第63話 ジェニサイド⑤


 ゆらゆらと何かに揺られるのを感じる……


 首に残る痛みに顔をしかめながらジェニは目を覚まし、


「……ここは?」


 サイモンの背に負ぶられながら呟いた。


「ここは大社の中、女子供の生活する場所じゃ」


 誰にともなく発した言葉に、白老はくろうは丁寧に答えた。


 落ち着いた雰囲気の縁側からは、中庭で元気に遊びまわる子猿たちと、温かい目でそれを見守る雌猿たちが見える。


「なんで生かしたんや?ジェニはお前らを殺そうとしたんやで?」


 キメラモンキーのトップを殺害しようとしたのに、何故ジェニは生かされているのか。


 普通殺されても文句は言えない事をしたはずだ。


「ジェニよ、子供に手を噛まれたからと言って殺す親がどこにおる?わしは躾をするだけじゃ。過ちを繰り返さんようにの」


 警戒心を剝き出しにするジェニに、白老はくろうは穏やかに答える。


「ジェニはまた噛みつくで……今度は手やなく、その喉元に……」


「ふぁっふぁっふぁ。この世に芽吹いてたかだか十余年の小娘には、まだまだ後れを取りはせんわい」


 愉快愉快と小刻みに揺れる。


「サイモンには感謝することじゃ。床に倒れたお主を、そのまま寝かせておいてはかわいそうだとここまで負ぶって来たのじゃからの」


 その言葉にサイモンを見ると、


「べ、別に感謝されたくてやったことじゃねーよ!俺はただジェニちゃんのおっぱいの感触を背中で味わいたかっただけだから!か、勘違いすんなよな!この乱暴美少女!」


 ぽろぽろと頬をかきながら、照れ隠しのようにそう言った。


「……変態サイモン」


 ボソッと呟いたジェニだったが、サイモンの背中からは確かな温もりを感じていた。


 あはは、こっちこっち、まって~、そんな子猿たちの声が中庭に響く。着物を翻して風と共に駆け回る。


 屋根の下、影の中から見る中庭は不思議と明るく目に映る。


「笑顔を咲かす子供たちに、慈愛の眼差しを送る母親たち。どうじゃ??」


「力つける前に殺さんと……」


 こいつらも、放っておけばいずれ人間にとって脅威になる。なら早い内に始末しとかな。


「この子らはまだ人を食ってはおらんぞ?それでも殺すと?」


魔物クリーチャー魔物クリーチャーや!いずれ人を襲うなら、その前に殺すんは当然やろ!」


 白老はくろうは「物騒じゃのう」と、また肩を揺らした。


「この世は無常。殺し殺され、食い食われ、侵し侵され、奪い奪われる。それは事実じゃ。じゃが、助け助けられ、救い救われ、教え教わり、生かし生かされるのもまた事実」


「何言いたいんや!?」


……少なくとも


「……」


 好々爺然とした笑みを浮かべて陽だまりの子猿を見守る白老はくろうに、ジェニは何も言えなかった。






 白老はくろうと案内役のキメラモンキー二匹に連れられて砂の道を暫く歩き、人間たちの住む柵の中に入った。


 敷地内には二つの大きな木造建築の家があった。家と言うよりかは学校のような大きさだ。


 数百人は居るだろうか?草花生い茂る広大な庭には、沢山の子供たちが皆思い思いに遊びまわっていた。


 自然の一部として溶け込むほどに絶えず聞こえる笑い声。元気いっぱいに叫んだり、飛び回ったり、走り回ったり……


 そんな姿を見ているとジェニも無邪気に遊びまわっていた頃を思い出す。


。どうじゃ??」


 白老はくろうはわざとさっきと同じセリフを同じ言い方で口にした。


「……ここがクリーチャーズマンションの中で、キメラモンキーの巣窟じゃ無かったらな」


「ふぁっふぁっふぁ。ジェニも中々頑固な奴じゃわい。そんなに意地を張っておると上手く馴染めぬぞ?ほれ、子供たちよ!新しい友達じゃ!!」


 白老はくろうの呼びかけに、ジェニたちの周りを一斉に子供たちが囲む。


白老はくろう様だ!」


「サイモンお帰り!」


白老はくろう様ー!!」


「かわいいお姉ちゃんもいる!」


「サイモンどこ行ってたの?」


白老はくろう様かっこいい!」


「よーお前ら!帰ったぜ!」


 勢いよく群がると、皆思い思いに言葉を投げかけてくる。サイモンは片手をあげて子供たちに挨拶している。


