2-7

 ハリスの教え方は、母とは全然違った。

技術的な指導は勿論してくれたけど、感性を磨くということに重点をおいている感じだった。


朝の散策、最初は黙っているだけでも辛かった。俺はお喋りだし、普段音楽のあるところにいるから、この“無音”の状態が息苦しい感じだった。

それが、だんだんと

あれっ?なんだろう?この音。


ザワザワ

カサカサ


風で木々が揺れる音や、小川のせせらぎ。

土の上を歩くのと、砂利道を歩くのとは違った足音がした。

鳥のさえずり。

虫の鳴き声や羽音まで聞こえるようになった。

“無音” 音のない世界なんて、ただの思い込みで、耳を澄ませば、自然はいつも優しく奏でている。

そんなことを気づかせてもらった。


午前中の4時間は、ひたすら弾きまくる。

いっぱい注意される。


午後の3時間や、夜の3時間はレッスンをしないで出かけることが多かった。

コンサート、展覧会、博物館、植物園、映画、景色の良い展望台など。


「桂吾!バイオリンの技術を、繰り返し繰り返し練習することは、とても大事なことよ!

でもね、ただ家の中でひたすらやっててもダメよ!

特にあなたのような若者は、まだ人生経験が浅いから、いろんなことを見たり聴いたりして感性を磨きなさい。

運動したり、恋愛したり、それがすべてあなたの音の深みになるから。

奏でる時に、いろんな感情を昂らせて!

そうすることで、曲に魂が吹き込まれるわ」

と、言った。

そうなんだ。


ハリスが連れて行ってくれたところは、すべてが素晴らしいものだった。

今までこういう経験はなかった。

親に連れて行ってもらったこともなかった。

動物園や遊園地なんかは、小さい時によく連れて行ってもらったけど。

デカくなってからは、友達と遊んでばっかりだったし、美術館なんてキャラじゃなかったし。

でも、なんか、すごくいい。

美術館、大好きだ。


午後のレッスン、出かけない時も、半分はお喋りで終わる。

ハリスが若い頃、燃えるような恋をしたとか、結構きわどい話をゆっくりと話す。

ハリスにのせられて、俺もついつい彼女のことをペラペラと話してしまっている。

「じゃ、その時、彼女と抱き合ったことを思いだしながら弾いてみて」

言われた通りにやってみた。

「桂吾!すごくいいわ!愛を感じる!

たとえ、終わってしまっても、その時に感じた愛情は、一生心の中に残ってる。

今、辛いかもしれないけど、時が癒してくれるわ。

失恋も、どんな経験も、すべてが糧になるから」

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