第2話 王女様に俺を何様だと思ってるのか聞いてみた

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『おまえ捨て子なんだろ?ぜーんぜん親に似てないもんなー!』


『やめてよ!シャルルはすてごなんかじゃないわ!』




『シャルル!ほら、あなたにためにつくったのよ!おはなのかんむり!』




『冒険者なんて危ないよ!お願いだからやめて!皆には私が言うから!』




『勇者になったからってなによ!シャルルが行くことないでしょ!誰かが世界を救うわよ!馬鹿!馬鹿シャル!なんで…!なんで行っちゃうの…!一緒にいてよ…!もう知らない!シャルルなんか…だいっきらい!!勝手に世界を救ってくればいいわ!』








『シャルル!だいすき!』








汗だくになって目を覚ませば、目の前に広がったのは王城に設置された特別宿泊室の天井だった。


また、あの夢を見たのか。




小さい頃から、容姿のことでいじめられてたけど、あいつだけは違った。


不貞腐れる俺にひどいこと言われてもずっと隣にいてくれた。


あいつに反対されながら冒険者になって。それでも村に帰ればあいつは俺の話を聞いてくれて。


いつの間にか隣にいるのが当たり前になってて、俺はそれに甘えていた。




勇者の力。それは形無き力の奔流。無限を思わせる光の嵐。


魔獣に襲われていた幼馴染を無我夢中で助けようとした時、俺はその力に目覚めた。


誰が見ても普通ではない圧倒的な力の渦によって消滅した魔獣と、伝説の勇者に瓜二つな俺。


「伝説の勇者の再来だ!」と最初に叫んだのは、村の誰だったんだろう。




同時にもたらされた魔王復活の報。村人は戸惑いつつも調子よく叫んだ。


「だがこの世界には勇者様がいる!」「魔王よかかってこい!」


叫ぶ村人の中には、俺の赤髪を笑ってたやつらも混じっていた。




あの時、あいつは泣いてたな。


『なんで…!なんでシャルルなの!!なんでよぉ!!』って、わんわん泣いてた。


俺だって好きで勇者になったわけじゃないのに。


でも、きっと勇者の力がないと魔王を倒せない。理屈じゃなく、そんな予感をさせる圧倒的な光の力。勇者にしかわからない全能感と圧倒的な孤独感。これが無くちゃ戦えない相手に対する恐怖。全部がないまぜになって逃げ出したくなった。


それでも俺の腕の中であいつが泣いていたから、俺は戦おうと決めたんだ。


魔王が存在する限り、いずれあいつも殺される。俺だって殺されるかもしれない。


それでも俺は。




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「で、呼び出したからにはそれなりに重要なことなんでしょうね?ふざけた要件だったら不敬罪で断頭台に送りますわよ?」




このどうにも悪役令嬢のような態度のガキは、ジュリエット・フォン・エル・デュヴァリエ第二王女。長いから非公式の場ではジュリアと呼ばされてる。なんと花も恥じらう12歳…と自称しているが、恥じらうとしたらこいつの口の悪さか、もはや笑うしかないその強さに対してだろう。まだ体の出来上がってない小娘が、騎士団が使うショートソードを振り回せるだけで十分に異常な筋肉系女子だ。


一方であまりにも子供離れした戦術眼と完成された人格により、軍事評議会への特別参加権限を王より賜っている。要するに超マセてて生意気で殴り合いが得意な筋肉系女子なのだ、こいつは。




そんな彼女は、俺のお誘いが余程気に入らなかったらしい。仕方ないから、ここは勇者らしくかっこよくあやしてやろう。




「じじい共の話はまとまったか?」


「軍事評議会はBランク以上の冒険者を全員と騎士の半数、そして聖女と聖女候補大半を魔王討伐メンバーに派遣する方向で議論していますわ。私は反対してるのですけどもね?」


