第13話 魔物の襲撃とパフォーマンス限界

「あ、レーム君、起きた?」


 気が付いたらリリに膝枕されていた。


 …………って、ダメじゃん!?

 アイドルに膝枕させるプロデューサーがどこにいるっ。


「うぉあッすみませんっ」

「あ。い、いきなり体起こしちゃ駄目。フラついたらボートから落ちちゃうっ」


 ちょ!?

 だからって胸押しつける方がダメなんですけど!




 ボートの上でちょっとばかりバタバタとしてしまったが、僕が気絶してからそんなに時間は経っていないようだ。

 恐らく完全に魔力が枯渇したわけではなくて、初めて魔力を大量に消費するスキルを使った反動みたいなものだったからだろう。


 その後も両側の地形を眺めつつ川を下っていく。

 と、目的の景色が目に入った。


「草原ですね」

「うん。見渡す限りの草っ原~って感じだね」


 周りの景色から森林地帯が消えて、広大な草原――丘陵地帯が広がるようになった。


 ゲーム時代のマップでも同じだったので把握しているが、森を抜けて草原が広がるようになったらもう完全に亜人種の住む領域に入っている。


 ただ、この森を抜けてすぐの草原地帯には亜人種が纏まって住んでいるような場所は無い。


 なぜなら『呪われた地』とか、或いは逆に『神聖な地』とか、亜人種の種族によって言われ方は違うがとにかく特別な場所だと思われているからだ。


「この草原……ウチ、おばーちゃんの話しで聞いたことあるかも。なんか昔々に神様が住んでいた神殿があって、怖い魔物が守っているから近づくな~みたいな。まぁ多分、子供相手の昔話みたいな感じだったと思うんだけど」

「いや、それがそうでもないんですよね」

「えぇ!?」


 神様ではないのだが、確かに神殿みたいな物はある。


 正確にはそれは遺跡だ。


 この世界における先代文明というか超古代文明というか、まぁゲーム内では『超魔導文明』とか言われていたが。


 要するに遙か昔に滅びた、現代よりも遙かに魔導技術(魔術で到達した地球の現代科学みたいなモノ)が発達していた時代のことである。


 魔導文明時代の遺産や遺跡は『オーパーツ』と呼ばれ、ゲーム時代から特殊なアイテムなどで登場していた。


 この草原にある遺跡もまさにオーパーツであり、僕の目的地だ。


 う~ん、ていうか魔力だの魔術だの魔導だの魔がいっぱいでややこしいな。今一度ゲームで得た知識を脳内で整理してみると――。


『魔術』とは、人類種がつかう技術。


『魔法』とは、魔人種(エルフや魔族など)が使うモノで、その多くが魔術より強力な力を持っているのだとか。


『魔導』とは、魔術や魔法を誰にでも使える普遍的技術に落とし込んだもので、要するに魔導具とかそういうの全般を指している。


 そして『魔力』がそれら全てのエネルギー原みたいなもので、人間も体内で生成しているし、大気中にも存在している。

 魔術だけでなく、スキルなども魔力に依存しているというわけだ。


 大気中の魔力のことは『魔素』と呼ぶ、みたいな設定もあった気がするが、流石にその辺はうろ覚えだなぁ。取りあえず今はどうでもいいか……。


「えと、ぼーっとしてるけど、大丈夫レーム君?」

「あ、いえ、ちょっと頭の中で色々と確認と整理をしてました。それで、これからまずやるべきことなんですが、まず船から下りてスキルのチェックを行いましょう」

「う、うんっ」


 小舟を草原の川岸に接舷させる。

 船は一応係留しておき、荷物を背負って降りた。


 地面を踏みしめて空を見ると、どこまでも晴れ渡るような青空が広がっていた。

 草原の緑とサンドイッチされて途轍もなく気持ちのいい景色だ。


「ん~~ッ」


 なんとなく体全体で伸びをする。

 深呼吸をすると草の匂いがした。


 思えば、この世界に来てから生きるか死ぬかの瀬戸際みたいなモノがずーっと続いていた。

 実質的には異世界みたいな所に来ているというのに、実感する余裕も無かったといっていい。


 けれど、今の自分は最早開放されて自由の身。

 日本では生で一度も見たこともないような景色の中に、僕は立っているんだ。


「レーム君、なんだか気持ちよさそう……」


 しかも隣には、自分がプロデュース予定の可愛いアイドル候補生。


「えぇ、かなり清々しい気分です。なのでここで一発、歌と踊りをお願いします」

「えぇ!? ここでっ? あ、あの、スキルのチェックっていうのは……?」

「勿論します。というか、歌と踊り――アイドルパフォーマンスこそがスキルチェックの一環でもあるんです」


 まぁまずは僕が見たいだけなんだけどな。


「そ、そうなんだ? うん、分かった。ウチ、頑張るねっ」


 悪いプロデューサーに騙されたリリが『ふんすっ』と気合いを入れる仕草をする。

 すまぬ。でもちゃんとスキルのチェックも後でするから。


 リリが息を大きく吸い込み、イザ歌を歌いだ……さない? あれ?


「レーム君、後ろーっ!」

「はぃ?」


 歌じゃなくて大声をだしたリリの言葉通りに振り返ると、巨大な二足歩行のトカゲみたいなヤツが係留していた小舟をたたき壊すところだった。


「あ、あれは、リザードマン?」


 ゲームでの知識でいえば、水陸両棲の魔物だ。


 一応は二足歩行なのに亜人扱いじゃないのは知能の差というやつだろうか?

