凶星






 近くだと一層デカいね。フェンリル。

 死んでても存在感ヤバいね。怖過ぎ。


「体毛がワイヤー並みに強靭だな……加えて、この毛量。機関砲の掃射を受けても皮膚まで貫通とおらんだろうよ」


 竦む俺を余所、サンプルでも欲しいのか、チェーンソーを構えるジャッカル。

 が、高速回転する鎖鋸は耳障りな高音と火花を散らすばかり。文字通りが立たない模様。


 結局、見兼ねたシンゲンによって力尽くで毟り取られた。

 もう何も言うまい。


 ――ん? ちょい待ち、シンゲン怪我は?


 あれだけの猛攻を指では数え足りぬほど受けたにも拘らず、平然と歩き回る埒外。

 擦り傷は? 切り傷は? 打撲は? 骨折は? 内臓破裂は?

 え、まさかのノーダメージ? 嘘だろ先生。


「がははははっ! いや、流石に手強かった! タンクトップが大惨事だ!」


 鎧の如き胸板を揺らし、豪快に笑うシンゲン。

 つまりアンタ本体は無傷かい。出鱈目も大概にしろターミネーター。


「ふむ。折角だ、記念撮影でもするか」


 そう言ってジャッカルが指を鳴らすと、彼女の手元で小さく波打つ空間。

 やがて現れたのは、一眼レフのゴツいカメラ。

 ホントなんでも持ってるなコイツ。


「あら? ジャッカルさん、スマホ無しでも異能使えたんですかぁ?」

「五分ばかり練習した。小物の出し入れくらいなら出来るようになった。凄いだろう褒めろ」


 褒めろと来たか。任せたまえ、腰巾着の十八番だ。


 美辞麗句と拍手で以て、いい感じに持ち上げる。

 すっかり気を良くしたジャッカルは、高笑いしつつ飴をくれた。


 いつもの、ハッカ味だけ残ったドロップ缶。

 好きだから別に構わんけど、たまにはブドウとかメロンも食べたい。






 魔物の頂点たる王位を戴く三大最強種。

 その危険性は理不尽な戦闘能力だけに留まらず、流れる紫血が帯びた毒性ひとつ取り上げても、大き過ぎる脅威。

 ジャッカル曰く、


 まあ、どうあれ一滴で人間十人を軽く殺せる劇物。

 放置して良からぬ権謀に利用されても寝覚め悪いため、現在解体作業中。

 死んでたら割とグロ平気なのよね。言っちゃえば単なる肉の塊だし。


「ナイフが刺さりませんねぇ……少しずつ凍らせて砕かないと」

「うーむ、ハガネが居りゃ楽だったんだがな」


 いっそ亜空間へと放り込めれば手っ取り早いのだけれど、このサイズが通れる出入り口の作成は難しいとのこと。

 そもそも、それ以前の話、骸を仕舞うのは嫌だとか。


「実質的な問題が無いのは分かってるが、菓子や下着と同じ空間に血生臭いものなぞ置きたくない」


 ご尤も。






「……なんて、こった……本当の、本当に、フェンリルが討たれて……」


 やたら数の多い牙を抜いて並べてたら、近付く蹄の音。

 振り返れば、統一された装備に身を包んだ、顔面蒼白な国軍兵士の方々。

 戻って来たのか。ああ、バリケードは越えないでね。血が跳ねるから。


「た、隊長。やはり我々の見間違いでは、なかったようで」

「信じられん……と、兎にも角にも、まずは報告だ! 巨獣の出現――及び討伐! 早馬を出せ!」

「はっ!」


 茫然自失としつつも、命令を受ければ脊髄反射で応じるのは流石兵隊。

 駆けて行く一騎を皮切り、残った者達が怪我人の手当てや、フェンリル襲来時のパニックで散らばった面子の捜索に動き始める。


 …………。

 これにてジャッカルの思惑通り、新たな特級傭兵誕生、か。

 当分、騒がしくなる……騒がしいのは常にですね。


 思い返せば異世界来てから一番静かだったの、ザヴィヤヴァ近くの村でダルモンと過ごしてた時じゃん。

 暗殺者相手の方が平穏率高いとか、笑える。

 笑えねーよ。


「クハハハハッ! ……にしても、ハガネはどこで油を売ってるんだ? ランパード・カマセーヌの言葉を信じるなら、先に巨獣と遭遇したのは彼女だろう。獲物を仕留め損なうなど、らしくもない」

「迷子ですかねぇ?」


 ジャッカルとカルメンの会話。

 ふと。喉に小骨の刺さったような感覚が迫り上がる。


 その正体を掴むより、僅かに早く。

 掠れた震え声が、届いた。


「……う」


 声の出所は、未だ歩くことも辛かろうランパード氏。

 知己に肩を借り、瞠目をフェンリルへと注ぎ、戦慄いている。


「ち、が…………」


 引き攣った音色で繰り返される呟き。

 そして。殆ど悲鳴も同然に、彼は叫ぶ。


「――!!」


 しん、と静まり返る喧騒。

 直後――示し合わせたかの如く、天より影が降って来た。





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