まだそのレベルで討議してるのかあのじじい共は。遠足じゃねぇんだぞ。




「もうそろそろ一週間だろ。何が問題なんだ?」


ジュリアは心底うんざりした表情をしつつも、丁寧に説明し始めた。俺にではなく、評議会の緩慢とした議論の方の嫌気が勝っているようだ。




「騎士団中心の大隊規模で攻めるか、平民も徴兵しての聯隊規模で進むかを延々と繰り返し討議してますわ。」


「それ先週も話してたよな?」


「ええ。しかも肝心な治安維持の観点が抜け落ちてますの。」


なるほど。つまりじじい連中は平和の終わりを認めたくなくて、浮足立ってまともに議論できてないってことか。これじゃ国が滅ぶまで結論は出ないな。




「この国の騎士達の練度が高いのは、あの人数で城下町周辺を警備するには手が足りませんわ。」


とても王女様の発言とは思えないが、突っ込むのはやめておこう。




「騎士を外に回しすぎれば城下町の治安が悪化するし、当然騎士にも被害も出る。せめてBランクはここに残していきたいですのに…」




確かにCランクだけでは凶暴化している最近の魔獣は狩れない。


それに隣国が国の弱体化を機に攻めて来ないという保証もない。いつだって人間は弱みにつけこむものなのだから。




「どのあたりが妥当だと考えている?」


「その前に、貴方の意見も聞きたいですわね勇者様?あなたの能力に不明な部分が多いのも、議論が進まない原因でしてよ?」




それはごもっとも。ならお嬢ちゃんに俺の希望を聞いてもらうとするか。




「まず全体の人数は最大で50人だな。」


「小隊規模で足りますの?」


「俺が山賊団討伐で指揮した最大人数が50人だ。正直それでも手に余ってた。冒険者を使うなら最低でもAランク以上だ。単身で魔獣を狩れない前衛ならAでもいらない。」




「ヒーラーや後衛についてはどうかしら?」


「最低限で良い。あまり多過ぎても守りきれない。どうしても数が不安なら後方に病院を建てろ。特に15歳未満の見習い聖女は留守番させて教会の通常業務を維持させとけ。その方が民衆も安心するだろ。」




「…………他にはあるかしら?」


「いやそろそろアンタも何か話せよ。」


さっきから俺ばっかり喋ってるじゃねぇか。


「良いから最後まで話してみなさいな。」


おいおい、お前こそちゃんと考えてるんだろうな…?




「…俺に身分を問わない即時裁判権と刑罰の執行権を寄越せ。自国民に対する略奪や強姦を確認し次第可能な限り処刑執行できるようにしたい。でないと長旅の中では統率が取れない。ついでに現地の娼婦を各拠点に置いてくれ。次の目的地に娼館があるってだけでも野郎どもの張り合いが違うからな。」


随伴させれば性病や懐妊で士気が落ちかねない。


「…娼婦の件はわかったわ。手配する。」


頬を染めながらもそこを冷静に判断したか。やるな、第二王女。




「でも裁判権の方は平民だと難しいかもしれないわ。騎士の代表者に持たせるのでは駄目かしら?」


「駄目だ。騎士も死ぬし、騎士は騎士を公平に裁けないだろ。一番生存率が高い勇者に持たせるのが間違いない。さもなくば部隊を私刑による恐怖政治で縛るほかなくなるぞ。」


「………わかりましたわ。なんとか説得してみましょう。」


話が早くて助かる。俺もそこまでしたくはない。




「もしこの意向を無視したら、俺は今すぐ一人で行くと勇者が言っていたと、王に伝えておけ。何か言われたら俺を盾にしろ。どうせやつらは俺を裁けないからな。」


「…………。」


…何阿呆面晒してやがる。やはりまだ子供には難しすぎる内容だったか?




「……意外ですわ。あなた、結構考えてましたのね。完っっっ全にゴブリン脳みそだと思ってましたわ。失礼しました。」


口を開いたかと思えば憎まれ口か!何様だこいつは!そういや王女様だったわ!!




「謝るならその罵倒に対してだからな?褒めながら貶してたらプラマイゼロだからな?」


「そっちは私に対する不敬罪と相殺にして差し上げますわ。」


「ああそうかよ。」


くそったれ。




「しかし本当に意外でしたわ。前世は軍務大臣でもやってましたの?まぁとにかく、概ねあなたの言うことは現状で一番現実的ですわね。」




全く食えないガキだ。こいつこそ何者だ。


ジュリアの言ったことは当たらずとも遠からずだ。俺はつい先日、前世の記憶を取り戻していた。もっとも記憶が蘇ったからと言って価値観や人格まで変わるものでもないし、そもそも日本とかいう国のゲームオタクなおっさんの知識を持ったところで、あまり参考にもならない。


ここはゲームではないのだから。




「貴方からの提案だと、御父上に進言して差し上げます。ジュリエット・フォン・エル・デュヴァリエの名に誓って、貴方の意向を必ず反映させると約束しますわ。細かい所は私が調整してあげるから、感謝なさい。」


