5.大勇者スライス

「う、動くな!!!」


カス=デ・アールは捕まえたレナに、持っていた剣を突き付けてユータに言った。

溢れ出すユータの気迫。カス=デ・アールは震える体に力を入れて剣を握った。ユータが言う。



「お前、その女に少しでも傷つけて見ろ。……地獄、見るぞ」


全身を縛るような鋭い目線。強き者だけが発する絶対的オーラ。カス=デ・アールはただ中途半端に持っていた上級魔族としてのプライドだけによって立たされていた。

そして恐怖のあまり奇声を上げて剣を振りかざす。


「ギョエエエ!!! !?、……ギョ、ギョゲエエエエ!!!!!!」


しかし最初の奇声とは別の奇声がすぐに響き渡る。振り上げられたその右腕は、一瞬で折れ曲がって途中でぶらぶらと垂れ下がった。そして掴んでいたはずの女はいつの間にか少年の元にある。

そして時差で襲ってきた激痛に声を上げるカス=デ・アール。



「ギャアアアア!!!!」


「聞こえなかったのか、カス野郎」


そう言ってユータは剣の衝撃波でカス=デ・アールを吹き飛ばす。目を回して失神するカス=デ・アール。ユータはレナが無事であったことを喜びそっと寝かした。

そして残った最後の魔王クラスの魔族の場所へひとり走り向かった。





その頃、ひとり残ったイロカの前にその男は現れた。イロカが言う。


「パパ……」


男が答える。


「予定より随分早かったな。勇者の足止めはしくじったのか?」


下を向いて黙るイロカ。男が言う。


「まあいい。予定通りほぼすべての勇者は倒れた。お前が連れてきた勇者を除いてはな。私はこれより大魔王デラ=ツエー様に連絡して本体を呼ぶ。手伝え、よいな」


イロカは顔を上げその男に言った。



「ねえ、パパ。ユー君に、勇者ユータに私は賭けてみたいの」


「なに?」


スライスの顔が少し引きつる。イロカが続ける。


「勇者ユータは強いわ。大魔王の強さは計り知れないけど、ユー君の強さもまた別格なの」


スライスが言う。


「そんな駆け出しの勇者ごときに全てを掛けろだと? このでも勝てなかった大魔王デラ=ツエーを倒せると言うのか?」


スライスは語気を強めて言った。イロカが答える。


「分からない。でも感じるの、彼から。とても強い力が、優しい力が」


男は少し間を置いて言う。



「お前、その男に惚れたな」


「えっ!?」


驚き顔を赤くするイロカ。男が言う。


「まあいい。お前を勇者学園に入れて必要な情報はすべて手に入れた。お前がその男を信じるのならば信じればいい。好きにしろ」


「パ、パパ……」




「……来たか」


「イロカ! 大丈夫か!!」


イロカが振り向くとそこにはゼイゼイと息をするユータが立っていた。魔王クラスの敵と一緒に居るイロカを心配するユータ。スライスが振り向きユータに言う。



「お前が勇者ユータか。この短時間に、それもたったひとりでこれだけの魔物を倒すとは。ただの駆け出しではないな」


「お前誰だ?」


そう尋ねるユータにスライスは少しドヤ顔で答える。



「私は大魔王デラ=ツエー斥候団の団長を務めるスライスだ。お前達には講義で習ったであろう『大勇者スライス』と言った方が分かりやすいか?」


「知らん」


ユータはあっさりと言い返した。そして続けて言う。



「ハーゲン達に薬飲ませたのもお前だな。そしてこの周到は計画、お前頭いいな」


スライスが言う。


「褒めて頂き光栄だ。ところでユータ君、ひとつ提案があるの。大魔王デラ=ツエー様の配下にならないか。そして私達と一緒に争いのない平和な世界を作ろう」


ユータが笑って言う。


「お前、頭いいと思ったが、やっぱりアホだな」


「なに?」



スライスの顔色が変わる。ユータが両手を広げて言う。


「こんな景色を見せられて、何が争いのない世界だ!」


ユータの周りには壊れた建物、そして傷つき倒れる人がいる。スライスが言う。


「それは平和の為に仕方のない犠牲だ」


ユータが言う。


「カスの親分もやっぱりカスだな。俺はただひとりの涙も許さない。すべて救う!!!」


「ふざけるな、小僧が!!!!」


スライスは剣を抜きユータに斬りかかった。



(パパっ!!!)


心の中で叫ぶイロカ。



ガン!!


スライスの剣撃を木の剣で受け止めるユータ。そしてそのまま剣を振り抜き、スライスを吹き飛ばすユータ。


ドン!!


「ぐはっ!!」


壁に激突し負傷するスライス。気が付くとユータが頭上に飛び上がっている。ユータは下りながら剣をスライスに撃ち込む。



ガン!!


直ぐに剣でその攻撃を受け止めるスライス。しかしその威力は凄まじく、剣ごと破壊されて地面に叩きつけられた。


バキン!!


「ぐわあああ!!!!」


一歩後退するユータ。スライスは倒れたまま折れた剣を眺める。



「この聖剣スライサーが、木の剣ごとにに、負けただと……」


そして目の前には恐ろしい程のの覇気を放つユータが立つ。



――こ、この少年は一体、何者……?




「う、動くな!!!」


突如、後方から聞こえる魔族の声。

振り向くと気絶したはずの魔族がひとり起き上がり、イロカを捕まえて剣を突き付けている。


「き、貴様、何を! 血迷ったか!!!」


倒れながらも強い覇気を出して声を上げるスライス。魔族が言う。



「ああ、もう我慢ならねえ。勇者もあんたも全部倒して、俺様が幹部になるんだよ!!!」


「お、おのれえええ!!!」


「うう、ううーーー」


口を押えられて苦しもがくイロカ。ユータが前に立ち言う。



「おい、お前。直ぐに放せ」


魔族が言う。


「ふざけるな! お前、この女がどうなってもいいのか! 武器を、武器を捨てろ!」


「ふっ、雑魚が」


そう言ってユータは持っていた木の剣を地面に捨てる。


「その剣をこちらによこせ!」


ユータは木の剣を魔族に向けて投げつけた。それを拾った魔族はその剣をバキっと半分に折った。それを見たユータが驚いて言う。



「お、おい、お前! 何折ってんだ、ふざけるな!!!」


魔族が言う。


「黙れ! ヘボ勇者! 剣が無きゃ剣技使えねえだろ? ガハハハッ!」


「だからお前らは雑魚って言われるんだよ」


そう言ってすっと姿を消すユータ。


「えっ!?」


消えたユータを見て焦る魔族。



(う、上!?)


それを見ていたスライスが心の中で言う。


「はあああ!!!!」


ガン!!!


「ぎゃああああ!!!!」


ユータは頭上から思い切り両手を組み魔族の頭を殴りつけた。その一撃で地面に叩きつけられて吐血する魔族。そして落ちそうになったイロカを片手で抱き言う。



「愚か者め、身の程を知れ!!」


ユータが倒れた魔族を上から見て言う。その迫力に意識朦朧としていた魔族は更に血を吐いて気を失った。



――つ、強い。


スライスは倒れながら、そしてイロカはユータの腕に抱かれながらその底なしの強さに驚いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る