 何をもって知能としているのか知らないが、ゲームに出てくる亜人と魔物の差を鑑みるに『意思疎通』ができるかどうか? みたいな部分なのかもしれない。


 試しに、川から上陸してきた数匹のリザードマンに対して声をかけてみる。


「え~っと、我々は敵ではありません。落着いて話し合いましょう?」


 ついでに、軽く両手を挙げてジリジリと後ろに下がる。

 まるで森でクマにでも会った時のようだ。いやまぁ近いっちゃ近いシチュエーションだけども。


 だが、リザードマンはまったく反応しない。

 ただひたすらに害意? 殺意? のようなモノだけをビンビンに飛ばしてくる。


 なるほど、これは魔物っすわなぁ。


「これは、ちょっとマズイかもしれないですね」


 親父からパクった剣を引き抜いて構えつつ、油汗を流す。


 何しろ先ほどまでスキルの初使用でぶっ倒れていたのだ。

 とても本調子とはいえなかった。


 それに加えて僕は魔物との戦闘経験がほぼない。

 これまでは家族との戦いに生き残ることを最大目標としてきたので、ひたすら家族の観察で強くなってきたのだ。

 ある意味でいえば家族メタ戦術を極めていたといってもいい。


 だから兄には案外あっさり勝てたし、武人の父にすら勝てたわけだが……魔物と戦ったらどうなるのかは正直よく分からないのである。


「リザードマンって割と厄介な魔物だった気がしますし……」


 それが、1、2、3、4匹か。


 向こうもこちらを警戒しているのか、ジリジリと慎重に間合いを詰めてくる。

 その程度の知能はあるってことか。


 これは結構ヤバイかもしれない。


「レーム君、ウチも」

「いえ、リリは僕の後ろにいてください」

「で、でもっ」


 リリの身体能力が割と高いのは知っている、がそうはいっても戦闘経験があるわけでもあるまい。

 いきなりリザードマンと戦闘は危険すぎる。


 それよりも。


「リリは、アイドルパフォーマンスをお願いします」

「えぇ!? ま、またっ?」

「はい。多分、父との戦闘と同じく僕の力の底上げになるはず」

「そ、そうなの?」


 あの時はただ漠然と『リリのお陰』と思っていたが、今考えればスキルの効果だったのだろう。


 スキル:<アイドル契約>(契約系スキル)

 『契約下にあるアイドルにアイドル活動を頼むことができる』

(契約アイドルのアイドル活動によってプロデューサーが強化される場合がある)


 契約アイドル、つまりリリのアイドル活動によって僕の基礎能力が強化されたんじゃないかと思う。


 いってしまえば、リリのアイドルパフォーマンスを見聞きすることで僕に『バフ』がかかる効果がこのスキルにはあるのでは? と予想できる。


「お願いします、リリ」

「わ、分かった! ウチ、頑張ってみるっ」


 リリが後ろで息を大きく吸いこむ、と同時に僕も地面を蹴った。


 4匹に囲まれるのは困るしリリの方に行かれても困る。

 なので、どちらもされにくい位置取りをする為に動いたのだ。


 つられて、予想通りの動きで4匹が僕の方に向かってきた。


 一番手にきたリザードマンが、グルンッと振り回すようにして尻尾を叩きつけてくる。


「ふっ!」


 兄らの剣と同じ要領で、相手の体内魔力の動きを魔眼で捉えつつ、力を流すようにして捌く。


 捌いたつもりだった。


「ぐっ!?」


 重い。


 剣とはやはり違う。

 質量も、しなり方も、攻撃性質そのものが違う。


 剣を捌く練習ばかりしていたので、初見で綺麗に捌くのは難しい。


「やはりマズイかもですね、これは」


 そうしている間にも次のリザードマンが襲いかかってくる。

 爪を躱し、噛みつきを躱し、尻尾を躱し。


 合間に剣を振る――が。


 リザードマンの固い鱗と皮膚に阻まれて大きなダメージは与えられていない。


「チッ、浅いかっ」


 正確には浅いというよりタイミングが合わないのだ。

 魔力通しは魔眼の見切りありきの繊細さを要求される攻撃方法なので、相手の攻撃を上手く捌けない現状では効力が薄い。


 とはいえ、リザードマンもこちらに攻撃をヒットさせられたことで警戒したのか若干のお見合い状態になってはいる。


 だが、このまま逃げてくれない以上は数の多いあちらが有利。

 僕の体力がどこかで切れるのがオチだ。


「~~~~♪」


 リリの歌声が乱れている。

 僕を心配して、集中して歌えないのだろう。


 彼女のアイドルパフォーマンスはやはり僕に力を与えている。

 戦っている感覚で分かるが、普段よりも僅かにパワーも速度も上がっているのだ。


 しかし、効果は本当に僅かなものでしかない。

 恐らくこのバフにはパフォーマンスのクオリティが関係しているとみた。

 正直、今のリリの歌や踊りはお遊戯会の域を出ていないからな。


 やはり僕の記憶している踊りと歌を伝えるだけの形式ではいくら練習していても限界があるのだ。


 くそぅ……なんとか、なんとかリリにもっと高いパフォーマンスを。

 本物のアイドルの歌と踊りを伝えられないか……ッ?


 <アイドル契約スキル発動>


 んん!? スキル!?


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