ハイランダー
nekuro
ハイランダー 1
白の都と呼称される国が存在する。名は「アーデルベルト」
都は海に面しており、幾隻もの船が大量の荷物を抱え、この都にやってくる。
海産物が豊富で、港ではそれを買う者、売る者で賑わいに事欠かない。
無論、海産物以外の物資も運ばれてくる。それらは遠方からの高級な調度品や見たことも無い東方の薬、果てには馬なども運ばれる。
海に面したこの都は商売にうってつけであり、様々な人や技術が流入してくる。
故に、都が発展することは確約されているようなものであった。
白の都などと呼ばれる由来は、ここに移り住んだドワーフ族の者が、この都の建築に携わり、主要な道を全て白の石で敷き詰め、綺麗に舗装。そして都の中央には白い大理石を使用して作られた大きな噴水広場がある。
家なども木造建築の者は一切なく、ドワーフ族が仕上げたレンガ造りの家が建ちならび、他の国では見られない清潔感と清涼感が漂っていた。
これが「白の都」と呼ばれる所以だ。
道行くものも、何処か気品に溢れた者が多く、露店など出そうものなら行き交う人々からの軽蔑の視線が突き刺さり、有無を言わさず畳む事になるだろう。
だが、そんな往来で一人の女性がそれを無視して店を出していた。
白いフードで体を覆い、口元しかわからぬ女性。目の前には柔らかい布の上に水晶玉が置いてあり、往来にいる人々を何も言わず眺めていた。
既に空は朱く染まり、道は仕事を終えて帰る者で溢れていた。
暫くの間無言で座り続けていた占い師ではあるが、やがて一人の男がそこを通り過ぎる。
精悍な顔立ちの男。見た目は若く、頬に傷がある。緑の外套を羽織、銀の肩当てと胸当てを備え、腕は丸太のように太く、焼けた肌が見えていた。両刃の大剣を背負っており、装備品にはいくつか傷があることから、その男が幾つかの戦場をくぐり抜けてきたことがうかがえる。
そんな戦士に道行く人は通り過ぎてから一度振り返り、身を震わせる。だれもが声などかける勇気はなく、眼を合わせぬよう、道を譲るように端へと寄る。
だが、そんな戦士に対して。
「そこの若い戦士、お待ちください」
あろうことかこの占い師は声をかけた。
戦士、と呼ばれて男は立ち止まる。周囲には何処かの貴族風の出で立ちや、商人以外見受けられず、十中八九自分であろうとわかっていた。
戦士は占い師の方を向く。
「なんだ? 俺に何か用か?」
野太い声。顔と声のイメージがあまりにも合致しすぎており、返事をしただけだと言うのに、それはまるで機嫌を損ねて怒っているような声に聞こえる。
「はい、その通りです。どうですか? 占いをされてみる気は?」
戦士に怯えた様子もなく、軽い口調で勧誘する女占い師。
「悪いが、俺は占いは信じない
そう言って男は背負っている大剣を指さす。
「なるほど。では、信じる、信じないは別でどうでしょう? お代は無料でよろしいので」
「無料だと? えらく気前が良いな」
「はい。私は貴方の未来を占いたく思っております。そこには金銭の価値よりも素晴らしいものが秘めておられるからです」
「良いだろう、気に入った。但し、どんな結果であろうとハッキリいえ。そこには忖度など必要ない」
「ええ、分かっております。そういうお方である事を」
戦士は占い師に近寄る。そして、占い師は目の前に居る戦士を前にして水晶玉に手をかざし、撫でるように手を動かしていく。
どういう仕掛けか、水晶玉は淡い輝きを持ち始め、やがてそれは静かに消える。
なるほど……と、占い師は一度頷く。
「貴方のお名前は……ヴェルトさんで間違いないですか?」
「ほぅ? 俺の名前を知っているのか?」
「いえ、知っているわけではありません。水晶玉で占いました」
