第9話 ルージュ市 バーベキューのボブ

「オレはバーベキューのボブ。世界一バーベキューが好きだ。オレの大好物はマミーが作ったハンバーガーさっ。オレの愛車は『WB号』ってんだ。Wはダブル、Bはビーフ。オレのマミーが作る“世界一おいしいハンバーガー”が、マミーお手製『ダブルビーフのスペシャルハンバーガー』ってんだ。そこからダブルビーフの頭文字を取って、WB号なんだ。いいだろ?」

ボブは目の前の人に向かって自信満々に言い放った。

カスタードクリームのような毛色の猫カスタードキャットのボブは声をかけると必ず同じく答える。

それが彼なりの自己紹介である。




まだ幼かったクリョーンキャットのアリッサは、父とルージュ市を歩いている時、ふと父の目を盗み一人迷子になった。その時、道端でしゃがんでいる人を見つけ声をかけた。

キャンピングカーが故障したらしく、様子を見ていた男は、これは修理屋さんに持っていくべきだと思ったが、今は世界一周旅行の途中で、ここへは旅行目的で来ただけでなにも知らず途方に暮れていた。

ショックでうなだれ、しゃがんでいた時だった。

男はアリッサから話しかけられ、いつもの挨拶をしたが、アリッサは半分以上理解せず、適当に話した為、会話はかみ合わないまま終わった。

ボブはその後、アリッサの父と会い同じように名乗ったが、会話して気付いたがボブは外国人だった。

アリッサは共通語もまだ分からない年で、今でこそ喋れるようになったがその時はアーテル語でさえちゃんと喋れる年ではなかった。

その為、迷子のアリッサをようやく見つけた父は娘から「ひげじゃじゃの、しゃんたしゃんみたいな、おじいしゃんがいるの!ぱぱ!」と言われた。ボブを見て思わず笑いそうになってしまった。確かにクリーム色した毛色のもじゃもじゃはサンタクロースのようだった。

カスタードキャットは長毛種の猫の獣人であり毛が長い為、手入れをしないと男はサンタクロースに間違われるのはしょうがない事だった。

そして自己紹介の時の個性的な会話…。

最初はどうするか迷ったが、アリッサの父は家に連れて帰る事にした。

そうしないと最愛の娘、アリッサがボブと名乗った男の手を離さなかったからだ。

「しゃんたしゃん、ちゅれてこ?こまってんの!」と言い出して“仕方なく”連れて帰る羽目になっただけだが…。

それから年月が経ち彼はアリッサの家の庭で居候生活をしている。

大きくなったアリッサに「どうしてそんなに大好きだったママの所から離れたの?」と聞かれて、「男にはロマンを追いかけなければならない時がある。オレはただ、ロマンを追いかけただけだ。今は無き愛車、WB号でな」と答えたら「意味わかんない」と言われてしまった。

今はお互い共通語もアーテル語も覚えて喋れるようになった為、あの時よりは会話できるようになったが、それでもボブ独自の個性的な世界観だけは理解出来なかった。

それでもアリッサはサンタクロースのような彼を気に入っていて、今でもこうして話しかけたりしている。

(たまに思春期特有のあしらいを受けるが…)




ボブは大陸出身だがアーテル国もある大陸ではなく、もう一つの大きな大陸出身で大きな旅客船に愛車を積んでもらい、海を渡ってアーテル国もある方の大陸側をキャンピングカーで旅をしている男だった。

キャンピングカーは元々ボブの愛車で実家にいる時から乗り回していた。

趣味はもちろん「バーベキュー」である。

バーベキューをする為にどこでも行けるようキャンピングカーにボブ専用バーベキューセットやら荷物をいつも乗せて乗っていたが、ついに世界一周できるような環境になった。

キャンピングカーで寝泊まりしてきた為、宿代はかからないが駐車場など利用できる場所が制限されてしまう為、キャンプ施設を転々と渡り歩いてきた。

言葉は元々共通語が母国語だった為、共通語と呼ばれる言葉は新たに覚えなくて良いのだが外国によっては国の言葉はある程度分からないと、困った時に最悪の状態が想定される為、車には外国語を勉強できるよう本は積んでおいた。

それで今までなんとかピンチはしのいできたのだが、ここでまさかの愛車が故障。

しかも修理しなければ乗れない状況となった。

荷物は全て車の中にあったが、それがないと生活できない為、ボブはアリッサに拾われて以来、中の荷物は庭に置いているか倉庫の中へしまってもらっている。

アリッサの住む家は二階建ての赤い屋根の家で、カーポート付きでカーポートの上が庭のように使える為、玄関から入れる庭はボブ専用の庭となった。

家族はそれでも別に文句は言わなかった。

ボブはバーベキューを趣味にしている為、家族でバーベキューをしたい時はボブを呼んでカーポートまで専用の荷物を運び、ボブが率先してバーベキューで焼く係を引き受けてくれる為、皆、焼けるまでのんびりと過ごせるのが良いらしい。

特に母が「楽できるから良いわね。赤ちゃんの面倒もみなきゃならないから、ボブのおかげで、助かるわ」と言っている。

子沢山であるからこそバーベキューに関してはボブの存在は大きかった。

そんなボブだが、母国に最愛の母を一人置いて旅に出てきた。

それはアリッサからも指摘されたが、ちゃんと理由がある。

ボブの母はボブと二人で暮らしていたのだが母の姉(ボブから見て伯母)が「夫に先立たれてしまったし…」と言い母に「姉妹一緒に住まない?」と提案してきたからだ。

伯母の娘パメラも、パメラの一人息子をつれ旅に出ているという。

それで母は伯母と一緒に住む事を決意した為、今は伯母に母を託している。

愛車については、アリッサに愛車はいつ直ってくるの?と頻繁に聞かれているが、実は直って来ないのである。

元々、中古車であった「WB号」は旅の疲れが出てしまったらしい。

故障に気付いた時、心の奥底で「もうダメかも知れないな」とは思っていたが、やはり無理だった。

ショックが大きいのと車で荷物を運んでいた為、直ぐに帰ります、サヨナラとはいかなかった。

荷物の運び出しやら手続き母国へ帰る資金…用意できていればとっくに帰っている。

「働いて家を探せば?それか、うちのパパに頼んで住処見つけてもらうとか…なんでも出来るじゃん、なんでやらないの?」というアリッサの言葉はいつも心に刺さっている。

それが出来たら苦労はしないってやつである。

大人の世界ではそう上手く事が運ばない事もある。

簡単だと思っている事が意外に簡単では無かったり、人それぞれ事情という物がある。

ましてボブは旅人である。

いずれ母国へ戻ろうと考えているが今ではない。

今はまだ、ここで気楽に生きていたいと思っている。

それに旅をしている真の理由は心の奥底に眠っているからだ。




休日の午後、ボブはラジオを聴いていた。

流れてくる音楽に耳を傾けゆったりとした時間を過ごしていた。庭にいるボブに向かって「ボブ、パメラさんって人から電話よ」という声が響いてきた。

ラジオを止めて後ろを振り返ると、この家の奥さんであるマーガレットがリビングの窓の所からのぞき込んでいた。

「こちらから上がってきて、電話は廊下にあるわ、階段の所よ」

「今、行きます」

立ち上がり、庭を歩いて家へ上がらせてもらい、窓の所から少し避けた所に立つマーガレットの横をすり抜けようとした時、ボブはマーガレットから「アリッサがたまに、あなたに向かって上から目線で物を言うようになってしまってるでしょ?なんだか申し訳ないわ」と言ってきた。

