずに済んだのではないのか?


「ノーマン……、そんな……」


 アンジェ王女が泣きながら、ノーマンさんの手をとる。

 再び吐き気がする。意識が朦朧とする。取り止めもない考えが浮かんでは消え、思考がまとまらない。

 そして、気がつくと俺の思考は完全に闇に沈んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る