3.誘拐
「朝から精が出ますね」
早朝から剣術の稽古をするケータとユータを見て女王アリスは微笑んで言った。
「おはよう、アリス」
ユータがアリスに気付いて挨拶をする。
「おはようございます、ユータさん。ケータはどうですか?」
ユータはアリスの元に来て言う。
「美しき女王のご子息なので上達も速いですよ」
「まあ、お上手なこと。嘘でも嬉しいわ」
「あなたの前では嘘と言う言葉さえ空虚に聞こえる」
「まあ」
アリスは手を赤らめた頬に手を添えて答えた。
「おい! 何やってるんだお前ら!!」
二人に気付いたケータが怒鳴る。
「大人の会話だ」
さらっと言うユータにケータが言い返す。
「お前子供だろ!」
「お前よりは年上だ」
「うるさい、ガキが!」
「何だと! やるかー!」
「まあまあ」
再び熱くなったケータとユータにアリスが声を掛ける。
ルルルルルル
「ん?」
その時ユータの【もしもしでんわ】が鳴った。
「ちょっと失礼……」
ユータは電話を取り出すとその場を離れて話始めた。
「母様、ちょっといいですか……」
ケータはアリスを小声で呼ぶと話始めた。
「実は中庭に綺麗な花が咲いておりまして、母様と一緒に愛でたいと思っております」
「まあ、そうですか」
アリスは嬉しそうな顔をして答えた。
「母様、今日の夕刻中庭においで頂けませんか。待っております。ただ恥ずかしいので誰にも言わないで欲しいです」
「分かりましたわ。では夕刻に中庭に行きますね」
「はい」
ケータは嬉しそうな表情で答えた。
「いやー、悪い悪い。急に電話が鳴って……」
話を終えたユータが二人の元に戻ってきた。
「さてケータ、稽古の続きだ」
「はーい」
ケータは朝からしっかりと絞られた。
「母様、こちらです!」
約束の夕刻になり中庭でひとり母親を待っていたケータは、現れたアリスに呼び掛けた。
「お花はどこかしら?」
「ええっと、ですね……、確かこの辺りに……」
ケータがそう言いかけると二人の背後で音ともに煙が現れた。
ボオンオンオン
「!? 何っ!」
気配を感じたアリスが後ろを振り向くと、真っ黒なマントを纏った巨漢がそこにいた。
「へ、変態!?」
黒い肌にムキムキの筋肉、そして身に着けているのは真っ黒なボクサーパンツに黒いブーツ。そして黒マント。アリスが勘違いするのも無理はない。
「へ、変態とは失礼な! 俺は魔王だ! お前達をさらいに来た!!」
「ま、魔王? そんな……」
「うわー、こわいよー」
急な事態に驚きの声しか出ないアリス。対照的に事務的で抑揚のないケータの叫び声。
「いいから来い!」
「きゃ!」
魔王は二人の手を取るとその場から消え去ろうとした。しかしその時、
「待てーーーっ!!!」
真剣な表情をして剣を構えたユータが現れた。魔王はケータの体を引き寄せると、剣を突き付けて言った。
「動くな! お前が勇者だな? こいつらを返して欲しくば郊外にある【魔王の洞窟】まで来い! ひとりでだ、いいな!!」
ボオンオンオン!
「ふざけるな!!」
ユータは剣を持って斬りかかったが、その時には既に魔王達の姿は煙の中に消えてなくなてしまった。
「しまった、くそ……」
ユータは剣を収めるとそのまま駆け足で城外へと向かった。
「……女王様、ケータ王子」
中庭の柱の陰でその一部始終を見ていたガイアスも駆け足で騎士控室へと向かった。
「はああーーー!!!」
ドンドーン!!
