慣れって怖い






 ――ども、おはようさんです。


「あら新婚さん。おはよう、今日もいい天気ね」


 日課である朝の水汲みに出たところ、村の共有井戸で、いつもと同じく奥様方がバケツを足元に置いて集まっていたため、挨拶する。


 しかし、そろそろ新婚さんって呼ぶの勘弁願えないもんかね。つらい。とても、つらい。

 まあ、西方の言語だとキョウって名前は相当発音しにくいと聞き及んでるから、仕方ない部分もあるとは分かっているが。でも、やっぱり、つらい。


 嗚咽を堪えつつ水を汲み、元来た道を引き返す。

 都市部みたいに水道くらい完備しろや、と心の中で文句たれてたら、背後より話し声が。


「ホント朝早くから働き者の旦那さんねえ。ウチの穀潰しにも見習って欲しいわ、水汲みひとつしないんだもの」

「そう言えば私、あの人の奥さんに会ったこと無いんですよ。どんな方なんです?」

「私も無いのよね。すっごい人見知りだって話で、挨拶に来たのも旦那さんだけだったし。結構美人とは聞いてるけど」

「あ、私知ってる、それが結構年上でね! 確かに美人は美人だけど、ちょっと陰気な感じで、なのにかなり攻めた格好してて! 歩いてるとこ見てた男連中がみーんな鼻の下伸ばしちゃって、やらしいったらなかったわ!」

「あの服って、どっちの趣味なのかしらね……やっぱり旦那さん?」

「決まってるわよ。人見知りなら、自分であんなの着ないでしょ」


 うーむ、文字通りな井戸端会議。そして当事者に丸聞こえ。

 あと、ダルモンのアレは本人曰く動きやすさと保温性の両立、更には標的の意識や油断も誘えるという打算と計算に基づいた合理的選択とかなんとか。

 暗殺者が人目を集めていいのか、と思わなくもないが、そもそもダルモンは容姿の時点で目立つし。暗殺者と大掴みに括っても、やり方は人それぞれだろうし。


 つまるところ、断じて俺の趣味ではない。とんだ風評被害だ。

 頼むから噂を広めてくれるなよ。表を歩けなくなる。






 汲んだ水を沸かして朝シャンと洒落込んだ後、朝食を済ませ、商店まで出向いて仕事の時間。


 業務内容は主に掃除と商品管理、接客及び買取査定。

 相場の分からん査定だけ店主のオッサンが担当し、あとは大体俺がやってる。

 いや、ここ数日は査定も俺か。樵だの猟師だのが持ち込む品なんか限られてるから、オッサンのやり取り見てれば判断基準くらい覚えるし。

 そもそも、どこぞの商会のボンボンって設定だ。これくらいできなきゃマズい。


 尚、今日は月に一度の仕入れと売り出しとのことで、オッサンはザヴィヤヴァまでお出掛け。

 帰りは明日の晩頃になるらしく、その間、店番は俺一人。


「じゃあ行ってくるから。店仕舞いの方なんかは、いつも通りよろしくね」


 ――分かりました。お気をつけて。


 早くに奥方を亡くされ、一人息子も家を出てしまったオッサンは、見送りがよっぽど嬉しいのか御者台の上で何度も振り返りつつ、荷の詰まった馬車を走らせて行く。


 ……なんか、色んな意味で心配になる人だな。この前も商品の売値とか間違えそうになってたし。

 第一、村に住み着いて一ヶ月足らずの半ば他所者に店任せるか普通。

 悪巧みしてるワケじゃないから構わんけどさ、別に。


 ――ん?


 あ、いや待て。してるわ悪巧み。

 本意じゃないにしろ、元より暗殺ギルドの仕事で潜入中の身ですわ。


 やっべえ。今、素で忘れかけてた。昨日ダルモンに喚き散らしたばっかりだってのに。

 慣れとは恐ろしい。徐々に、けれども確実に、感覚が染まり始めてる。このままでは名実共々ここの住人になってしまうぞ。

 平穏無事なカントリーライフ。悪いとは言わないけど、十六歳で人生を決めてしまうのは勿体無く思う。おっかない暗殺者のねーちゃんもオマケで付いてくるし。


 兎も角、早いとこ片付けてくれないと、本格的に今後の活動で支障が出る。

 特に食事。ダルモンの作る俺好みな薄味料理を食べ続けたら、西方の味付けを舌が受け付けなくなりかねない。


 はっ……まさか、ハナっからそれが狙いか!?

 血も涙も無い悪女め。胃袋を掴もうとは姑息な。

 自炊できない系の現代人に兵糧攻めとか、この上なく有効なんだぞ!


 って、んなワケあるかい。

 こう暇だと、変なことばっか考えて困るわ。客来ないかな。


 …………。

 でも真面目に、いつになったら終わるんだろ。今の生活。


 あと、今晩のメニューは何かね。

 駆け落ちまでした新婚夫婦なら最低これぐらいしないと不自然だってんで昼飯用に持たせてくれる弁当も、案外と手が込んでるんだよな。

 どっちも楽しみ。





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