第47話 復讐者二人。決闘の予感!

 ラタトスク社の社員食堂に設けられた窓際の特別スペースにて、匕口あいくちらん火威ひおどし飛陽はるとが食事をしていた。最近の匕口は殺しや戦闘の仕事で出張をするとき以外はこうして火威にまるで秘書のようにつきっきりだった。どうやら火威は匕口を聞き役として気に入ったらしく、こうして四六時中いっしょにいるようになったのだ。匕口としては依頼主との円滑なコミュニケーションは望むところなのだが、火威は大抵の場合、磐座枢への思いの深さばかりを語るので、内心は半分ほどうんざりしていたのだった。


「鉄丸博士は結局死体が上がりませんでしたね。しかし気になるんですが、なんで技術者の彼に神実殿のご実家を焼かせるように命じたのですか?」


「鉄丸は神実樹の事実上の指導教官だった男だ。あいつは物理や数学の純理論分野では一年次から論文を量産していたが、やはりそれでも限界はある。メンターは常に誰にとっても必要だ。鉄丸は神実樹と一年の頃から親交があった。鉄丸が神実の師匠だったんなら、そいつと戦うことは勝っても負けても、辛い辛い記憶になるだろう?傷になる。違うかな?」


 火威は笑みを浮かべている。この男は自分の悪行を誰かに褒めてもらいたがるような悪癖があった。この男が真正の社会不適合者なのは、自分の行いを善悪ではなく、純粋に他人へどれほどの影響力を与えられたかで推し量れることだろう。匕口にとってはそれは少々苦手な要素だった。匕口自身も戦闘狂という社会不適合者だが、まだこの男に比べればマシだと理解している。他人への影響力のみを追究し続けるこの男は、すわなち支配という概念を人間にしてしまったかのような不快感さを他者へと与えるのだ。だが普通の人間はそれに気づかずに、この男の持つ支配力に飲み込まれて、支配されることに喜びを感じてしまう。社員たちやSNSのフォロワー、就活学生、そう言った者たちはこの男のうっすぺらい言葉に支配されることに快感を覚えてしまうのだ。


「なるほど。あなたの行動には本当に無駄がない。ですが鉄丸博士の喪失は痛いのではないです?」


「ああ、ラタトレの開発ペースは鉄丸の喪失によって、しばらく停滞を余儀なくされるだろう。ビジネス上のアプリケーションはそこら辺のエンジニアでも出来るが、枢の為の基幹部分の開発は鉄丸クラスの研究者にしかできない。枢と再び顔を合わせる日が遠のいてしまった。だがね。それ以上に今は神実の処理の方がずっと大事だ。技術者は代えが利くが、神実を殺すことは代えが利かないのだからな!ところで最近あの男はインタビューであの米軍のデザイナーズ・ベイビーへ盛大に惚気たそうじゃないか!やっと愛を育み始めたようだな」


「ええ、そのようですね。マリリンちゃんを遠目から見てきましたが、とても幸せそうでした。僕もとても嬉しいですよ。うんうん」


 匕口は定期的にマリリンたち夫婦の様子を監視するという任務に就いていた。もちろん半分は趣味であった。殺す対象の生活風景をよく知って、相手への感情をより移入させてから殺すのが匕口のやり方だった。


「そうか。それは大変結構だな!愛が増えれば増えるほど、壊したときの快楽が増えるのだからな!早くあの金髪女を神実樹の前で犯して壊してやりたいね!はは!」


「うわぁ…ドン引きだよ…。はぁ。まあいいや。それよりも聞きたいんですけど、神実殿のビジネスが成功しつつありますけど、どうするんです?邪魔しないんですか?」


「ああ、するよ。もちろんビジネスに障害はつきものだ!当然邪魔をする!そして叩き潰す!鉄丸が最後に遺していった発明がある。それを使ってうちの社員たちに新商品を作らせた。新商品の名は『ラタオペ』と名付けた」


「へぇ。では以前言っていたように」


「ああ、正面から叩き潰してやる!俺はビジネスでは卑怯な真似はしない。正面から叩き潰してやるのさ!ふははは!あーははっはははは!」


 火威は窓の外の東京のビル街を眺めながら高笑いし続ける。彼はどうやら勝利を確信しているようだった。


「いや、あなたは特許とか盗んでるじゃん…。まあいいや。どうせ磐座教授の為だから仕方がないとかほざくんだろうし…さて、神実殿、あなたのお手並みを拝見させてくださいよ。そして華麗なる勝利を僕に魅せてくれ…」


 匕口はニヤリと笑いながら、サンドイッチを一つ頬張ったのだ。







 俺はディオニュソス社のオフィスでとある資料を睨みながら唸っていた。


「率直に聞くよ巻機准教授。ラタトスク社が市場に投入してきたこの『ラタオペ』。俺たちの『テュルソス』に比べた時、どっちを使いたい?」

 

