戦場のロマンス






「ね、ねぇっ……!」


 晩飯は牛丼と天丼どっちがいいか悩んでたら、聞き慣れぬ女声に呼び止められた。


 果たして誰かと思えば、森で一緒だった射手さん。

 世間的には珍しい部類の女性傭兵。年嵩は俺より少し上、カルメンと同じくらい。

 だが首に提げる認識票タグは中級を示す黒字。即ち一人前の証明。

 通常、傭兵ギルド登録から中級昇格まで最短三年、平均六年はかかることを考えれば、結構な有望株と言えるだろう。

 論俟たずウチの埒外どもは比較対象外、無視の方向で。話がややこしくなる。

 

 とまあ、それはさて置き。射手さんと向かい合った俺は、小さな違和感を覚えた。


 暫し彼女を眇め、その正体に気付く。

 別れた時と格好こそ同じだが、小綺麗になってる。染み付いた血臭死臭や硝煙を誤魔化すためか、香水の匂いも。

 近くに水場は見当たらないけど、一体どこで服の汚れを拭ったのやら。


 ――えと。俺に何か?


 緩く編んで胸元に垂らした緑色の髪を摘んだ、所在無さげな立ち姿。

 おずおず此方と視線を重ねる、森で垣間見た覇気や凛々しさが嘘のような佇まい。


 でも正直、今の方が男受け良さそう。

 容姿も飛び抜けて美人なワケではないものの、例えるなら野花を想起させる形貌の持ち主だし。

 謂わば等身大の素朴な可憐さ。なんだかんだ、クラスで三番目か四番目に可愛い女子が一番モテるよね。


 尚、俺は学年で六番目の美男子と、反応に困る微妙な評価を頂いておりました。

 ソースは元カノ。付き合って五ヶ月目、こっち来る幾らか前フラれた。

 理由なんだっけか。あぁ、都合四回ほどセックスの誘い断った所為だわ。


 そりゃ、悪いとは思ったさ。勿体ない、とも。

 思ったが、詮方無し。人並みに興味こそあれ、未だ親の庇護下たる学生に過ぎぬ分際。

 リスク冒すなら、せめて自分自身で最低限の責任が取れなきゃね。


「……が、とう」


 などと転々する心慮に脳のリソースを傾けていた折。卒然、射手さんが頭を下げてきた。

 どったの先生。


「その……お礼、まだ言ってなかったから。助けてくれて……守ってくれて、ありがとう」


 …………。

 別に好きでアンタの盾役を請けたワケじゃねぇよ。


 最も面倒な後ろの見張り。危機察知能力及び反射神経が肝要な、不意打ちの対処。

 目が良くて身軽かつ攻撃力も高いという理由で回された、おありがたい役割。


 魔物は賢い。大抵、先制で遠距離武器の使い手を潰しに動く。

 必然、俺が射手さんを庇う機会も増える。それだけの話。


 そも第一、他に行動の余地など無かった。


 女に手を上げる男と、女の窮地に大なり小なり身体を張れぬ男は、誰からも信用されない。

 座布団顔負けの勢いでオフクロ様の尻に敷かれた、親愛なるオヤジ殿の教え。

 ああなりたいとは全く思わんが、その言い分には頷ける。

 ああなりたいとは全く思わんが。


 もし射手さんを雑に扱おうものなら、什伍内での俺への評価は地に落ちてた筈。努めて避けるべき愚行だ。

 じゃなければ誰が、あんな恐ろしいゴブリンと戦ったりするもんか。

 本当なら『にげる』コマンド十六連打しとるわ。


「貴方、強いのね」


 いえ強くはないです。ノミの心臓と呼んで下さい。

 暴力反対、ラブアンドピース。


「実を言うと、最初いい気はしてなかったの。突然メンバーが変更、しかもギルドの人間ですらないなんて……って」


 だよね。当たり前だね。

 が、そこに関しちゃ、文句はドタキャンした奴等にどうぞ。

 無責任な輩も居たもんだ。


「……えっと」 


 口籠る射手さん。

 話題にお困りの様子。俺はエアーリーディング検定準三級持ち、加えて気遣いのできる男。

 明日以降のこともある。親睦は深めとくべき。

 一緒に晩飯でも如何かと誘ってみた。


「あ、え、あの……わ……私で、良ければ……」


 鉄火丼食べたい。





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