「気にしてませんよ」とにこやかに笑ってからボブは廊下の階段付近へ向かった。

電話に出ると相手は甲高い声で話しかけてきた。

興奮しているようだ。

「パム、落ち着いて、耳が痛いよ」

電話の相手はそれでも興奮が冷めないようで甲高い声のまま話し続ける為、ボブは少し受話器を耳から離して聞いていた。

「わかった、今度デパートへ行けばいいんだね、じゃあね」

ボブの返事から数分、相手が甲高い声で喋りまくり、ようやく電話が切れた。

「ふう、パメラ、相変わらずだなぁ」

受話器を戻しボブはマーガレットに電話が終わった事を告げ庭に戻った。

再びラジオを付けて椅子に座る。

ボブは携帯電話などは持っていなかった。

ただ単純に使わないから持っていないのだ。

キャンピングカーで移動する旅をしていると色んな国へ行く為、最低限、母に連絡を取れれば良いだけで、後は特に使うことも無い。

電波の状態や様々な事情により携帯電話が使えない場合がある為、母親の元に連絡する時はだいたい公衆電話などで連絡する事が多かった。

定期的に母へ連絡をしている為、何ヶ月も電話をかけないという時はほとんど無い。

公衆電話のない国とか特別な時は連絡も出来ないままになってしまうが、今の所、母は元気に生きているらしい。

心配させない様にふるまっている場合もあるかも知れないが、伯母がなんでも話てくれている為、母は気を使い元気なフリをしても伯母がばらしてしまう。

それでボブとしては母の現状は伯母任せにしているという事だ。連絡先は場所が変わり次第、連絡が取りやすい場所の連絡先を相手に伝えてある。

そうしてボブは旅を続けてきたが、今はこの家の居候として生活している為、ここの電話番号を伝えてあったが、電話がかかってくるのは初めてだった。

外の公衆電話を使えば海外にかける時も楽だった為、電話をかけたい時はルージュ市のデパート付近にある公衆電話を使っていた。

使いたい時は言ってくれれば使っていいと言われていたが、気をつかって使っていなかった。

しかし今回電話がかかって来てしまった。

電話の横に置いてあるメモ帳だけ使わせてもらった。

日時と時間と場所をメモした紙を見つめボブはパメラの言葉を思い出していた。

「会わせたい人がいる」

パメラは確かにそう言っていた。

パメラとは親戚同士仲が良く常に一緒だった。

父が家から居なくなってしまった時も慰めてくれたのはパメラだった。

ボブはパメラの事を実の姉のように思いパメラもそう思っていた。

パメラまで旅行に出かけたと聞いた時は、また始まったか…ぐらいにしか思わなかったが今回はなんだろう、会わせたい人と言うのはどんな人なんだろう。

ボブは頭をひねったが、答えにはたどり着かなかった。




指定された日時の日、ボブは言われた通りデパートに来ていた。

一階のメインホールのベンチでパメラを待った。

パメラが指定した場所がここだったからだ。

平日も休日も決まった時間にピアノの生演奏がある。

今はその時間ではない為、メインホールのベンチにはあまり人はいないが、いたしても“くたびれたお父さん”が転がっているくらいだった。

ずー、ずー、と聞こえてきそうな人々の姿を見ていると、静かだったメインホールにオペラ歌手のような声の持ち主であるパメラが襲来した。

「ボブ!久しぶりじゃない!」

その声に一部の“くたびれたお父さん”は目を覚ましたようだ。

ボブと同じカスタードキャットの種族であるパメラは、ボブ同様長毛種の猫の獣人で顔いっぱいにカスタードクリーム色の毛をふわふわと生やしている。

長毛種特有のふわふわな毛は、手入れを怠るととんでもない事になってしまう。

しかしパメラはふわふわの毛並みを丁寧に手入れしている。

「やあ、パム、久しぶりだね」

そうボブが言うと二人はハグをした。

パメラの後から二人の子供を連れた男がやってきた。

子供は二人共まだ赤ちゃんで、一人は見覚えのある顔だが一人は知らない子だった。

「ボブ、紹介するわね、彼はとっても珍しい三毛猫の男性なの。それと、彼の子供よ」

「初めまして、私はジョルジェ。そして娘のダニエラです」

「ボブ、ダニエラはダニーって呼んであげて」とパメラは口を挟んだ。

挨拶してきた男は三毛猫という珍しい種族だった。

さらに珍しく、男はほとんど生まれないらしい。

そのせいか彼の毛色は三色…というより二色に近かった。

色素も薄そうに見え一瞬、何色の毛の色が混じっているのか分からなかった。

しかし彼の子はそんな事無く、しっかりと三毛猫らしく三色の毛が混じっている。

パメラが自分の子を抱いてジョルジェは少し楽になったように見えた。

大人三人、赤ちゃん二人の計五人でデパート内の喫茶店に入り、席に案内されるとパメラは得意なお喋りを始めた。

興奮すると必ず甲高い声で喋ってしまうのは昔から変わらないようだ。

パメラは一人で歌うように喋っていた。

そのパメラの言葉から、二人はこの国で結婚したのだという、それで同じルージュ市に家を建てたから遊びに来て欲しいという話の内容だった。

紹介したかったのはジョルジェとダニエラだったらしい。

ボブから見てジョルジェは悪い人には見えなかった。

癖の強いパメラと結婚出来るような男だ。それなりに良い人なんだと思っていた。

しかしジョルジェは実はボブを良く思っていなかった。

パメラから頻繁に話を聞いていたが、ボブの事は本来、話してほしくなく距離を取って欲しかった。

しかし親戚という間柄、そう上手くは引きはがせそうになくジョルジェは気分最悪といった感情でボブと会っていた。

ジョルジェはボブたちの母国の隣の国出身らしく、パメラがその国を旅行している時に出会ったらしい。

訛りはあるものの共通語の会話がスムーズに行きボブは安心した。

ジョルジェは人当り良さそうに会話していたが、内心「我が家には遊びに来てほしくない」と思っていた。

“こんなやつを我が城に招待しなきゃいけないなんて”という気持ちが頭の中でバチバチと燃えていた。

そんな気持ちを隠しながらの会話でジョルジェは疲れていたが、敵に弱みは見せまいと必死にクールな自分を演じていた。




「じゃあまたね!」とパメラが言い四人は去って行った

喫茶店で長々と喋った後、五人は喫茶店を出てデパートの出入り口付近で別れた。

ボブは再び一階メインホールのベンチに座った。

あれから時間が経っているはずなのだが、ベンチで座っているのは相変わらず“くたびれたお父さん”だった。

変わった所といえばお父さんと子供が一緒にくたびれているベンチがある所だろうか…。

よく見るとちらほらお父さんと子供がくたびれているベンチが増えていた。

そしてうなだれている買い物袋の数々…。

所々で「ちょっと!お父さん!ちゃんと見ててよ!よれてるじゃない!袋が!」という女性の声が響く。

メインホールはお父さんと子供の寝室でありながら、女性にとっては寝ている家族が憎い場所であるようだ…。

女性特有の甲高い声が響くたび、目を覚まし現実を見つめなければならないお父さん(または子供達)がいるようだ。元気でシャキシャキしている女性とその後ろを歩くお父さんと子供達は立ち上がってもくたびれた背筋のままだった…。

「ボブ」との声にボブは顔を上げた。

「お母さんに言われてここまで来たのよ、感謝して」

「ありがとう、アリッサ」

「今日の夕飯はバーベキューだから仕方なく、買い物に付き合ったげる」

「君はいつも優しいね、アリッサ」

「べーつーにー!ボブの為じゃないわよ」

「今日の仕事は終わったのかい?」

「うん、アイリーンが気を利かせてくれてね。感謝しなさいよ!」

「そうだね、アイリーンにも後で感謝しとくよ」

そう二人で会話しながら地下のスーパーへ向かった。

アリッサはやけに楽しそうにしていた。

ボブはそんなアリッサの顔を見て安堵している。

今はまだ尖がってしまった所が出っ張って来てるが、いつか大人になればアリッサも少しは丸くなるだろう。

親戚のおじさんポジションで見守っていたいとボブは思っていた。




パメラの家へ行くと約束した日、ボブは寝袋で寝ていたがやけに重たく感じて目が覚めた。

目が覚めると、どうってことない感じで安心したが、やけに変な夢を見ていた気がする。

人の良さそうなジョルジェが黒いローブを身にまとい、良く分からない呪文を発しているような夢だった気がするが、気のせいだろうと思い起き上がった。

ラジオを付けて朝ご飯の支度にとりかかった。

食材はマーガレットに頼んで買ってきてもらっている。

その代わり赤ちゃんの面倒を見たりマーガレットの手伝いをしている。

幼稚園に通う子のお迎えなどもボブの担当だった。

買い物についていき荷物持ちの役割を担う時もあったり、家で居候させてもらっている以上、家族の役に立つよう積極的に動いている。

母の事を手伝ってきたボブは家事を手伝うのは当たり前だと思っている。

ボブ自身も大好きな母の為喜んで手伝ってきたのだ。

その相手が母からマーガレットに変わっただけである。

お互い助け合うのは特に何も思わなかった。

それで、ここへ居候させてもらっても文句が出ない理由の一つなのだが…。

そんなマーガレットが買ってきてくれた食材はパンとチーズとケチャップともちろんビーフ肉だ。

これで簡単ではあるが外でもハンバーガーが食べれる。

母が作ってくれたダブルビーフハンバーガーを思い出しながら作っていく。

この間は久しぶりにパメラに会いとても楽しかった。

やはり旅も良いのだが久しぶりに故郷も恋しくなった。

“母にも会いたい。”