 会議のテーブルについているのは、マリリンと巻機だ。


「…率直に言うと『ラタオペ』だ」


「そうかぁ…だろうね…。ふぅ…どうしたもんかなぁ…」


 そろそろ各地の大学病院に『テュルソス』を売りつけて行こうっていうこのタイミングで、ラタトスク社が新商品を発表してきた。


「あの男はどう考えてもビジネスよりもあなたへの嫌がらせを優先しているとしか思えないわね…マジで馬鹿!磐座教授があの男を選ばなかった理由がよくわかるわよ!しつこい男は無理!本当に気持ち悪い!!」


 マリリンはプリントアウトした『ラタオペ』の商品PR冊子をぐしゃぐしゃに握りつぶした。俺もそうしたいのはやまやまだった。『ラタオペ』。それはラタトスク社が『テュルソス』を真似て作った手術練習用異能デバイスシステム。ようは火威にビジネスをまるまるパクられたわけです。


「だけどこの商品はすごいな。使われてる技術は多分鉄丸の遺していった技術だろうね。はぁ…おしい才能だなぁ…まったく…」


 鉄丸はマッドサイエンティストだが、俺の両親をわざわざ殺しに行くような馬鹿ではない。おそらく火威は俺と鉄丸のある種の師弟関係を把握していたからこそ、俺の両親を殺しに行くように鉄丸に命じたのだろう。そうすれば俺が苦しむと知っていて。マジでサイコ野郎だ。


「医師として言わせてもらうと、この『ラタオペ』は完璧なんだよ。なにせ幻術系異能スキルを使用して、本物とまったく遜色のない感触を再現しているんだからな。…やられたよ。大企業はやはりこういうことが出来るから強い。まさか厚生大臣の幻術系スキル使用の特別許可をもぎ取って来るなんてな!」


 はっきり言ってやられたと思った。なにせ『ラタオペ』には五感に直接作用する幻術系スキルを使って手術の練習を出来る機能が備わっているのだから。もともと幻術系スキルの使用には極めて法的制限が掛かっている。とは言え、それは厳密にすべてが禁止されているのではなく、いくつかの抜け穴が当然存在している。担当大臣の個別審査と許可があれば商品に幻術スキルを使用しても法的には問題ないのだ。そしてさらに幻術スキルの安全で超高度な使用法アルゴリズムを鉄丸は編み出したのだ。それを鉄丸とラタトスク社は特許申請している。だから安全に幻術を用いて手術の練習が出来る異能デバイスが完成してしまったのだ。これを相手に戦うのはちょっときつい。まともに考えるならばだが!


「まあ巻機。安心してくれ。ラタオペ君の性能は確かにまともに戦えば脅威そのものだ。どうしても手術の感触再現という点では、俺たちの『テュルソス』は一段落ちてしまう。だけどテュルソスにはラタオペが絶対に勝てない利点がある」


「それはいったいなんだ?どう考えてもラタオペは何もかもがテュルソスよりも優れているように見えるが?」


 巻機は不安そうな目を俺に向けている。負けるのが怖いんだろう。つまりそれくらい俺の会社のシステムにこの男は入れ込んでくれている。そういう期待に答えられないほど、俺の会社は柔ではないのだ。


「我が社の商品は、ユーザービリティの点で、必ずやラタトスク社に勝利してみせますよ!くくく!火威め。あいつ正面から同じ商品で戦おうとしたから墓穴掘りやがった!あいつはまじで文系の王様だな!くくく、あーはははは!なあマリリン!そう思うだろう!」


「ええそうね!テック系気取って来るくせに、相変わらず科学に疎いまま!だから幻術スキルを使っちゃった!あの男は幻術スキルの落とし穴をちっともわかってないわ!これはむしろチャンスよ!あいつは勝てる気であたしたちに殴り掛かってきた!巻機先生!!頼みたいことがあります!!」


 俺とマリリンはテーブルから立ち上がり、ハイタッチして笑う。巻機はそれを怪訝そうに首を傾げていた。


「おれは何をすればいいんだ?というかお前らはなんでそんなにハイテンション?」


「巻機先生!何処かの大学病院でうちのシステムと向こうのシステムとでコンペを開けるように手配してください!!あいつらのシステムの落とし穴をコンペという公然の場で晒してやりますよ!!あたしたちのテュルソスこそが次世代システムのスタンダードアプローチなんだと世界に証明してやります!!」


 マリリンは握りこぶしを作ってガッツポーズを取った。超やる気モードだ。これは勝ったな。


「いい加減俺たちも殴られっぱなしじゃないって証明してやるよハルトくぅううううん!てめぇんとこの商品よりも俺の可愛いテュルソスちゃんの方がはるかにかっけぇって証明してやるよ!」


 そうだ。これはチャンスだ。やっとここまで来た。奴ら相手に俺たちがやっと反撃に出るためのチャンス。あいつが穴熊を決め込んでいたら、俺たちは絶対に殴ることさえできなかった。だけど奴は砦から浮かれてのこのこと出てきてくれたのだ。そして同時にこのビジネス戦争は、裏の殺し合いにとっても大きなアドバンテージになる。さあ、火威…。おれといっちょ殴り合おうじゃないか…。


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