「待て。」


「何?今度こそ断頭台に登りたいのかしら?」


…こいつ俺を何だと思ってるんだ。お前いつか教科書に載りそうだな?悪い意味で。いや、相手にするな。こいつと対等に話せるやつが現れたとしたら、恐らく魔王くらいだろう。




「確か最近、史上最速でAランクになった天才剣士とかいうのがいたな。名前は忘れたが。」


「ああ、剣豪のエドかしら。彼がどうかしまして?」


「冒険者の選定をするならやつの素性から調べてくれ。生まれ故郷から、Aランクになるまでを追ってくれればいい。」


「…どうして彼からなのかしら?」


「選定作業を定めやすくなるだろ。割と出自がハッキリしてて、記録もここ数年の範囲で済むから集めやすい。二人目以降はそれを参考にすれば選定が楽になる。」


「本当にそれだけですの?」


「ぶっちゃけ俺より腕が立つのか気になるだけ。」




そう呆れたような顔をするなよ。


勇者の力とやらに目覚める前は冒険者だったんだ。やっぱそういうの気になるんだよ。




「分かりましたわ。じゃあ明日にでも、彼の村に行ってみます。」


「アンタがか!?」


思わず叫ぶと、流石に不快そうに顔を歪められてしまった。




「いや、すまない。だけど別にアンタじゃなくても…あの辺魔獣多いし、結構危ないぞ?」


「護衛もつけますし、魔獣程度なら問題ありませんわ。それに領地視察については御父上と御母上から許可を頂いてますから、いい機会です。」




このご時世にそんなことを許可する親の顔が見てみたいわ。いや見たことあるわ。謁見の間で。まぁこいつはこいつで強いし、冒険者と言張ればそう見えなくもないだろう。なるほど、自分の身を守れる点では、ある意味こいつは適任か。…適任だよな?








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「剣豪さんの調査結果ですわ。まぁ、思ったほど面白い人では無さそうですわね。流されやすいタイプですわ。扱いやすいとは思いますけども。」


数日後、ジュリアは報告書を何故か護衛ごしに渡してきた。直接受け取ろうとしたのだが、「駄目!今の私に近付いたら処刑するわよ!?」と制されてしまった。


…なんで護衛までこいつを哀れんだ目をしてやがる?




「…どうした?うんこでも踏んだのか?」


「う…!?そ、そ、そ、そんなわけないでしょ!!」


いや、冗談だぞ?…まさか本当に踏んだのか?おい、なんで髪を嗅いで…これはあまり触れてやらないほうが良さそうだな。花も恥じらう12歳らしいし。




「そうか、悪かった。…なるほど特に言うこともない平凡な男だった訳だな。金目的で冒険者になって、たまたま剣の才能だけは平凡じゃなかった訳だ。…ソルジャーボアまでなら一撃で倒せるのか。そこそこやるな。年齢は?」


「16歳。」


「ほぉ、若いな。」




俺は心からの賛辞を送ったつもりだったか、何故かジュリアは鼻白んでいた。


「年上に対しての褒め言葉にしては結構面白くてよ。」


ちなみに俺は15歳だ。年下を連れていけるかよ。


「よし、とにかく合格だ。こいつを基準にしてメンバーを厳選してくれ。」


勇者らしくキリッとした表情で話を切り上げたつもりだったが、何故かいつも不遜なお姫様が申し訳なさそうに俯いていた。




「…なんだ?元気ないな。」


「一つだけあなたに謝らなければならないことがありますわ。」


このガキが謝るなど、余程のことだ。王族は軽々しく頭を下げてはいけない。その常識をこいつがあえて破ろうとは。




「珍しいな。どうした?」


「ヒーラーの数がどうしても確保できませんの。長期行軍での交代制を考えると、どうしても10人はほしいのてすが、そうすると13.4歳の子が2人ほど入ってしまいまして…。」




…確か、治癒の力は20歳がピークだったな。元々無理な注文だったかも知れない。




「……その中に、あなたの幼馴染も入っていますの。」


「………何?」




幼馴染?セイラが?


なんであいつが聖女候補生になってる!?