ボブは母親の顔を思い出したが、これ以上思い出してしまうともっと恋しくなってしまう為、心の中にある『思い出ボックス』という所にしまい込んで料理に集中した。

風がやけに冷たく感じるが、これは心に吹く風が冷たいせいだろうとボブは思う事にした。




食事を終えて出かける準備をしてボブは庭を出た。

今日もデパートで待ち合わせだが、今日はデパート前で会う事になっている。

ボブはデパートまでの道を歩きパメラは今どんな家に住んでいるのだろうと想像した。

ビックリ箱のような家だろうかそれとも遊園地のような家だろうか…。

昔からパメラは「普通」をあまり好まなかった。

何かと刺激を求めた。

旅だってそうだ。パメラが旅へ行くのは「非日常」を感じる為である。

「なにか刺激がなきゃ、生きてて意味が無いわ」というのがパメラの口癖である。

パメラの元旦那とは最初こそ上手く行っていたがそのうち「君にはついていけない!」と別れを切り出された。

そして離婚したのだ。

それからは一人息子を連れて、なんだかんだとボブと一緒にいたが、ボブが旅に出て以来、会っていなかった。

まさかこちらで再婚しているとは思わなかったが…。

この間の話では「ボブがこの国にいるから、どんな所だろうと思って調べたのよ!自由なところって書いてあって、どれだけ自由なのかしら?って思って来たのよ。そしたら本当にここは自由の国で驚いたわ、私達がいた国も、自由をテーマにした国だったけど、ここまでではないもの!差別だってあるし。それなのにここは差別もない。どんな人も受け入れてくれるし、ホント、すごい国ね!気に入ったわ。まぁ、天気が毎日どんよりしてるのだけが、マイナスな部分だけど…」と言っていた。

パメラは晴れた天気がお気に入りだった。

何かあると直ぐにお祭り騒ぎになる母国はパメラに合っていると思ったが、まさか旅行で来るのではなく住み着くとは…。

ボブにはそれだけが意外だった。

そうこうしているうちにボブはデパート前まで着いた。

辺りを見渡したがパメラの姿は無かった。

それからしばらく待ったが、パメラはなかなか姿を現さない。

仕方なくボブはデパート前から少し移動する事にした。

赤ちゃんがいるから大変なのだろうと思い直し、デパートからトラムも走る大きな道路を渡ってボブはデパートの向かい側まで来た。

デパートの向かい側は大きな公園となっている。

デパートが見渡せる場所で少し休む事にした。

こうして一人でいると、この国でアリッサと出会った時の事を思い出す。

あれからもう何年もたったが、今でも鮮明に思い出せる。

アリッサは最初天使かと思えるほどの子だった。

頭に茶色い縞模様のついた天使は初めて見たと、その時は思ったがそれは天使ではなくただの子供だった…。

しかしそれからずっと彼女の成長を見守ってきた。

アリッサの存在はボブにとって支えとなっていた。




公園のベンチで待っていると「ボブ、ここにいたのね、遅くなってごめんなさい」というパメラの声が聞こえ、ボブは声が聞こえた方へ顔を向けた。

ちょっといつもより声のトーンが低かったのが気になったが、パメラを見つけハグすればあまり気にならなくなったが、顔色はそこまで悪くないがどこか元気が無いようにも感じた。

「パム、ジョルジェはどうしてるんだい?」

「あぁ、家で待っているわ。行きましょう、ボブ。こっちよ」

そう言われパメラの横に並んだ。

いつもパメラとは横並びで歩く癖があり、この間はそれをジョルジェにやんわりと指摘された。

その時はパメラがなだめてくれたが、今日はジョルジェは家で待っている。

ボブは気にせずパメラと横並びで歩いて行った。

横にいるパメラは相変わらずお喋りではあるが、どこか声が弾んでいない。

遅れたのと何か関係があるのだろうか…。

パメラはそこまで遅刻するような事は無かった。

今まではある程度、遅れる事はあっても三十分以内には来てくれる。

旅行は時間が関係してくる為、パメラは乗り物に遅れないよう動く癖がある。

子供が出来てもあまり変わらなかった。

今日もそこまで遅かった訳ではないのだが、パメラはなんだか落ち込んでいるようだった。

でもそれは遅れて来た事に対して申し訳なく思うような感じではなかった。

それは確かに“遅れてすまない”という気持ちは持ち合わせていたが、それだけではない気がしたのだ。

そうするとジョルジェ、子供二人の事…またはそれ以外に何かあったのだろうか?

ボブはパメラの言葉に何かヒントが無いかを探したが、特には見つけられなかった。

しかし、パメラの家の中にパメラがあまり元気ない様に見える原因が待っていた。

「やぁ、おかえりパメラ、ボブも!いらっしゃい」

ジョルジェはやはり人の良さそうな顔をしていた。

パメラの家は玄関に入るとすぐ下へ下がる階段があった。

段数は少ないが何段か階段を下がらないと部屋の中へは入れなかった。

階段を下がるとそこはリビングで、壁には壁面収納や黄色いソファーセットなど。

黄色はパメラの趣味だと直ぐに分かった。

「パムらしい、良い部屋だね」

「ボブ、この間も言ったが、パメラの事、気を付けてくれ、君の親戚だという事は知っているが、あまり親し気にされると、その、君の彼女みたいに見えてしまう時があるから」

「あぁ、すまない、そんな気は無いんだが、気を付けるよ」

そこにパメラが口を挟んだ。

「ボブ、座って話しましょう」

「そうだな」

そこへまたもジョルジェは「パメラも気を付けて、君の夫は誰なのか、ちゃんと頭に入れといてくれ」

「ジョルジェ、分かっているけど、そこまで言わなくても…この間も説明したじゃない、ボブとは姉弟みたいに育ったって」

「あぁ、分かってはいるよ。分かってるさ。でも、その…」

「ボブ、気にしないで座って」

「あぁ、じゃあ、あの、失礼して」

そう言ってボブは玄関前の階段付近から移動しソファーへ座らせてもらった。

随分気まずい雰囲気であるが、ボブは会話を探そうと部屋を見渡した。

二人はやけに怪訝そうに相手と喋っている。

この二人の間で何かあったのだろうか?

子供達は二人共ベビーサークルの中で大人しく遊んでいる。

大人だけがなんだかぎくしゃくしていた。




話はパメラがやはり中心である。

パメラは二人の中をなんとか良くしようと思い、ボブの方も歩み寄ろうとジョルジェに話しかけるが、どうも会話が弾まなかった。

その後、パメラ、ボブ、ジョルジェの三人は家の中を案内しながら歩いた。

二階はキッチンとダイニングでスキップフロアという短い階段や段差が部屋の中にあり、ワンフロアではなく細々と階段や段差を上がると部屋があるような仕組みになっていた。三階も同じようにワンフロアではなく短い階段を上がるとまた新たな部屋が現れた。

三階は主に夫婦の寝室と子供部屋らしい。

全ての階を見終わり三人が一階へ降りてきた。

ジョルジェは終始不機嫌そうについてきた。

ボブは気にしない様にパメラの後について歩いた。

何かあれば直ぐに後ろのジョルジェから指摘される為、気が気じゃなかったが、とりあえず無事に部屋案内が済んだ。

水回りは今回プライベート区間と言いジョルジェは見せなかった。

「本当は寝室だって見て欲しくなかったんだが」とジョルジェは言い、早く帰ってくれと言いたそうな顔をしていた。

「ご飯くらい食べてったら?今日はピザを頼むの」とパメラに言われたがジョルジェは「ボブは居候のお宅にお世話になってるんだろう。いい年して家庭も持たずにフラフフラと。そんな奴にあの美味しいピザ屋のピザを食べさせるのか?」と言った。

