男やもめに花が咲く
蒼空苺
第1話プロローグ
落ちていく。
どこまでも深い、底のない漆黒の闇。
藁にもすがる思いで手を伸ばしても、何も掴むことはできない。
得も謂われぬ浮遊感に、瞼をぎゅっと瞑るが、いつまで経っても止まることはなく、闇へと吸い込まれていく。
あぁ。おちる。こわい。たすけて。
どんなに願っても、叶わない。
落ちる。おちる。おちる。
はやくおわって。
この状況をどうにかしようという考えすら浮かばない。
ただ終わりを願うだけ。
暗闇が身を包み、ひたすらに落ちていく。
誰もいない。助けてくれない。
ひとりで。ただ落ちていく。
**********
はっと目が覚める。
はぁはぁと乱れる息。
締め付けられ、凍りつきそうな、それでいて激しく脈打つ心臓。
苦しさに思わず顔を手で覆い、またもう一方の手で心臓のあたりの服を鷲掴みにする。
――――おわった。
そう思うのと裏腹に、いまだに暗闇に捕らわれている感覚にさいなまれている。
背後から引きずり込まれそうな気配に、冷や汗がつたう。
大丈夫。
目覚めた今、あの悪夢は終わったのだ。
落ち着こう。
口元に両手をあて、出来るだけ長く息を吐くよう努める。
ゆっくりと目を見開き、辺りを見回す。
窓から月明かりが差し込んでいる。
ほら、あの漆黒の闇からは解放されたのだ。
いまだに底無しの闇への恐怖は消えないが、いつもの見慣れた部屋の光景に、やや落ち着きを取り戻す。
夢だったのか。
夢にも関わらず、体が投げたされるリアルな感覚を思いだし、また身震いしてしまう。
終わらないと思った。
あの最果てのない暗闇に絶望していた。
なんて夢を見たんだろう。
あんな悪夢他にないってくらいの悪夢だった。
今まで一度も高いところから落ちた経験もない。あんなにリアルに体感したような夢なんて、そうそうないだろう。
なんの予兆なのか。
決していいことがある兆しのものとは思えない。
はぁ。
深くため息が出てくる。
しかし、悪夢から覚めた直後よりも落ち着きの出てきた感覚に、少し安堵する。
何もなければいいのだけど。
夢は自分を映す鏡のようなものだと言う。
この先のことか、今現在のことか、それとも過去のことか。いずれにしろ、何事も起きなければいいと願うばかりだ。
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