最悪の光景を夢想した。いくら彼女たちを守ろうとしても戦略クラスの魔法を避けられなければ死ぬ。死ぬしかない。


だが薬草や回復薬では戦闘力の回復に時間がかかり過ぎるから、治癒魔法や障壁魔法を使える聖女たちを頼らざるを得ない。


それがわかっているだけに。




「あなたが勇者に目覚める少し前に治癒の力に目覚めたらしいですわ。でも教会に所属したのはごく最近。…その、何度も評議会を止めようとしたのですが…どうしてもヒーラーの数が…もう彼女しかいなくて…く、薬も足りないから頼るしか…本当にごめ――」


「やめろっ。」


鋭い声で謝罪の言葉を遮ると、びくっと肩を揺らしてジュリアは黙った。そこにいたのは、年相応の幼い少女だ。まるで、悪さを見咎められたかのように、震えている。…ちくしょうめ。




「確かにアンタには色々頼んだが、そこはどうにもならないことなんだろ?アンタは自分にできることをやったんだ。いつも通り"無茶振りする貴方がいけないのですわ"とでも言ってふんぞり返ってればいい。」


「で…でも…私はあなたと約束したのです!貴方の意見を通すって!だのにこんな、こんな大事なことを守れないなんて…私は…!!」




あああ遂に泣きやがった!これだからガキは嫌いだ!頭固いだけの筋肉系女子のくせに泣き虫とかなんなんだお前は!?




「うるせぇ!俺を何様だと思ってやがる!」


一瞬、何を言われてるのかわからなかったのか、涙目のまま顔を上げてきた。




「俺は伝説の勇者様だぞ!俺は本当なら一人でも余裕で魔王を倒せるんだ!救国の栄誉がほしいガキが少々混じった程度で俺の勝ちが揺らぐと思ってるのか!!見損なうんじゃないぞ!!」




…………嘘だ。


俺だって怖い。怖いんだ。だから最近ずっとまともに眠れてないし、行軍のことばかり考えてしまうんだ。何で俺に勇者の力が宿ったんだ。俺は勝てるのか?俺は魔王を見たことすらないのに。勝てるかどうかなんて、誰にもわからない。俺にだってわからないのに。




だが、うん、こいつがオロオロと混乱するのを見るのはなかなか貴重だ。まだまだ可愛いところもあるじゃないか。


訳がわからないとアワアワしてるガキの頭をガシッと掴み、なんだかちょっと臭い髪の毛をグシャグシャにする。乱暴に動かさないと、手の震えに気付かれそうだった。悲鳴を無視して言い切ってやる。




「だから、自分のせいで俺達が死ぬかもしれないとか、そんな風に考えるな。身の程知らずのクソガキが。俺の仲間が死んだとしたら、それは護りきれなかった俺の力不足だ。そしてその責任を取るのは王命を下したやつだ。。作戦を具申したお前の責任では、断じてない。」


ガキの震えが止まり、驚愕した目で見つめ返してくる。


俺の手の震えは、果たして止まってくれているだろうか。




「だが約束を守れなかったのは確かだからな。いいな?」


ジュリアはぐちゃぐちゃになった髪の毛も直さずに、力強く頷いた。


そこに間髪入れずに、勇者らしいシニカルな笑みを浮かべながらかっこつけてやった。




「ガキ共のお守りをしながらの行軍、上等じゃないか。ケツの青いガキ共を引きずっても楽勝だってところ、見せてやるよ。」


守ってほしいのは俺の方だ。くそが。




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「そうか…では、勇者様のお言葉に甘え、現行のまま進めよう。大義であったな、ジュリエット。」




私からの報告を受けた御父上は、荘厳な空気をまとわせながら大臣たちに命令を伝えていく。既に部隊の準備はほぼ整っている。部隊には、アンリの恋人も所属していた。アンリには申し訳無いけども、今は少しでも高い戦力を持つ戦士が必要だ。せめて彼の無事を祈ろう。




勇者様の「小隊規模以下しか認めない」を始めとした具体案が下りてきた結果、一気に議論が加速して部隊が組み上がっていった。これが無ければ出発が遅れてもっと悲惨な結果になっていたかもしれない。或いは勇者様の決断を待つ前にせめて中隊規模の編成を決定できていれば、その後の悲劇は多少なりとも軽減できたかもしれないが。