さすがに「止めて!あなたのそういう所、良くないわよ!」とパメラが怒鳴った。

ボブは「パム、事実だしあまり…」と言ってしまった。

それが引き金となりジョルジェは「君は!もう帰ってくれ!」と怒鳴った。

ボブは「ジョルジェ、パメラ、オレはもう帰るよ、色々ありがとう。じゃあまた」と早口で言い足早に玄関前の階段を駆け上がった。

息が切れていたが、急いでその場を離れる為、ボブは少し速足で家まで帰った。




いつもの庭でボブは一人ラジオを付けて椅子に座った。

そうすると少しずつ心が落ち着いてきた。

走るのは苦手である。

それに今は庭で生活している為、ほとんど動かない。

運動不足がボブの体を襲っていた。

全身疲れ息が上がったまま戻らない。

大きく「ふうーっ」と息をつき、ラジオからの音に耳を傾けた。

ボブはあれだけジョルジェが自分の事を嫌っているとは…何かしたのか?と思ったが、心当たりは無かった。

あるとしたらパメラとの距離感が近くて怒っているように見える。

今まで距離感が近いと言われたことは無かった。

パメラが最初の彼氏を作った時も最初の結婚をした時も。

パメラはボブに彼氏を紹介してくれて、彼氏を含めた人数で頻繁に会う事もあったが、そこでいつも通りパムと呼んだりしても隣に立っていても何も言われなかった。

なんでも話してくれるパメラでさえ特にこう言われたとは言わなかった。

ボブの中で何もおかしくなく、ごく普通の事でパメラも同じく考えている。

男女の関係ではなく親戚のしかも姉弟のように暮らしてきた二人に「男女関係がありそうだ」と言ってきたのは二人の記憶を探っても誰も出てこない。

そうなるとジョルジェ個人の問題となってくる。

パメラはそれでジョルジェと口論になっていた。

となると今回の待ち合わせで遅れてきたのは、ジョルジェと口論していたのかも知れないとボブは思い始めた。

声のトーンが落ちる時はだいたい彼氏や夫と口論になった時が多かった事をボブは思い出した。

「今回は、上手く行くと良いんだが」

もうパメラの悲しそうな顔は見たくないと思っていた。




一方、ボブが急いで帰った後のパメラとジョルジェは、リビングのソファーに座り何やら話し合っていた。

すぐさま離婚などはしないようだが、ジョルジェの怒りは収まってないようだった。

「パメラ、君の言いたい事は分かってる。でも、やっぱりボブと君は、距離が近すぎる、散々気を付けてくれと言ってるのに、全く…どうして分かってくれないんだ」

「あなたのその嫉妬深さは、嫌っていうほど分かっているし、理解しているつもりなんだけれど、まだダメなのかしら」

「ダメだから言ってるんだ、パメラ…やはり」

「はいはい、分かったわよ。ジョルジェの言う通りにするわ」

「それで、改善出来なきゃ、また対策を考えなければ…。」

パメラは“無理ねボブにそれは逆効果だわ”と思ったが口には出さなかった。

それでジョルジェが納得するとも思えなかったが…。

今はとりあえずジョルジェの言う事を聞くしかなかった。




その日の夜。

ジョルジェとパメラは、ジョルジェがお気に入りのピザ屋にピザを頼む予定だったが、ボブがいれば食べ損ねてしまう所だった。ボブも気に入ってしまえばジョルジェは気分が悪い。

しかし今、敵はいないし美味しいピザを大好きなパメラと食べる事が出来る。

ジョルジェはウキウキでピザ屋に電話した。

メニューなどを伝えるとピザ屋は配達時間を告げた。

いつも通りの配達時間である。

ジョルジェはさらにご機嫌だったが、切れたはずの電話が再び鳴りジョルジェは置いたばかりの受話器を取った。

「hello」と陽気なオバサンの声が耳に届いた。ジョルジェの体に緊張が走った。

相手はまぎれもなくパメラの母親だった。

ジョルジェは返事をして要件を聞くと、パメラに変わっってくれと頼まれた。

その時ふと良いアイデアが浮かび、パメラの母親に「ちょっと待ってください、呼びますけど、私の話を少し聞いて欲しい」と言いジョルジェは頭に浮かんだ事をパメラの母親へ伝えると「あら!それは良い考えね!分かった、お手伝いさせてもらうわ」という返事を貰えた。

そこからパメラに変わり、親子はピザが来るまでずっと話していたが、ピザが食べ終わっても再び電話がかかって来て、結局数時間も電話は切れなかった。

電話が長いのは正直どうでも良かった。

母と娘の会話というのはどうしても長電話になりやすい。

その辺は配慮するが、ボブと聞こえるたびにジョルジェはそわそわした。

電話が終わった後のパメラに「ボブの事を話してたようだが…」と聞くと状況説明やボブの母親についての事を聞いていただけと聞き少し安心した。

家族だからしょうがないがやっぱりボブみたいな男とパメラが親戚なのはどうしても嫌だった。

でもこれでボブも一人前の男になれると思うとジョルジェは良い事をした気分になった。




ボブはあれからパメラに会わないでいる。

折角、再会出来て嬉しかったし、パメラが新しく再婚していたのも良かったと思った。

しかし、最初は相手の事を良い人だと思っていたが、所々ボブが気に入らないらしく、嫌みを言われるのが嫌だった。

パメラは何も変わらないのが嬉しかったが、また会って話をしたいが、ジョルジェがいれば無理だろう。

パメラが自分に会いたいというのも気に食わないだろうし、どうしたら良いのかとボブは悩んだ。

そんな時、花屋の仕事が休みで家にいたアリッサが窓を開けてボブの名前を呼び「ボブのオバサンって人から電話だよ」と声をかけられた。

「あぁ、今行くよ」と返事をしてボブは家の中に入った。

この間パメラと再会出来た事を報告したばかりだったが、まさかこんな短期間で電話がかかってくるとは思わずボブは内心「母に何かあったのでは?」と思った。

ドキドキしながら受話器を手に取り耳に当て「hello」と言うとパメラみたいな甲高い声がボブの耳に届き、爆弾が爆発するから急いでいるの!と言いたそうな早口で要件をまくしたてた。

要するに伯母は「あなた、まだ結婚しないの?いつ結婚するの?今の子は誰?あなた若い子に手を出したの?ねぇ、ボブ、いつになったら私達を安心させてくれるの?そういえばこの間、ジョルジェに言われたわよ?あなたお見合いしたいの?もうー、早く言ってよ、やっとその気になってくれたのね!伯母さん、良い子紹介してあげるからね、直ぐに会わせるわ。あっ、パメラとジョルジェと仲良くしなさいよ。身内同士なんだから、じゃあね、また連絡するわ。あっ、あなたのお母さんは今、ダンス教室に通いだしたの!ハンサムな先生がいらっしゃるんですって!だから私も通う事にしたのよー。ますます綺麗になっちゃうわー。あらいけない。お鍋焦げちゃう!じゃ、ボブ、元気で暮らすのよー。あっ」という事だった。

それ以上に何か言われた気がするが気にしない事にした。

ほんの数分の気がしたが、時計の針は思っていたより進んでいた。

ボブは庭に帰る途中アリッサにお菓子を買ってきてくれと頼まれた為、庭に出てすぐ玄関へ向かった。

近くのスーパーまで行きアリッサに頼まれたお菓子を買い家まで戻る。

それまでに頭は整理させるつもりだったが思いのほか時間がかかった。

“ジョルジェか…”

伯母の話ではジョルジェが伯母に「ボブはお見合い相手を探している」と言ったらしい。

もちろんそれはジョルジェの嘘だ。

ボブはなんだかショックを受けた。

そこまでしてパメラに近付いて欲しくないのだろうか?

