第29話 夏季休暇

「明日から夏休み!」

「だねー」


 通りがかった女子生徒がやり取りしていた内容に、ランベルトは聞き耳を立てていた。


「そっか、夏休みかぁ……。あんまり実感湧かないな」


 基本的にクラスの授業や試験は一切受けず、毎日フレイアかマリアンネと鍛錬しているランベルトにとっては、学校の行事予定をあまり把握する機会が無いものである。ランベルト当人も行事予定を積極的に聞く意思は乏しく、流れをつかみにくい状態にあった。


「夏休みとなると……フレイアとマリアンネがどこまで鍛錬に付き合ってくれるか、だ」

「あっ、そういえばそうだね」

「一人で……いや、お前と私で鍛錬する、というのも出来るだろう。私を乗りこなすだけではなく、お前が今身につけている技量をさらに磨くこともな」

「そうだね。言われてみれば、僕はずっとヴォルゼフォリンに乗りっぱなしだったかも。基礎的な体力と武術は身についてるけど、鍛えようとは夢にも思わなかったからね」


 ランベルトにとっての鍛錬と言えば、基本的にヴォルゼフォリンを乗りこなす練習だ。生身での戦い方を鍛えるというのは、想像の外にあったものである。


「とはいえ……ずっと休みが無い、というのも息苦しかろう」

「そうかな? 今はそれでもいいと思ってるけど」

「確かに、今はな。しかし、負荷と言うのはかけ続ければいいものでもないぞ。休むときは、きっちり休む。ここ数か月毎日鍛えていたんだ、そろそろ潮時じゃないか?」

「うーん……」


 ヴォルゼフォリンからの言葉を、今ひとつ飲み込めないランベルト。

 彼にとっての娯楽はヴォルゼフォリンと接することであり、いわば“毎日が娯楽である”と言える状態にあった。


「根を詰めているとは思わんが、たまには別のことをしてみるのもいいんじゃないか?」

「んー、ヴォルゼフォリンが一緒にいてくれるとそれで楽しいんだけどな」

「意外と頑固だな……。そこも好きなのだがな」


 ヴォルゼフォリンが難儀していると、マリアンネが後ろから近づいてくる。


「ランベルト、ヴォルゼフォリン!」

「んっ、マリアンネ」

「ごきげんよう……あら? ヴォルゼフォリン、貴女ちょっと悩んでるの?」

「ああ、聞いてくれ。確か夏休みが明日からあるのだが、この機会にランベルトに別のことをさせてみたいと思ってな。毎日楽しそうに鍛錬しているのはわかるのだが、それだけでは何というか……もったいない、気がするのだ」