それも含めてこの議論の空転が後年問題になり、評議会の圧縮まで議論されることになったが、それはまた別の話。




話がそれたが、後は勇者様に聖剣を預け、出発式を迎えるだけだ。私も、明日なら時間が取れるだろう。アンリは元気だろうか。




部屋で冒険者服の…その、あの匂いが取れているかを十分に確認していると、ノック音がした。誰だろう?今日は特に来客の予定はないはずだが。


「どうぞ?」


侍女のエリーにドアを開けさせると、そこには御父上が立っていた。ぎょっとしたエリーは慌てつつも、臣下の礼をもって応対する。流石は我が侍女だ。




「よい。今日はジュリエットの父として来ている。楽にせよ。」


そう言うと、侍女はほんの少しだけ肩の力を抜いた。父とやってきた御父上は、確かに王冠を被っていなかった。




「御機嫌よう、父上。…エリー、紅茶をご用意して。良いハーブがあったはずよ。」


「気を使わせてしまったかな?」


「構いませんわ。それで父上、どうしましたの?」


父上が親の顔をしてここにくるなど、そう何度もあるものではない。余程の話があるのかもしれない。例えば、政略結婚の相手についてとか。だが、その予想はあまり面白くない方向に外れた。




「うむ。勇者様のことなのだがな。お前と勇者様が恋仲にあるという噂を耳にしている。」


思わず淹れたての紅茶をとり落としそうになった。わ、私と彼が?恋仲??


唖然としていると、その様子を見てやや困惑した父が重ねて尋ねてきた。


「……ん?違うのか?」


「は、はい…どうしてそのような話になったのか、理解できませんわ。」


いや本当に理解できませんわ。たしかに彼とは最近よく会ってましたし…みっともないところをお見せすることもありましたけど。




「彼は身分に差がある友人と言いますか、良く言えば悪友と言いますか、直近の処刑候補筆頭と言うべきか、悩ましいところですが。断じて恋仲ではありませんわ。」


「うむ、どうもたまにお前の考えてることがわからない時があるが、とにかく恋仲ではないということはわかった。」




いや…恋をしていないとも言い切れないかもしれない。悪態を付きながらも国や世界のために精一杯考えてくれている彼の責任感の強さと…その裏腹の臆病さに好感を持ちつつあったのは確かだ。彼は自分の弱さを知りつつ、そんな人だ、彼は。




「なら、話しやすくなった。実は魔王を討伐した報酬として、勇者様には準王族の地位と、それを約束するためにお前の姉クリスティーヌを娶らせる予定なのだ。」




「………え?」




勇者様と、お姉さまが、結婚する?




「り、理由を教えてくださいますか?」


「それにはまずお前とクリスティーヌの話をする必要がある。」


父上は紅茶を一口だけ口にすると、どこか感嘆したように話し始めた。




「お前とクリスティーヌが王位継承権を巡って争っていることは知っている。いや正確には争っているわけではないな。クリスティーヌは主に貴族間での人脈を広げて政治的な優位性を確保しているのに対し、お前は領地視察で民の声を拾ったり、今回のように戦術面における有効な進言をする形で国に貢献している。それぞれが王の資質を高めている形だ。」


お前の場合はかなり参謀の仕事も混じってるようだがなと苦笑される。




「その結果、自然と民衆や実力本位の貴族たちの中にお前を王位につかせるべしと願う人々が増えているのだ。」




そういう話は聞いたことがある。私は別にお姉さまが王になっても構わないと思いつつも、王の資質を磨く努力は怠っていない。お姉様の身に何かあれば私が担うのだから。だけども…




「それと勇者様の婚姻がどう繋がりますの?」




「私は昔からお前の統治感覚が優れていることは認めていた。もちろんクリスティーヌにも優れた面はあるが、それはあくまで平時の経済政策や教育政策の立案実行等の話であって、戦時下ではお前が優る。だからクリスティーヌには許さなかった今評議会への参加をお前には認めたのだ。」


質問の答えにはなっていない。が、それ以上に気になることが一つ。


「お姉様も参加を希望されたのですか?」


これは意外だ。姉は戦争を全て避けることこそが最良の政治と信じてるために、戦時面での論戦を嫌う。どういうつもりだろう。




「ああ。魔王軍との和平交渉を具申してきたよ。」


思わず目眩を覚えた。それは不可能だ。便宜上我々は彼らを魔王軍と銘打ってるが、相手は軍というより"ブレインを伴う超大規模な魔獣のスタンピード"に近い。魔王の目的は魔獣共の生存領域の拡大に過ぎない。要するにこれは大規模な生存競争なのだ。金や採掘権等の利益が絡む戦争とは根本的に違う。