自分達が姉弟のように育った間柄だと何回説明すれば良いのやらと思っていたが、そうではない事に気付いた。

説明は必要ないのだ。分かっててジョルジェはパメラに自分をくっつけさせたくないのだ。

とんだ『やきもち焼き』だとボブは思った。

独占欲が強いのか…なるほど。

そう考えだしたらなんだかスッキリした。

アリッサにお菓子を渡してボブは庭に戻った。

ラジオは心を静めてくれる最高のパートナーだ。

考え事するにも最適だし寂しい夜もそばにいてくれるありがたい奴だった。

ボブは椅子に座り事を整理した。

お見合い相手が来る前に対策を練れるなら練っておこうと考え、ラジオに耳を傾け考える事に没頭した。




ボブが再びパメラとあった時はジョルジェは外出中だという為、ボブと会うとはちゃんと伝えて外へ出てきたらしい。

デパートの喫茶店で会った二人は飲み物を飲みながら主にパメラが話していた。

「お見合いの事、母から聞いたわ。相手の話も聞いたわよ。近所のオバサンの知り合いの、そのまた知り合いの…だったかしら?とにかく知り合いの、知り合いの娘とかで、こっちには仕事で来てるみたいよ。ボブ…嫌ならちゃんと、私が…」

「パメラ、君はジョルジェのやきもち焼きについて知ってるよな?大変じゃないか?大丈夫か?」

「ボブは気付いていたのね。大丈夫よ、その、それ以外はとても良い人なのよ。でもね、前もそうだったみたいなんだけど、その、パートナーの異性関係には神経質になっちゃう人なのよ。それで離婚されたらしいわ。本当は、ボブとも仲良くして欲しいんだけど…、ボブも無理してジョルジェと仲良くしなくて良いわよ」

「うん、パム、気遣ってくれてありがとう」

「実は、今回もジョルジェが母と話したらしいの、ジョルジェは、その、知らないから、ごめんなさいね?」

「伯母さんからの電話で聞いたよ」

「ボブ…」

「気にしないで、パム。それよりお見合いの事だけど…ジョルジェと君と子供達も参加してくれないか?実は、バーベキューで、もてなしたいと思ったんだ。パムとも久しぶりに会えて嬉しいし、お見合い相手にも“おもてなし”が必要だ。」

「それは良いわね!ボブ、最高よ!」

「場所は、これから考えるけど、全て決まったら電話するよ」

「分かった!あぁ、楽しみだわ!」

パメラの笑顔が久しぶりに見れてボブはとても嬉しくなった。

やっぱりバーベキューは人を幸せにする力があるのかも知れない。

ボブは後は場所さえ確保できれば…と思っていたが場所の検討はそれなりについているがそれが許可されるかが気になった。

ダメならまた考えなければいけないからだ。




ボブは家に帰り家主の帰りを待った。

夫婦二人そろっていなければダメだ、後は子供達に関してはどうするのが最善だろうと考えた。

庭で考え事をしていると待ち人が現れた。

「ただいま、ボブ」

「おかえりなさい、そうだ、丁度良かった、チャールズさんにお願いがあるのですが…」

チャールズと呼ばれた男はアリッサの父親だ。

チャールズはトラムの運転手だが今日は早番だったらしい。あまり遅くならずに帰ってきた。

ボブの提案を聞くと快く引き受けてくれた。

しかしそれならうちの家族も参加させてくれ。カーポートの上を使うのはどうだろう?荷物は私も運ぶのを手伝うからそれでどうだ?」

「それならそれで、ありがたいです。おもてなしに呼ぶ人にあなた方にも会ってもらいたい人がいるから、助かります」

「じゃあ、決まりだな。で、見合いはいつなんだ?」

ボブは日程を伝えると「分かった、妻にも話しておくよ」とチャールズは言ってくれた。

チャールズは一旦玄関の方に戻り玄関から中に入って妻に「ただいま」と言ってから今ボブと話した内容を伝えた。

妻のマーガレットはとても喜んでくれた。

この家族はバーベキューと人助けが大好きだった。

それで今回はオッケーしてくれたらしい。

ボブはオッケーだと聞くとどれだけここの家の人は親切なんだと思ったが、それで自分も助けられたんだと思うとこの家族に拾われた自分はとてもツイてるんだと改めて思った。

全ては「アリッサ」という天使のおかげだ。

名前から連想できそうなのは天使というより花の妖精の方が合っている気もするが…。

これでボブは、「バーベキューのボブ」という名前でお見合いに挑んでも恥ずかしくない。

むしろやる気が出てきた。

前に進むことも必要だろう、いつまでも立ち止まってはいられないらしい。

ボブは予想外にお見合いの日が待ち遠しくなった。

これでジョルジェに少しでも安心してもらえれば良いのだが…とボブは思った。

ボブは結婚願望が無い。

だからってパメラとの関係が変わる事は無い。親戚であって“姉弟”と一緒である。

たとえ分かっていてもボブを良く思わないのは変わらないかもしれないが…。

ボブは小さな希望の光を信じた。




その日の夜ボブが寝ようとすると誰かがやってきた。

「ボブ、起きてる?」

「ん?」

「私だけど」

「あぁ、もしかしてアリッサか?」

「そう」

「どうした、こんな時間に」

「寝れなくて…、ねぇ、パパから聞いたよ、お見合いするんだって?」

「あぁ、気が乗らないけどね。ちょっと色々あって」

「ボブも結婚したいと思ったりするんだ?」

「いや、結婚は考えてないよ」

「じゃあ、どうして?」

「パム…従姉妹がね、結婚したんだけど、その旦那さんが、オレの事はあまり良く思ってないみたいで、それでお見合いが決まったんだ」

「ふーん」

そこでアリッサはボブの寝袋の近くに荷物が置いてある事に気付いた。

「いつも大事そうにその荷物抱えてるよね?なにが入ってるの?」

「もちろん、宝物さ」

「ふーん」

「それは、オレの父親がくれた物なんだ」

「えっ、ボブの父親ってどんな人?」

「もう、ほとんど覚えてないんだ」

「そうなの?」

「あぁ、もうずっと会ってない」

「ふーん。あっでも、ボブのママの事は忘れないでしょ?」

「当り前さ、マミーは世界一愛してるよ」

「好きな人とかいないの?」

「…いないよ。オレは恋には生きないって決めてるんだ」

「なにそれ、変なの」

「アリッサ、君はそういう年頃じゃないのか?」

「やめてよ、パパみたいな事言わないでよ!」

「ハハッ、君のパパは、君に恋人が出来たら倒れてしまいそうだなっ」

「あー、そうかも。昔好きな子がいるんだって喋ったら、ウザいくらいどういう奴だって聞かれたから…まだ小さい時だつたけど、その時は、あの優しいパパが、怖い顔で攻めてきたから、なんだか嫌だったな」

「父親ってそういうものだって、聞いた事があるな」

「なんか、父親ってめんどくさい」

「まぁまぁ、それだけ可愛がっている証拠じゃないか?」

「よくわかんない」

「アリッサ…いつか君が恋をしたら、チャールズさんを悲しませないような恋をすると良い、幸せになれる」

「なにそれ、変なの。ボブらしくないよ」

ボブは微笑むだけで何も答えなかった。

ボブの宝物箱はアリッサがくれた物やマミー特製のハンバーガーのレシピや母親と自分の写真そして色あせた写真が入っている。

その色あせた写真には若い女性が映り込んでいる。

旅に出る前ボブが宝箱ごと積んできた物でずっと大事にしまっている。

宝箱を見つめるとボブは決まって昔を思い出す。

まだ父と一緒に暮らしていた時、父はクリスマスでも誕生日でもない何でもない日にこれを買ってきた。

どこから買って来たかも分からないが、父がふらっと立ち寄った店で買って来た物というのは分かった。

それを受け取った時からボブはずっと大切に持っている。

「男には、大事な物をしまう宝箱が必要なんだ。おまえも大事に持っていなさい」

と言った父の言葉だけは、消えずにボブの心に残っている。

父がボブの元を去りショックと悲しみがボブを襲った時父から貰った数少ない物は壊したり捨ててしまったがこれだけは壊すことも捨てる事も出来ずに今も持っている。

その日ようやくアリッサは部屋に戻った後ボブも眠りについた。

夢の中で真っ暗な世界にいるボブは誰かが目の前にいる事に気が付いた。

ボブが話しかけると聞きなれた声で「ロバート」と呼んだ。

一瞬ジョルジェかと思ったがジョルジェは「ボブ」と呼んでくれている。

母もパメラもボブの事を呼ぶときは「ボブ」と呼ぶ。

声は大人の男性の声だった。

『ロバート、男は旅に出てこそ、一層輝く時が訪れる。悲しむな、君には守るべきものがいる。』

『ロバート、君はどんな音楽が好きなんだ?良い曲と男は、パートナーであるべきだ』

『ロバート、オレの事はあまり好きじゃなさそうだな。君はマミーが一番好きだからな。君は君の守りたいものをちゃんと守るんだぞ。良いか?よく聞け。オレは君のマミーと別れる事になった。これからは君がマミーを守るんだ。オレの代わりにな。大事に守ってくれ、分かったか?ロバート』

