第32話 海水浴を楽しもう!

「おーい!」


 ひとしきり泳いだランベルトは、マリアンネとフレイアに手を振る。


「あら、ランベルト。楽しんでるわね」

「うん。せっかくだし、何より……海には初めて、来たからね」


 ずっと屋敷にいたランベルトにとっては、海水浴というのは初めての体験だった。


「うふふ、喜んでいただけて何よりですわ」


 発起人であるフレイアとしても、ランベルトの反応は喜べるものだ。


「では、私たちも楽しみましょうか。まずはひと泳ぎしましょう」

「はい、会長!」


 マリアンネとフレイアも、ランベルトにならって泳ぎだす。

 その様子を、ランベルトはじっと見つめていた。


(やっぱり美人だなぁ、フレイアさん。マリアンネも美人といえば美人だけど……って、あれ、僕は何を考えてるんだ?)


 ランベルトは無意識のうちに、マリアンネやフレイアのことを今までよりも強く意識するようになっていた。

 と、背中を軽くたたかれる。


「わっ!」

「どうした、ランベルト。一緒に泳がないのか?」

「お、泳ぐよ。ただ、ちょっとボーッとしてて」

「そうか。今は楽しめ。……一緒に泳いでいたら、フレイアたちの柔らかいカラダの感触を味わえるかもしれんぞ」

「そ、そんなんじゃないってば!」

「ふふふ、まだまだウブだな」

「うぅ……」


 またしてもからかわれたランベルト。

 しばし顔を赤くしていたが、ヴォルゼフォリンに連れられるようにして泳ぎだしたのである。


     ***


 それからは水かけ合戦や日光浴を、一行は楽しんでいた。とは言っても、日光浴をしたのはランベルトとヴォルゼフォリンだけだ。ランベルトは日焼けしても構わない性格だったし、ヴォルゼフォリンは「日焼けなどするものか」と言ってお構いなしに太陽に自らの体をさらしていた。


 一方、マリアンネとフレイアはそうはしなかった。疲れた体をほぐそうと、マッサージをしようとしていたのである。


「会長、助けましょうか?」

「ありがとうございます。ただ、これはランベルトさんにお願いしたいですわね」

「ランベルトに……ハッ、まさか」


 フレイアの意地悪な笑みを見て、隠された意図に気づくマリアンネ。


「うふふ、気づかれたようですね。そういうことです」

「会長、なかなかいい趣味をお持ちで」

「貴女もランベルト様にマッサージしてもらうのはいかがです? 順番は先にお譲りしましょう」

「あら、ありがとうございます。では」


 かくして、ランベルトのあずかり知らぬ間に、生徒会コンビによる悪い協定が結ばれていた。

 そんな二人から少し離れた木の陰で、ランベルトは仰向けになって横たわる。


「海って、やっぱりいいなぁ……」

「ふふ、いいだろう。開放的な気分になる」

「そうだね」


 ヴォルゼフォリンも、ランベルトのすぐ隣に座った。


「たまに来たくなったら、私が連れて行こう。場所は覚えたからな」

「うん、お願い。やっぱり、今までとは違う自然豊かな場所は落ち着くよ。それに……」

「それに?」

「ここのことを指すわけじゃないけど、黒い海とは『海』つながりだからね。だから、来てすぐに好きになったのかも」

「ふふっ、違いないな。おっと、マリアンネ」


 と、ヴォルゼフォリンが近づいてくるマリアンネに気づく。


木陰こかげから近づいてくるとはな。どうした?」

「えっとね、ランベルト。ちょっと、頼みたいことがあるんだけど」

「なに?」


 マリアンネが、ニコニコと笑顔を浮かべて近づく。


「私たちの体、ほぐしてもらえるとありがたいな」

「フレイアさんとしあえば……もがっ!?」


 疑問を言いかけたランベルト。その口を、ヴォルゼフォリンが手で覆って妨害した。


「もががっ、もががががっ!」

「無粋だぞ、ランベルト。マリアンネ、今から行かせる」

「ありがとうございます」


 にっこりと笑みを浮かべるマリアンネ。ヴォルゼフォリンもまた、意地悪な笑みを浮かべていた。


「お前に任されたことだ、行ってこい。私はここで、待っているから」

「うう……行ってきます」


 渋々といった様子で、ランベルトはマリアンネとフレイアの元へと向かう。


「お待ちしておりましたわ、ランベルト様」

「疲れた体、いっぱいほぐしてもらわないとね。ランベルト」


 笑顔を浮かべているマリアンネとフレイアとは対照的に、ランベルトはちょっと引き気味だ。


「えっと……マッサージって、どうやればいいの?」

「私が教えましょう」

「あ、ありがとうございます。……これって、やっぱりフレイアさんがやるのがいいんじゃ」

「ランベルトにやってほしいなー」


 逃げようとするランベルトよりも先に、マリアンネが甘い声を出してお願いする。

 ランベルトの性格として、そんなことをされては逃げるに逃げられなかった。


「わ、わかったよ。マリアンネに頼まれたら、やるしかないよね」

「頼むわね。ちょっと痛くしても平気だから」

「う、うん。それじゃフレイアさん、やり方を」

「かしこまりました。マリアンネ、まずは横になっていただいてですね」

「はい!」


 マリアンネがうつぶせになる。それを見たランベルトは、無意識に唾をゴクリと飲み込んだ。


「あら、ランベルト様?」

「いえ、何でもないです。それで、僕はどうすれば?」


 戸惑うランベルトを、マリアンネが誘う。


「そうね……まずは肩を、お願いしたいかな」

「肩、かぁ」

「最初は肩もみをするように、両手を当てて?」

「こう……?」


 ランベルトがマリアンネの肩に手を当てる。


「んっ……」


 と、マリアンネが悩ましい声を上げた。ランベルトは慌てて、手を離す。


「わっ、ご、ごめん」

「ううん、いいの。ちょっとびっくりしただけだから……続けて?」


 マリアンネの甘えるような声に、ランベルトは再び肩に手を当てる。


「そ、それじゃいくよ……」


 そして、ゆっくりと肩を揉みだした。


「んんっ、そう、そんな感じ」

「こう……?」

「そう、そこがいいのっ」


 とろけたような声を上げるマリアンネだが、逆に肩のマッサージが上々な証拠である。

 しばし肩を揉まれるがままだったマリアンネは、今度は別の場所を注文する。


「そこから、肩甲骨にかけてなぞるように……」

「こう、かな」

「うっ……! そう、その調子……」


 マリアンネの声にいちいち戸惑いながらも、ランベルトはどうにかマッサージを続ける。


「いい、かも……。肩が、軽くなった気分……」

「そう? なら、良かった」

「うふふ、次は腰と両脚をお願いしたいわね。まだできるかしら、ランベルト?」

「うん。マリアンネとフレイアさんになら、日頃の恩返しもかねてしてあげたいかな。まだ恥ずかしいけどね」

「ランベルト様であれば、いくらでもしてくださって構いませんわ。さ、まずはマリアンネをもっと気持ちよくしてあげてくださいませ」

「はい!」


 ランベルトは意を決して、さらなるマッサージを決行する。




 ときおり響くマリアンネやフレイアの悩ましい声を聞きながら、ランベルトは最後まで疲れた体をほぐすマッサージをやり遂げたのであった。

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