「ロマンチックですわね。」


遠回しに"馬鹿なことを言ってますね"と悪態をつく。父上も深く頷いた。


「そうだな。だがクリスティーヌは僅かな可能性にも賭けたいらしい。もちろん許可しなかった。賭け金を出せないからな。」


「そこで勇者様をお姉様のお目付け役にするのですね。戦争終了後の戦後処理でロマンに浸らないように。」


「せめてブレーキ役と言ってやれ。お前のおかげで勇者様も平民でありながら冷静な分析力と、治安維持や財政赤字に目を向けるだけの政治感覚があることがわかったからな。本当に平民だったのか疑わしいほどだ。あれなら帝王学を学べば、仮にクリスティーヌが女王になった時その隣に立てるだろう。」


その口調は軽口のようで、半分は本音が混じっていた。




「それに――」


空になったカップに新しい紅茶が注がれる。父上の目が、親の物から国王のものへと変わった。一気に空気が冷え込んでビリビリと音がするようだった。


「これでお前とクリスティーヌ、どちらが倒れても国が損なわれることがなくなる。魔王現れし今、最悪を考えるのが最善なのだ。」


なんだ、そんなことか。なるほど。


つまり否応もないということですね、御父上?




私の初恋と思しき胸の暖かさは、目の前の王によって簡単に冷めてしまった。いや、こんな簡単に冷めるのだから、やはり恋ではなかったのかもしれない。




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「では、勇者様の勝利をお祈りいたします。皆のもの!勇者様とその一行に、礼!!」


国王の堂々たる声が謁見の間に響いた。ついに出発のときが来てしまった。




『無事に生きて帰ってきたら、断頭台行きは免除して差し上げますわ』




昨晩そう言って部屋に帰っていったあいつは、今日は姿を見せていない。さりげなく目線を泳がせたが、謁見の間にはいないようだ。また視察にでも出ているのだろうか。


ふと俺の前に、一人の少女が現れた。ジュリアを大きくしたような姿…この子がクリスティーヌか。


歳はジュリアの2つ上らしいが、何故かあいつよりも幼く見えるな。体付きはこっちのほうが大人に近いというのに。


「勇者様…御武運を。私はあなたのご帰還を信じておりますわ。」


「ありがとう、姫。生きてあなたと添い遂げると誓います。」


誓いを立てるほど親密になった覚えは無いが、王命ならば是非もない。だが同時にクリスティーヌのことを積極的に知ろうとしなかった自分がいるのも確かだ。…いいだろう。帰ったらこの娘にもちゃんと向き合おうと心に決める。




そして後ろを振り向き、俺に命を預けに来たやつらを傲然と眺める。


参加者たちが怪訝な表情で俺を見る。ここからは、出発式の予定には無かったものだ。俺は、大きく息を吸い込んだ。




「諸君!この度は魔王討伐の旅への同行に応じてくれたこと、心より感謝する!我が名は勇者シャルル!君達と共に歩き!背中を預けて魔王と戦う最強の戦士だ!!そしてここに集いし50人は、皆世界を救うために立ち上がった同志たちと心得ている!」




死にゆく50人の姿が、俺には冬の透き通った青空のように尊く見えた。




「諸君の中には報酬金を目的に戦うものもいるだろう!!だが魔王を倒したあとの世界を諦めていない君たちを、私は心から尊敬している!!」


剣豪さんは一目見てわかるレベルで緊張していた。触ったら砕けちまいそうだな。




そして…あいつもいた。




「愛する者を守りたい者もいるだろう!!」


王都へ向かうときに喧嘩別れした幼馴染が。




「既に辛い別れを経験した者もいるだろう!」


今でも俺のこと嫌いなのかな。




「だが別れの痛みを知るものならば、わかるはずだ!!その痛みを今、世界中の人々が感じていることを!!」


お前に優しくできなくてごめんな。




「だからこそ誓う!!私は必ずや君たちの思いをこの聖剣に乗せて、魔王を斬り伏せてみせると!!」


いつか、ちゃんと謝るから。




「打倒せよ!!魔王軍!!輝きし光の奔流は我らとともにある!!勝利は我々の手に!!」


今は俺にその命を預けてくれ。




抜きはなった聖剣が光を放ち、空を覆っていた雲を払いのけた。謁見の間が戦士たちの熱狂に包まれる。窓ガラスは震え、貞淑を旨とする聖女たちまでもがおたけびをあげる。


ただ一人、セイラだけが、静かに微笑みを浮かべていた。




「「「勝利は!!我々の手に!!!」」」




ああ、勇者様に幸あれだ。

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