父の言葉だけがボブの耳に届きボブは一言も喋れなかった。

なぜ自分だけロバートと呼ばれるのか、なぜパメラは「パム」と呼んで自分だけ「ロバート」なのか、教えて欲しかったが教えてもらう前に父は母と離婚した。

なんだかんだと言っていたが、父はボブに「オレのようになるな、女を泣かせる男はダメな男だ」という言葉や「離れていても、いつでも君を息子として愛している」といった言葉をボブに向かって言ってから去って行った。

「ロバート」という名前は父が付けたと母からは聞いていたが、理由までは知らずに生きている。

いつか父に由来を聞こうと思っていたのに、父は自分の目の前から居なくなってしまった。

今は顔も思い出せないが…。

ボブは夢の中に出てきた父親の影のような物に口からは言葉として発せないが心では「元気で居て欲しい」と願った。

それが陰で通じたらしい。

うっすらと微笑む父親の顔が見えた気がしたが再び消えていった。




目が覚めると、ボブは涙を流していた。

まさか父親の夢を見て涙を流すとは…。

初めての経験だった。

冷水で顔を洗う為、ボブは寝袋から抜け出し水道の場所を目指した。

朝から冷たい水を浴びシャキッとしたのと同時に父の愛読書を思い出した。

確か【偉大な冒険家】という本だった気がした。

それと同時にその本の作者の名前を思い出した。

“たしかロバートだった気がする”

そこでボブは「なるほど、そういう事か」と思い当たった。

父がロバートと名付けた息子は自分自身で「ボブ」というあだ名で皆から「ボブ」と呼ばれているが、父だけは本名の「ロバート」と呼んでいた理由。

それがようやくわかったのだ。

そう言えば父は家を出る時、母の若い頃の写真をボブに渡した。

「オレの最愛の妻の写真、これはオレにとって一番の宝物だ、だからお前が持っていてくれ」とボブに渡した色あせた写真…。

それは今もボブの宝箱の中に入っている。

母は昔「あなたのダディたらね、私はオシャレしてったのに、冒険家に憧れてた時だったから、冒険家スタイルで来たのよ!これが一番のオレのオシャレだ!なんか言っちゃって!オシャレなレストランに入れなかったんだから!」と、言っていた時がある。

色あせた写真はその時の写真らしいが、確かに母はオシャレなワンピース姿なのに頬を膨らまし目は吊り上がった顔で写真に写っている。

その後、プロポーズの時はちゃんとした格好でちゃんとしたレストランでプロポーズしてくれたらしいが…。

母のお気に入りの一着を着ていたのを知っていたからか「君はその恰好が一番似合うよ」とも言っていたらしい。

昔、母はその事を頬をピンクに染めてボブに語ってくれた。

しかし、結婚から何十年も年も経ってから「冒険家には、やはり結婚して、安住の地を手に入れる。というのは必要ないみたいだな」と訳分からない事を言って母に離婚してくれと頼んだらしい。

「冒険家なんて訳分からない事ばかりだわ」と母が言っていたのをボブは今でも思い出す。

両親が離婚して二人きりで生活し伯母が一緒に住まない?と提案してくるまで母との時間はボブにとって宝物だ。

それからは旅に出ている為、離れ離れだが、気持ちは通じ合っている。




ボブは空腹である事に気付き、今日は簡単なピザでも食べる事にした。

しかし簡単なピザといってもあまりピザは食べないボブにとって、簡単なピザという物がとても難しかった。

「うーん、ピザか。ダディが作ってくれたピザでも作るか。」

その声に「えっ、ピザって簡単に作れるの?」とアリッサ。

「ん?アリッサ、おはよう、君にしては珍しく早起きだな」

ボブは窓の方を見た。

アリッサはパジャマ姿でそこに立っているがアリッサの後ろにもう一人いるようだ。

「ボブ、私にも作り方教えて欲しいのだけど」と寝起き声でボブに話しかけてきたのはアリッサの母のマーガレットだ。

「マーガレットさん、良いですよ。記憶の片隅にあるレシピですから、上手く作れないかも知れませんが」

「かまわないわよ、キッチン使う?」

「いえ、外で作ります」

「じゃあ、アリッサと着替えてからそちらに向かうわ。アリッサ、お着替えしてきなさい」

「うん」

そうアリッサが返事をすると二人は各々の部屋へ戻って行った。

ボブはそれまでに準備をした。

その時ふとジョルジェの事を思い出した。

「ジョルジェはピザが好きで、頻繁に宅配ピザを頼んでいるから、今度、ジョルジェにピザを焼いてあげて?叔父さんはピザが好きでよく焼いてたでしょ?ボブも作れるでしょ?」とパメラに言われた事も思い出した。

その時も今日先ほどマーガレットに言った事と同じ事を言った気がする。

今日作ってみて、上手く出来たら今度のお見合いでも出してみようとボブは思いついた。

しばらくして着替えを済ませた二人が庭にやってきた。

ピザを焼く手順を思い出しながらボブはピザを焼いた。

初めは思い出すまで時間がかかり、手が止まってしまう事もあったが、なんとか作業が進むうちに思い出す速度が速まり出来上がった。

三人でピザを食べ談笑し、今度のお見合いでふるまおうと思い始めた事を告げると、「あら!いいじゃない!これならそこまで手間かからないし、うん、味も美味しいから大丈夫よ」とマーガレットに言われそれならとボブはお見合いでの料理の一品に加えた。

二人はピザを食べ終わると家の中へ戻り支度が終わると仕事へ出かけて行った。

アリッサ以外の子供達も簡単に朝食を済ませ出かけて行った。

アリッサの父はもうすでに仕事場へ行っている為、家にはボブひとりになった。

片付けをし、いつもくつろいでいるイスでラジオを聞いているとボブは耳を疑う出来事に遭遇した。

ラジオから男性が手紙を読む声が聞こえてくる。

ラジオ番組の企画で誰かから来た誰か宛ての手紙を読むコーナーだ。

姿形の分からない誰かが書いた手紙を本人に代わりラジオ番組内で企画を進行している男性が読んでくれる。

ラジオを通して誰か宛ての手紙が読まれる。

時におかしく時に悲しくなるコーナーだ。

自分宛ではないのだが聞き手も色々な感情が生まれる為、結構な人気コーナーだ。

そこで次の手紙が読まれることになった。

『宛名…誰だか分からないですね、匿名希望の方らしいです、では、読ませていただきます。「十年後のあなたへ」匿名希望の方からのお手紙です。

【バーベキューのボブへ、元気にしてますか?あなたは今、どこにいるのでしょうか?私のそばにいてくれているのでしょうか?私は今、ボブの寝顔を見ながらこれを書いています。バーベキューのボブ、あなたは今でもマミーの作ったハンバーガーは世界一と言いながら、バーベキューをしていますか?ボブ、あなたに謝らなければいけません。ごめんね、ボブ、会いたいです。】

バーベキューのボブさん、聞いていらしたら、私からもお願いです、「マミーのハンバーガー」は私も食べてみたいですね、世界一美味しいらしいですから、おっと、匿名希望かと思われたこの手紙、差出人のお名前がありましたね、『アリッサ・ホワイト』さんからのお手紙でした。」

その名前を聞いて、ボブは凍り付いた。

その名前の人物が自分の知る「アリッサ・ホワイト」ならば彼女はもう十年前に亡くなっているからだ。

しかし「バーベキューのボブ」と呼ばれる人物が自分以外に存在するのだろうか?