「確かに、そうね。……もう少し、ランベルトと近づきたい気もするし」

「何か言ったか?」

「いえ、独り言よ」


 自身の欲望がこぼれ出たマリアンネだが、はぐらかした。


「ともあれ、私に出来ることであれば協力させていただくわね。それじゃ、私は授業があるから」


 マリアンネは手を振りながら、校舎へと向かったのであった。


     ***


 それから少しして、ランベルトとヴォルゼフォリンはいつものようにスタジアムへと向かう。


「おはようございます。ディナミアに乗りながらで失礼しますが、本日もよろしくお願いしますね。ランベルト様、ヴォルゼフォリン様」

「おはよう、フレイア。なに、手間が省けて結構だ。ランベルト、行くぞ」

「うん。よろしくお願いします、フレイアさん」


 ヴォルゼフォリンが人型機動兵器の姿に戻り、ランベルトは座って操縦体勢に移る。


「今日は自由な戦い方としましょう。よろしいでしょうか?」

「もちろんだ。近距離は元より、遠距離でも対応できるように頼む」

「はい。是非、お願いします」


 ランベルトの言葉と同時に、ヴォルゼフォリンが背面に装備した翼状のパーツから何かが伸びてくる。

 銀に紫で飾られた、銃だ。


「今日はこの銃と光剣を使うとしようか。ビームだが、いつも通り威力は私が抑えるから気にせずに撃て。ランベルト」

「分かった! それじゃ……」


 ヴォルゼフォリンは伸びてきた銃を手にすると、左腰のつかにも手を伸ばす。


「準備完了、かな!」

「では、参りましょう!」


 そして、ヴォルゼフォリンとディナミアの戦いが始まった。


     ***


「お疲れ様でした。初めて使ったとは思えないほどの、正確な狙いでしたね」


 それから戦いが終わり、フレイアがディナミアから降りてくる。


「どうしてあれほどのものを今まで使わなかったのか、不思議です」

「あれは強すぎるからな、本来は加減が出来んのだ。ランベルトの狙い次第だが、撃ってはならん目標を撃つおそれもある。だが格闘武器なら、私が得手えてとすることだ。これなら容易に加減が出来る、そういうことだ」

「なるほど、手加減を」

「そうだ。比喩でも何でもなく、私はこの世界に普及しているアントリーバーなどとは一線を画す性能がある。元々は、アントリーバーなどとは比較にならない敵との戦いを想定していたのだ。時が経ちすぎて、元の目的は失いつつあるがな」


 ヴォルゼフォリンが圧倒的な性能を有するのは、既にディーン・メルヴィス学園では常識となっていた。

 入学試験としての試合やフレイアやマリアンネとの日々の鍛錬で既に広まりつつあったのが、エーミールたち“クラーニヒ隊”を完膚なきまでに叩きのめしたあの一戦で決定的になったのだ。


 一躍有名人となったランベルトとヴォルゼフォリンだが、表立って接触してくる者は少なかった。中には強さに憧れる者もいたが、ヴォルゼフォリンやフレイアたちが追い払った――気持ちとしてはありがたいものの、あまり交流を望んでいなかったため――ので、今は誰しもが遠巻きに眺めるだけである。

 生徒会や教官たちの助力もあって、いるだけで圧倒的な存在感を放つようになった二人は、しかし誰の邪魔も受けずに鍛錬に集中出来ていた。


 閑話休題、ヴォルゼフォリンの力はもっと別の、相応に強大な敵との戦いに備えて生み出されたものである。しかし、もはや全力をぶつけるべき敵は存在しない。


「だから、ここに来たんだ?」

「そういうことだ。黒い海を渡ってな」

「そっかぁ……行ってみたいなぁ、黒い海」

「行けるように、強くなれ。御前試合に優勝して、強くなったと証明してみせろ。ここまで鍛え続けたお前なら、出来る」

「おや、黒い海……ですか?」


 と、フレイアが興味深げに問いかけてきた。


「そうだ。空よりも高い場所にある」

「そのようなところを、ヴォルゼフォリン様は渡ってこられたのですか?」

「ああ。元々私には、それだけの力があるからな。なすべきをなし、しかし元いたところにいる理由も無くなった結果、黒い海を渡ってこの世界に来た。分かるか?」

「はい。なんとなく……ですが」


 ヴォルゼフォリンの言う黒い海は、一般的にはほぼまったく通用しない概念である。

 才女たるフレイアといえど、ほとんど分かっていなかった。


「ふむ……気になるなら、見せてやるか」

「よろしいのですか?」

「ああ。ただし、ランベルトが御前試合に優勝したら、だがな」

「その時は是非」


 フレイアもまた、ランベルトやマリアンネと同様に、黒い海を見ることに興味を示した。


「ところで、ランベルトに別のことをさせたいのだが。いわゆる……気晴らし、というものだな」

「唐突ですわね」

「ああ。マリアンネにも話したのだが、ランベルトは私と鍛錬することばかりでな。それはそれで嬉しいのだが、見ているこちらが心配になるのだ」

「そうですわね。ちょうど明日から夏季休暇ですし。でしたら……」


 フレイアは少し思考してから、ある提案を繰り出した。




「海水浴に、行きませんか?」

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