張り込み






「クハハハハッ! よし、ここから様子が確認できるぞ!」


 酒場での件より数日。送えの馬車に連れられ、不承不承カルメンが出掛けて一幕。

 俺は今、とある建物内で、はしゃぐジャッカルを肩車していた。


 ――デバガメ趣味は褒められたもんじゃないと思うけど。


「失敬な。まさか、オレが野次馬根性で斯様な真似に及んでいるとでも?」


 ――違うの?


「概ね正解だ! こんな面白い話、現場を押さえずいられるか!」


 なんだコイツ。


 窓の位置が高いため、嵩増ししなければ窺えぬ外を、軍用と思しき重厚なデジタル双眼鏡片手、覗き見るジャッカル。

 呆れ混じり彼女を仰ぐと、ちょうど目が合った。


「よくこんな絶好のロケ地に伝手があったな、流石オレのキョウ! 偉いぞ、飴をやろう!」


 アンタのじゃないよ。そんな文句を噛み殺していると、口の中にドロップが放り込まれた。

 スッと鼻先まで広がる癖の強い清涼感。ハッカか。

 しょっちゅうくれるんだよな、時には缶ごと。好きだし別に構わんが、自分の嫌いな味を他人に処理させるのは正直どうかと。


 尚、俺達が張り込んでるのは、以前処分に困った金貨を寄付した教会兼孤児院の三階だ。

 たまたま立地が都合良かったため、覗き場所を求め地図アプリと睨めっこするジャッカルに、つい口を滑らせてしまい、結果この有様。

 無論、シスターさんの許可は得てる。快く承諾頂いた。いっそ断ってくれれば。


「っ! 来た、現れたぞ! 情報通りテラスの特別席だ!」


 零れ出る溜息。同時、俺の上で前のめりとなったジャッカル。

 傾く重心。体勢が移り、半ば頭に座られつつ、ぐっと両腿で顔を挟み込まれる。


 ……必要性の是非を尋ねるタイミングこそ逸したけれど、彼女は変装と称し、いつもと違う衣服に身を包んでいる。

 キャミソール、ショートパンツ、サンダルブーツ。加えてウィッグも被り、普段は薄くしかやらない化粧まで施した徹底ぶり。


 まあ何が言いたいのか率直に申し上げると、だ。

 ギャルギャルしさ全開な、大幅に肌面積の増えた格好ゆえ、ほぼ生脚で絡みつかれてるに等しいのである。


 普段はスラックスで覆い隠された、むちむちと肉付きの良い、それでいて引き締まった脚線美。

 が、人一人分の体重が首へと加わるのは、流石に役得よりも苦しさが先立つ。危うく支えきれず倒れるところだ。


 躊躇いつつジャッカルの腿を掴み、楽な姿勢に直す。筋痛めるかと思った。

 そして訴えられやしないか不安。女性の身体とは一体どこまでなら触っても合法か、明確な基準を知りたい。


「ふーむ……むむ……」


 一方、俺の逡巡なぞ露知らず、窓の向こうを真剣に見つめるジャッカル。

 ひとまず訴訟は起こされず済みそう。助かった、前科持ちは就職に差し障る。


 …………。

 何だかんだ、カルメンが心配なのだろう。

 最初の出会いより数ヶ月。時折、会話の行間に浮かぶ過去の背景を纏めるに、ジャッカルは見目の良さもあって交際相手にこそ事欠かなかったものの、突出した知能や独特な振る舞いが災いし、友人関係に恵まれたとは言い難い生活を送っていた様子。

 そんな境遇の反動か、この異世界で数奇な縁を結んだ俺達に対する仲間意識は、意外にも五人の中で最も強い。俺が攫われた際の捜索活動も、一番に精力的だったのは彼女だとか。


 取り分けカルメンは同年代かつ同性。重ねて系統こそ異なれど個性派の天才児ギフテッド同士、相当に気が合うらしい。身を案ずるのも無理からぬ話。


「チッ、つまらん。権力者の息子と言うからには、一体どんな世間知らずの勘違い醜男かと想像していたが、そこそこ見れた顔だ。礼儀も弁えてる」


 それはそれ、やっぱりデバガメ行為は褒められたものではないが。

 あと凄まじい偏見。権力者に恨みでもあんのか。


 ――結構な話じゃん。なら、後は当人達次第だろ?


 もう帰りたい。そんな本音をオブラートで包み、告げる。

 けれどもジャッカルは口に出した評価と裏腹、剣呑な様子で再度の舌打ち。

 なんなの。何が気に入りませんの。


「奴は駄目だ! オレには分かる!」


 ――その心は?


 吼えるかの如き断言。そこに感情論ではない確かな根拠の裏付けを了し、問い返す。

 重篤な厨二病こそ患っているが、ジャッカルの才覚自体は虚構に非ず。俺の知る限り、洞察力や観察力に於いて彼女を凌ぐ者は皆無だ。

 然らば看破したのやも。カルメンと対面する知事の息子とやらが、人好きしそうな愛想笑いの下に秘めた悪意を。

 生憎、俺の前にあるのは古びて薄汚れた漆喰の壁だけなので、どんな表情どころか、どんな顔かさえ全く分からんが。


「昔、二ヶ月で別れた彼氏と風采が似てる! 外面ばかりの最低な男だった!」


 ただの私怨かよ。真面目に聞いて損したわ。





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