下り調子






 拝啓、オフクロ様。ついでにオヤジ殿。

 夏の陽射しが肌身を咬む今日この頃、如何お過ごしでしょうか。


 ――イマイチ遺書の書き出しっぽくないな……つか、遺書の書き出しってどんなよ……。


 破いたメモ用紙を丸め、ポケットに突っ込む。ポイ捨て駄目。


「オイ、何やってんだ。ちゃんと後ろ見張っとけ」


 同じ什伍の、名も知らぬ傭兵氏に窘められた。

 ひとつ頭を下げ、再び警戒へ。


「しかし、だいぶ想定より多いな。まだ一時間そこらだぞ」

「調査隊が行き来する間に増えたのかも知れねぇ」


 各々油断なく武器を構え、八方に意識を巡らせつつ、交わされる遣り取り。

 余計な口は挟まず、耳を欹てる。


「どうする? 深めに潜って様子を窺うか?」

「……いや、危険が増すだけだ。キッチリ予定地点で引き上げよう」


 今すぐ素知らぬ顔でUターンとか、是非オススメですよ。

 殆ど衝動的、そんな台詞が喉を突きかけるも、辛うじて飲み込んだ。






 ツイてない。心から、そう思う。


 聞けばジャッカルが征伐隊参加を押し切った翌日、別のグループが急遽参加を取りやめたとか。

 しかも総数五名。ちょうど俺達と同じ。お陰で、そのまま抜けた穴へ組み込まれてしまった。


 加え、会敵の頻度。

 各什伍は一定間隔を空けて森に踏み入り、遭遇した魔物を狩りつつ指定された距離を進んだ後、引き返す手筈。

 即ち運が良ければ一度も魔物と遭遇せず、大手を振って帰れた……のだが。


 ――七回て。二十七匹て。


 いざ蓋を開ければ、ふざけたエンカウント率。サイコロの神様は俺を殺す気かよ。

 こっちの世界で奉じられてる神仏なんざ、一柱たりとも名前すら覚えておりませんけど。


 …………。

 ただ、まあ一応、せめてもの不幸中の幸いか。今のところ、ゴブリン以外の魔物とは鉢合わせていない。


 確かに連中、俺の予ての想像を遥か凌ぐが、所詮は外見通りの強さ。

 武器防具を帯びた巨漢と同程度。無論、脅威は脅威なれど、あくまで

 身体能力が根源的に人間を上回る獣と比べれば、正面きって対抗し得る分、可愛いものだ。


 と。


「――来るわ! 前と右、合わせて五匹!」

「チィッ、またか! 陣形を組め!」


 近付く気配を察知し声高に叫ぶ索敵役、短弓とマスケットで装った女性射手。


 数拍遅れて鼓膜へと刺さる、悍ましい雄叫び。

 やっぱ怖い、怖過ぎ。偉そうな口叩いて申し訳ありませんゴブリン様。


「勢い殺せぇッ!」


 突進するように現れたゴブリン達を押し留めるべく、立ち塞がる傭兵諸兄。

 なれど相手は屈強な戦士五匹。弾丸と化した巨体の慣性を抑えきれず、一匹すり抜けてしまう。


「ぐ、うぉっ……しまっ……!?」


 そのまま俺と射手さん目掛け襲いかかる、殊更に大柄なゴブリン。

 先んじて後衛を潰す算段か。賢いね、うんざり。


「ひっ」


 弓で肩を射抜くが、威力不足。ゴブリンは止まらない。

 次の矢を番えるにも、発砲までのラグが大きいフリントロック銃を構えるにも、既に近過ぎる。

 射手さんは青ざめつつ、残った選択肢となる腰鉈を抜くが、彼女の細腕では防御ごと叩き潰されるだろう。


 ――勘弁。


 背骨を震わす怖気に耐え、太刀筋に割って入った。

 もうヤダ。こんなの俺の役回りじゃないのに。


 刃が潰れかけた、鈍器に近い歪な剣。大上段からの力任せな振り下ろし。

 彼我の体格差、体重差を鑑みれば、まともに対応するのは避けたいところ。


 故――これも気は進まぬけれど、左手に嵌めた粉砕爆砕ブレイキングで迎え撃つ。改めて考えると、何この名前。


 火花散らすナックルガード。

 受け止めた衝撃が腕へと染み渡るより先、倍の勢いで弾き返される剣。


 なんだっけか、こういうの。爆発反応装甲リアクティブアーマー

 兎に角、肉厚な剣身が折れて拉げるほどの発破。たたらを踏むゴブリン。


 間髪容れず、がら空きのボディに喝采オベイションを叩き込んだ。名前変えて欲しい。


 拳の形に沿った金属板越しでも骨まで響く、血の通う肉を打つ不快な感触。

 未だ塩梅が曖昧なため、篭めた力は強めのジャブ程度。

 個人的には怯ませられればいい、くらいの心持ちだった一撃。


 だが。


 ――う、げ。


 現実は俺の目測を軽く跨ぎ、ゴブリンの上半身を丸ごと消し飛ばした。

 焼け焦げた断面、二歩三歩よろめき崩れ落ちる下半身。ヤバい吐きそう。


 尤も、悠長に惚けていられる状況ではないため、射手さんを背に庇う形で臨戦態勢継続。キョウくん、切り替えは得意。


 尚、絶賛乱戦中の前衛に加わる気はゼロ。今の時点でも人数こっちが勝ってるし、飛び入りの俺に連携なんか無理だし、怖いし。

 あとアレだ。このグローブ、味方まで巻き込みかねないし。ついでに怖いし。寧ろ主に怖いし。


 ――生きて戻れたら、せめて威力の調整を頼もう……。


 欲を言えば返すか、更に欲を言えば捨てたいが、俺は空気の読める男。


 何より、斯様な危険物でも――『カウントダウン』よりは、億倍マシだ。

 アレだけは冗談抜きに、もう二度と、表出フェイスすら使いたくない。





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