しかも「マミーのハンバーガー」の事まで知っているとは…。

「アリッサ…君なのか?この手紙はいったい」

『アリッサ・ホワイト』

この家の娘であるアリッサは「アリッサ・メイプル」という名でホワイト姓じゃない。

ボブの知る「アリッサ・ホワイト」という名の女性で十年前に亡くなったその人ならボブの最愛の恋人だった人だ。

アリッサ・ホワイトの父親により交際を認めてもらえず、最後には死した最愛の彼女である。

その名前を今更聞くなんて…。

ボブは凍り付いたまま動けなくなると同時に、過去を少しだけ思い出した。

彼女の父親に「娘はお前のせいでおかしくなった」と言われた。

彼女はボブとは別の国で生まれ育った女性で、父に反対されながらもボブと交際していたが、とある日、彼女はボブの姿を追いかけた際、亡くなる事となった。

「バーベキューのボブ」というあだ名も彼女がボブに付けたあだ名だ。

それ以来ボブは人に会うと必ず「バーベキューのボブ」と名乗った。

自分が気に入っているあだ名の一つだ。

凍り付いた体を動かそうにも動かせずにいると、郵便配達の人がポストの前で首をかしげているのが見えた。

ガタガタ震えながら動き、恐る恐る声をかけると「あぁ、この家の方ですか?実はこの家に手紙を届けたいのですが。ここはメイプルさんの家ですよね。住所はここなのですが、名前が別の人の名前で届いているんですよ」という郵便配達の人に言われ名前を確認するとボブ宛ての手紙だった。

それとなく自分であると伝えて手紙を受け取り郵便配達の人を見送った。

いつものイスまで戻り、座ってから手紙を開けると母からの手紙と見慣れない手紙が封筒ごと入っていた。

封筒を見ると見慣れない文字で自分の生まれ育った国の住所と自分の名前そしてアリッサ・ホワイトの住んでいた国と家の住所女性の名前が書いてある。

先に母からの手紙を読むことにしてその封筒はテーブルの上に置いて母からの手紙を広げた。

内容は母の現状と伯母の事が書いてあった。

それとこの謎の手紙が届いたからチャールズ・メイプルさんの家に送ります。との事だった。

なるほど、だから母から手紙が届いたのかとボブは納得した。

次にボブは意味不明の手紙を読まなくてはならない。

テーブルにある手紙を取り、代わりに母からの手紙を置いた。

ボブは見慣れない文字が書いてある封筒を破き中の手紙を取り出した。

手紙を書いた女性はどうやらアリッサ・ホワイトの妹らしい。

今更なんの用だと思いながら手紙を読んでいく。

手紙の内容は謝罪から始まった。

そして姉の死についての事と、つい最近父が亡くなったと書いてある。

ラジオでの投稿も自分がやったと書いてあった。

全部の内容を読み終えて日付を確認すると随分前に書かれた物だったらしい。

ここまでたどり着くのに時間がかかるのはしょうがないが、出すのにも躊躇したり国から国へ渡るのに時間がかかったのだろうと察しがついた。

ラジオは奇跡のようなタイミングで流れただけのようだ。

ボブはこの手紙が届いた事で安心することが出来た。

数分前ラジオを聞いた時、天国から届いたのかと思えるほど背筋が凍った。

でも、これでなぜメッセージが読まれたのか理由が分かり一安心した。

確かにうっすらと妹の存在は聞いた事がある。

亡くなった彼女の家で過ごした時もあり、顔も一回だけ見た事がある。

存在はほとんど忘れていたが、こうして手紙を読むとその時の事が蘇る。

忘れたい記憶と忘れたくない記憶…。

全てが思い出されるようだった。

彼女の笑顔、自分を呼ぶ声、最後の叫び声…。

あの時、振り返っていれば彼女の呼ぶ声に反応してやれば…彼女は死ななかったかも知れないのに…。

彼女の家で過ごした最後の夜。

彼女の父親に追い出され、そのまま振り向かずに歩いた自分を追いかけ車に轢かれた彼女…。

最後の叫び声は自分の呼び名と謝罪の言葉とこっちを向いて!という言葉だった。

その時ちゃんと振り向いていれば立ち止まっていれば…彼女を助ける事が出来たかも知れないのに…。

後悔はずっとボブの心に住み着いている。

ボブが結婚したくない理由の一つだ。

手紙によると彼女の父親は「あの男は悪魔だ、娘を不幸にした」とずっと言っていたらしい。

彼女の妹は父親の事をよく思わず、姉の味方でいたと書いてあった。

亡くなったのはとても悲しくまだ辛いが、そこまで姉はボブの事が好きだったのではないか、だからこそあの夜、姉はボブ宛てに手紙を書いたのでは?と書いてくれていた。

ラジオ局に送ったのは姉本人が書いた物で自分はそれを持っていたという。

そして彼女らの父が亡くなった今、ラジオ局にその手紙を出したらしい。

ここから届くかは分からないけど。とも書いてあったが見事に届いてそして読まれた。

もしかしたらまだ細工はあるのかも知れないが、ボブは奇跡が起きたと信じている。

ボブは心が昔に偏っていたが少しずつ現実に戻ってきた。

問題は今度のお見合いである。

お見合い自体は別に構わないが結婚する気が無いのはどう説明するか、お見合い相手だけでなく一番重要なのはパメラの夫ジョルジェだ。

ジョルジェはまだ知らないみたいだ。

パメラが話していないのだろうとボブは察した。

お喋りではあるが喋らなくて良い事まで喋る時と、なぜか黙ったまま言わない事がある。パメラのそういう気の使い方はパメラにしか分からない。

ボブはまたパメラが黙ったままでいてくれているのだろうと思っている。




運命の日がやってきた。

パメラとジョルジェは椅子やテーブルを持ってきてくれた。

お見合い相手も連れて来てくれた。

カーポートの上だけでは入りきらなそうである。

カーポートのある位置は玄関に続く道の右側で、玄関に続く道の左側が庭である。

カーポートから庭がのぞき込める為、庭にもバーベキューセットを置いて半分ずつ利用する事となった。

カーポートの方はメイプル家の家族、母のマーガーレット、七歳と五歳の息子二人とまだ赤ちゃんの双子の姉妹がいる。

庭ではボブ、パメラとジョルジェ夫婦と二人の子供と見合い相手、さらにメイプル家の父親のチャールズと娘が二人いる。

チャールズはカーポートの上の方のメンバーだが様子見に、行き来しているだけである。

庭はボブの荷物を、片付けられるものだけ片付けて少し広くなった。

まずはピザを庭にいるメンバーに配り、次に焼かれたピザはチャールズがカーポートまで運んだ。

材料はメイプル一家とパメラとジョルジェ夫婦が用意した。

メンバーがだいぶ多いが、ワイワイとバーベキューをしていると楽しくなってきた。

お見合い相手は正直ボブの好みではなかった。

顔は…まぁ好みによるが、ジョルジェは褒めたたえて幾度もボブに同意を求めた。

ボブはなんといって断るか考えていた。

容姿を理由には一番選べない選択だ。

アリッサとダリアは距離が縮んできたらしく仲良くしていた。

パメラは子供達の相手とアリッサ達の世話をしてくれていた。

上は上で子供の声が賑やかである。

ジョルジェが結婚したら子供が出来て…と話していると、見合い相手は「私は結婚しても、今の仕事を続けたいですねー」とボソッと言った。

「まぁ、世の中には」とジョルジェが慌てて苦笑いすると、アリッサがふと「ボブも結構自由に生きたいタイプよね」と言った。

「結婚する気無いんでしょ?なんでか知らないけど」と付け加えるとボブは「アリッサ」と名前を呼んだ。

パメラはなんとも言えない顔でアリッサを見つめた。

「結婚とか、親同士に認められないとダメとか、面倒くさい。」とアリッサは言ったがその言葉でボブは動きを止めた。

ジョルジェに言われて三枚目のピザを焼いている時だった。

「ボブ、ほら、手を休めないで、ピザはデリケートなんだ。全く…こんな美味しいピザが焼けるなんて知らなかった」

ジョルジェは珍しくご機嫌だった。

「あのね、ジョルジェ。彼、ボブはその…」そこで言葉を区切りパメラはアリッサを見つめた。

「あの、昔、彼は…」と、言葉が途切れ途切れになってしまう。

アリッサという名の少女がボブと一緒にココにいるからだ。

「パメラさん、大丈夫ですよ、落ち着いてください、ジョルジェさん、ボブさんは、昔、大好きだった彼女を亡くしてるんです」

見合い相手の言葉にその場にいる全員が言葉を失った。

「私は母から聞きました。母は、近所に住む友人の方から「お見合い相手を探している」という部分だけを聞いたそうです。そこだけが友人の友人と伝言ゲームのように話が広まったみたいです。なぜお見合い相手が必要なのか、理由までは伝言されず理由を知りたかった母が元をたどり、パメラさんのお母さんに会う事となり、そこで母はボブさんの事を直接聞いたそうです。

それで「まだ独身だけど、理由があって立ち直れないでいる。」と聞かされたそうです。それで少しでも前に進めたら…と思って、ジョルジェさんという方から良いお見合い相手がいないかと言われた時、パメラさんのお母さんは探したそうです。

そこで、私の母が名を挙げ、私が仕事でこちらに来ているという事もあり、今日はこちらへお邪魔する事にしました。ごめんなさい、私はもう全て知ってるんです。ジョルジェさん、そういう事ですから、ボブさんについては、あまりそういう話は…」