「ふぁっふぁっふぁ。皆元気で何よりじゃ。この娘はジェニと言っての、まだ混乱しておる様じゃが仲良くしてやっておくれ」


「「「はーい!!」」」


「どこから来たの?」


「かわいいね!」


「髪の毛真っ白できれいだねぇ!」


「芋虫あげる!」


「お目目真っ赤っか!」


「ばーか!赤紫って言うんだよ!」


「ねぇ見て!マリーにお花の冠作ってもらったの!」


 子供たちは勢いよく返事すると、早速ジェニを質問攻めにした。


「待って待って!そんないっぺんに喋られてもわからんから!」


「サイモンよ、仲良くなれるようにしておやり。案内は任せたぞ」


「はい!白老はくろう様!この俺に任せて下さい!」


 白老はくろうはサイモンにそう言うと、他のキメラモンキーも連れだって子供たちの輪から出ていった。


「お前ら整列!ジェニちゃんに自己紹介するぜ!男の子から、オリバー、ジョージ、ハリー、ノア、ジャック、チャーリー、レオ、ジェイコブ、フレディ、アルフィ―――」


 それぞれの頭に手を置きながら順に紹介していく。皆口々によろしくと言ってジェニと握手していく。


「女の子は、オリビア、アメリア、アイラ、アヴァ、マリー、エミリー、ソフィア、グレース、ミア、ポピー、エラ、リリー 、エヴィー、イザベラ、ソフィー、アイヴィー、フレイヤ、ハーパー、ウィロウ、シャーロット、ジェシカ―――」


 慣れてくると、抱き着いてくる子などもいた。


「ここにいるのはこの634人だぜ!まだ赤ちゃんとか、大人しい奴らとかが家の中に1000人くらいいるぜ!」


 テンポよくやったとはいえ、全ての子供たちと自己紹介を終える頃には、ジェニの顔には疲れが出始めていた。


「ジェニ大丈夫ぅ?」


「大丈夫やでエミリー。ありがとう、優しいね」


 心配そうに下から覗き込んできたのは、握手の時に芋虫を手渡してきた短めでふわっとした茶髪の少女エミリー。


 5~6歳くらいだろうか?ジェニはそっとその頭を撫でる。すると「えへへ~」と笑って乳歯の抜けた歯を見せた。


「ジェニこれあげる!」


「ソフィア、でもこれはマリーに作って貰ったんやろ?ええの?」


 クルッと回ってお花の冠を自慢していた、ふわふわっとした雰囲気の赤髪の女の子ソフィアは、その頭に乗せたタンポポの花の黄色い冠をジェニの頭に乗せた。


「私の髪より、ジェニの白い綺麗な髪の方が似合うわよ!」


「……ありがとう!」


 屈託のない笑みを浮かべて、自慢の髪を褒めてくれる。


 うれしいなぁ。


 ジェニはぎゅっと10歳くらいの少女、ソフィアに抱き着いた。


 誰かに尻尾をつんつんされている。振り向くと、7歳くらいの坊主の男の子が興味津々と言った感じでつついていた。


「なんなんヘンリー?」


「ジェニは尻尾も真っ白でふさふさだねー!」


 無邪気につついてくるヘンリーにかまっていると、サイモンが声をかけてきた。


「偶然か?よく名前覚えてたな!」


「偶然も何も全員覚えたで?」


「は!?嘘だろ!?600人以上いるんだぜ!?」


「ほんまやって、あれがルカやろ、フランキー、ロニー、ジェンソン、ヒューゴ、ジェイク、デイヴィッド、セオドア、ローマン、ボビー、アレックス、カレブ、ミランダ、サリィ……」


「すげぇ……」


 目に付いた子から順番に名前を言っていくと、途中からサイモンは口をぽっかり開けて驚いていた。


 自分の名前を憶えられていたことが嬉しかったのか、子供たちは更に群がり、ジェニの髪や瞳を褒めたり、歯がぐらぐらしてきたとか、今日は何して遊んでたとか、川で泳ぐのが気持ちいいだとか、色々お喋りしてくれた。


「あはは!」


 白老はくろうや他のキメラモンキーたちに対して、あれだけ警戒心と怒りを顕わにして気を張っていたのに。


 髪を褒められたことが嬉しくて、ジェニはついここが敵地だという事を忘れて、すっかり警戒を解いていた。






【余談】

ジェニの頭は極端で、興味のあることは全て覚え、興味のないことはいい加減に覚えている。

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