ユータは暗くなった城外に広がる荒野を、月明かりを頼りに進んでいた。意外と多い魔物。すべて薙ぎ倒して進む。雑魚ばかりではあったが、急ぐ際にはこの上なく邪魔な存在である。
「教えられた場所だとこの辺りだが……、あれか!」
ユータは少し先にある禍々しい洞窟の入り口を見つけた。
「よし! 待ってろ、二人とも!」
ユータは洞窟に入ると駆け足で進んだ。
「はっ! はっ!」
洞窟内は松明が灯されており意外と明るい。魔物もいるが大したレベルではないのでサクサクと先に進む。そしてしばらく進むと大広間に出た。
「アリス! ケータ!!」
大広間の先にはアリスとケータを縛り余裕の表情を見せる魔王がいた。
しかし次の瞬間、ユータは背後から感じる強烈な殺意を感じ壁の方へと身を避ける。
「うおおおおお!!!」
後方から槍を構え走って来るひとりの騎士。
「女王様!! ケータ王子!!」
やって来たのは騎士団長ガイアスであった。長く白い槍を構え鬼の形相で魔王に向かっていく。
ガーーーン!!
ガイアスの槍をかわす魔王。そして叫ぶ。
「き、貴様、何者?」
「ガイアス!?」
驚いたユータであったが、それ以上に驚いたのはケータであった。ガイアスが現れるという全く予想していない事態。
「おのれ、魔王め! よくも我らが女王と王子を誘拐しおって!!」
ガイアスは激怒しその槍を魔王に向ける。
「何だこいつは? どうなっている? 約束と違うぞ!」
予想していなかった事態に激怒するのは魔王も同じであった。
(約束?)
ユータは心の中で疑問に思った。
「許さんぞ、魔王! くらえーー!!」
ガイアスは槍を構えて再び魔王に突進して行った。
(や、やめてくれー!! ガイアス!!)
ケータは心の中で必死に叫んだ。
「聖騎士団奥義! 白刃の槍!!!」
ガイアスは魔王の間合いまで近づくと、目にも止まらの速さで何度も槍で魔王を突いた。
「はああーーー!!!」
「ふんっ!!」
魔王は右手を真正面に構えるとその槍すべてを受け止めた。
「何っ!?」
ガイアスは少し後退して再び槍を構えて魔王に攻撃をした。
「はああーーー!!!」
魔王が右手に魔力を溜める。
「危ない!! よけろーーー!!!」
後ろで見ていたユータが叫ぶ。
魔王は右手の魔力を溜め切るとガイアス向けてそれを放った。
「魔黒弾」
魔王の右手から放たれた黒色の輪郭を持たない波動がガイアスを襲う。
ドン!
「ぐわああああ!!」
ガイアスは洞窟の壁まで吹き飛ばされ、口から血を吐きぐったりする。
「ガイアスーーー!!!」
ようやく事態の深刻さに気付いたケータが大声でガイアスの名前を呼ぶ。ユータは道具袋から強力薬草を取り出すと走ってガイアスの元に行き、それを飲ませた。
「ううっ……」
一命を取り留めたガイアス。
「ここで休んでろ」
「す、すまない。勇者殿……」
ユータは立ち上がるとゆっくり魔王の方へ歩き出す。
「ふ、小さき勇者よ。そこで止まれ。さもなくばこいつらがどうなっても知らぬぞ!」
魔王はそう言ってアリスとケータの体を引き寄せた。しかし歩みを止めないユータ。
「お、俺様の話が聞こえぬか! 愚か者! この王子がどうなっても知らぬぞ!!」
バン!
「ぐはっ!」
魔王はそう言ってケータの腹を殴りつけた。
「ケ、ケータ!!」
アリスの声が洞窟内に響く。
「……コめ」
「は?」
ユータの言葉が聞き取れなかった魔王が聞き返す。
「ザコめ。名前もないような雑魚がイキがるんじゃねえ!!!!」
普段とはまるで違うユータの迫力にその場にいる全員が恐怖すら感じた。ユータはゆっくり剣を抜いた。
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