そこでお見合い相手の言葉は途切れた。

ジョルジェが言葉で遮断したからだ。

「ボブ、私は君にあまりいい印象を抱かなかった、確かにこの間までは…しかし、この間、いつだったか、偶然ラジオを聞いていたんだ。そしたら君宛てのような手紙が読まれたんだ。それから何事かと考えた。

ボブには今、誰か良い人がいるのかとも考えた。

それならそれで良いと思った。けど、今日この席にいるという事は、恋人がもし本当に存在するのなら、相手にも恋人にも失礼じゃないか?そこで私は、真実を確かめたいと思ったんだ。ボブ、ラジオから流れてきた、アリッサ・ホワイトという女性は、君の恋人か?」

「えぇ、アリッサ・ホワイト。彼女はオレの昔の恋人で亡くなりました、何十年も前に。ラジオの事も、オレの事だと思います。彼女の妹から手紙が届いて、亡くなった姉が俺宛てに書いた手紙をあのラジオ局に送ったらしいです。彼女の妹の手紙にそう書いてありました。」

ボブはハッキリと言葉にした。

彼女の名前とすでに亡くなっている事をその場にいる全員の前でその事を口にした。

庭での事が気になりメイプル夫妻は下を覗き込んで聞いていた。

夫妻は知っている事だったが触れずにいた。

アリッサという娘を持つ彼らは同じ名前の女性に対する思いとその女性の両親の気持ちを汲み取っていた。

もしも自分の娘がそんな事になったら…と考えると、どうすれば正解なのか分からなかった。

ボブはボブで悪い人ではない、娘も懐いている。

しかし、その亡くなった娘の父親の心境も考えてしまう。

もしも自分達にとって「良くない人物だったら?」と自分達だって交際を反対するのでは?と…。

それで娘にはなにも伝えずにいたのだが娘は知ってしまったようだ。

ボブの結婚しない理由を…。

庭ではピザが美味しそうな匂いを放っている。

ボブは焼けたピザを皿に乗せジョルジェに手渡した。

「ボブ、後悔は誰にも付き物だ。その後悔が消えるものなら、誰も苦しまないさ、君は君のペースで生きなさい。後悔を背負ったまま、前に進みなさい。辛いだろうけど、それが君の選択した道だ。私だって昔の妻に悪い事をしたと思ってる。皆、そういう気持ちを抱えて生きているんだ。一人じゃない」

「…ジョルジェ」

「今まで悪かったな、ボブ。君は最高のピザを焼ける人だ。君の過去に辛い事があったというのは、今回初めて聞いたが、君の気持ちも分かったよ。私はもう、君の邪魔をしない。その亡くなった女性と、色々あったんだな。愛し合ってたんだな、分かった、君に幸あれ」




その後お見合い相手の方からお断りしますお幸せにという返事をもらった。

彼女はキャリアウーマンで結婚より仕事をしたい女性だった。

今回話を聞いて自分なら断れる理由があるからと参加したらしい。

最初から断るつもりでの参加だったと言ってくれた。

愛と自由の中で生きるボブがどんな人なのか会ってみたくなって会いに来たらしい。

お見合い相手は自分と正反対の価値観を持っている男性に出会えて良かったとも言ってくれた。

ジョルジェさんとも関係が良くなると良いですねとも言われた。

お見合いは良い意味で成功したらしい。

本来なら二人が結婚に向けて話し合える関係になる事が正解なのだろうが、このお見合いはお互いが良い人生を再び歩き出す為の新しい一歩としては成功した。

お見合い相手はこれからまた仕事を頑張れるように良い気分転換になったらしい。

ボブにも新たな一歩を踏み出すチャンスが訪れたらしい。

大人数でのバーベキューはそれなりに楽しく幕を閉じた。

アリッサはアリッサで驚いたらしいが、特に変な影響は受けてないらしい。

今も変わらずボブの所へ行ったりしている。

ボブも相変わらずの毎日を過ごしていたが、とある日ボブはジョルジェに言われデパート前の公園に呼び出された。

そこで話があると、切り出された内容は移動販売車をやらないか?との事だった。

「いつまでもあの家でお世話になるわけにはいかないだろう、君の兄として、新しい仕事の提案を持ってきたんだ。これを見てくれ。」と言われ見せられたのは移動販売車の資料だった。

「これなら、君の美味しいピザと、あー、バーベキューもだ。色んな人に振舞えるだろう?資金は気にしなくて良い、私も手伝うから」

ジョルジェはどうやらピザ(おまけでバーベキューも)気に入ってくれたらしい。

いつから兄になったのか分からないが、従兄的な要素も含む“兄”らしい。

確かに親戚であるパメラの夫だから従兄でも問題ない様に感じるが急に兄と言われてもピンと来なかった。

ボブはお金や食材の調達はどうなるのかと考えた。ジョルジェは「手伝う」と言ってくれたがどこまで手伝ってくれるのだろうか…。

するとジョルジェの方から「私は実は、職を探してるんだ。趣味は畑仕事で、野菜を扱う仕事をしたいと思ってる。今はそれの準備中で、その野菜を使って、何か店でもできればと思っているんだ、ボブなら分かってくれると思うが…男のロマンってやつだ」

“男のロマン”という言葉にボブが反応した。

「分かるさ!オレだってキャンピングカーで旅をしたいから、ここまで来たんだ。今はもうそのキャンピングカーも失ったけど…」

「そこでだ、移動販売の車を用意して、っと、それまでにはお金を貯めなければならないが…その資金を貯める為に、一緒に働かないか?今はその、この公園にあるように、小さな食品ワゴンで食べ物を売ってさ…」

「あぁ、確かにこの公園には、ソフトクリーム屋さんや、キャンディーワゴンがありますね」

「それ、ソフトクリーム屋が販売してるワゴンなんだ、この間ソフトクリーム屋のおばあさんに聞いたんだよ、そしたら自分達のワゴンだって。それで、ここで商売するには、どうしたら良いか聞いたら、許可証さえ、自分達に出してくれれば、構わないって。

例えばの話で、ピザやバーベキューの移動販売の店を出しても良いかって聞いたら、別に良いって、だから、この公園で移動販売のワゴンださないか?」

「ワゴンはどうやって手に入れるんだ?」

「そのばあさんが古い奴を修理して貸してくれるって」

「へぇー、気前の良いばあさんだな」

「だからボブ、君が調理担当、私が接客と食材の調達で、二人で店をやらないか?」

「分かった、考えておくよ」

「ありがとう、ボブ」

初めてジョルジェの笑顔を見た気がした。

なんだか嬉しかった。

そうかこういうのも悪くないなと思えた。

ボブとジョルジェはもう少し話をしてから別れた。

これからはいつでもパメラに会いに来てくれて構わないとジョルジェは言ってくれた。

「いつか、また、車なり彼女なりと、良い出会いが来ると良いな、ボブ」

「あぁ、そうだな、ありがとうジョルジェ」

二人は握手をして別れた。

その日の夜、ボブはアリッサ・ホワイトの妹という女性宛てに手紙を書いた。

同時に母にも手紙を書いてから眠った。

今のボブの事を書いたが、そこにはカワイイ天使と巡り合い、人生を救われたと書き込んだ。

アリッサ・メイプルという名前の天使とも書き込んだ。

二人のアリッサに出会いボブの人生は明るくなった。

幸せを手に入れる事が出来た。

また新たな一歩に足を踏み入れる時が来たのを実感したようだ。

「そうか、これからまた、歩き出す時が来たのか、ジョルジェという、男のロマンを語れるライバル(仲間)が出来たんだな」

ボブは上を見上げると、曇り空ではあるが数個の星が輝いているのがうっすらだが確認できた。

「Goodnight,Alyssa」

それはいつも寝る時に呟く言葉だが、アリッサメイプルに対してのメッセージではなく今は亡き最愛の恋人「アリッサ・ホワイト」に対するメッセージで、生きている彼女に最後に呟いた言葉だった。

あの日、眠る前に言った言葉だ。

まさかそれが最後の言葉となるとは思わなかったが…。

アリッサ・ホワイトの顔を見て彼女の髪を撫でて目を閉じたあの夜。

ボブには忘れられない夜の言葉。

その言葉を言わないと眠れない気がして、今まで一人呟いてきた言葉だ。

ボブは寝袋に体を入れて横になった。

しばらくすると眠気と同時に「Goodnight,バーベキューのボブ」という言葉を聞いた気がするが気のせいだろう。

ボブはそのまま眠りについた。




              第9話 終わり


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