「占った、か。じゃあついでに職業も当てれるか?」
「はい。貴方の職業は「ハイランダー」ですね?」
へぇ、と感心したような声を挙げるヴェルト。
ハイランダーという職業はこの街では良く聞く職業である。
港で上がった物資を他方の国や街に送り届ける。白の都の周囲は平原か、山脈のどちらかを通らねば余所の街へといけないため、比較的野党が出没しやすい。そのため、用心棒などを雇わねば安心して物資を届ける事が出来ない。
そこで、用心棒と配達要員を兼ね備えた職業が「ハイランダー」になる。
中でもこのヴェルトは長年腕の立つ用心棒として街で名を馳せており、その腕はアーデルベルトにある騎士団の者に匹敵すると言われる。彼は用心棒としての腕を生かし、金払いの良いハイランダーへと道を進めた。
「見事な占い……と、言いたいところだが、俺の事を知ってたら別に驚くほどではないな」
「なるほど、確かにおっしゃる通りです。ですが、これからが本題ですので」
「聞かせてもらおうか?」
「あなたは近い将来、選択を余儀なくされます。巨万の富を得て生を謳歌するか、全てを捨てて望みを叶えるか、です」
ヴェルトはその占い師の言葉に小首を傾げた。
「なんだそりゃ? 望みと巨万の富? どっちも一緒じゃないのか? おれの望みは富を築くことだ」
「いえ、違います。どうかお忘れなきよう。貴方が利口である事を祈ります」
「それで占いは終わりか?」
「はい。付き合っていただきありがとうございました」
占い師は深々と一礼をする。
あやふやな占いにヴェルトは納得がいかない様子だが、無料で占ってもらって文句を言うのは筋が違うだろう、と言い聞かせる。
「そうか。まぁ、占いってのはそういうもんだな」
「そうです。私のはあくまで占い、予言ではありません。貴方にはこれを回避することもできるのです」
「分かった、分かった。まぁ、俺も急いでるからそれじゃあな」
占い師に別れを告げ、走り出すヴェルト。
それを見届けた占い師は、誰の目にもわからぬうちに姿を忽然と消した。
★★
占い師と別れたヴェルトは早足で目的の場所へと急ぐ。
早足で歩いていた歩を止めたのは、街の中央にある噴水広場。夕焼けの光に照らされ、幻想的なイメージを思わせる噴水広場で、一人の女性が立っていた。
気品に溢れるブロンドの長髪に、優し気な瞳。整った顔立ちに、スラリとした姿形に白いワンピースの服を着ていた。
彼女は立っているだけというのに、他の者には無い優雅さがあった。
ヴェルトはその女性を見つけると、大きく手を振り駆け寄っていく。
「ミリア!」
声をかけると、女性もヴェルトに気づいて駆け寄る。
そして、二人は自然と抱擁を交わし、しばし抱き合った後離れる。
「ヴェルト……会いたかった」
「俺もだ、ミリア。遅れてすまなかった」
「ううん、私も今来たところだから。話って何?」
「ああ、実はだな……」
ヴェルトはズボンに下げていた皮袋を取り出し、中身を取り出す。
そこには緑色に輝く宝石があしらわれた指輪があった。
それを見たミリアは驚きを隠せない。
「ヴェルト、これって!」
「俺の稼いだ金からドワーフの細工師に頼んで作ってもらった指輪だ。受け取ってもらえるか?」
「いいの?」
「もちろんだ」
ヴェルトはミリアの左手を取ると、その薬指に指輪をはめる。填められた指輪をミリアは嬉しさからか、恍惚の笑みでそれを眺めていた。
「嬉しい! ありがとうヴェルト!」
「良かった。実はその指輪には仕掛けがあるんだ」
「仕掛け?」
「まぁ、それはミリアが当ててみてくれ。それより、今日は夕食を一緒にどうだ?何だったら俺が奢るから」
ヴェルトの提案に、ミリアは先程までの笑みが途端に曇る。
「ごめんなさい、ヴェルト。今日は侯爵様のパーティーに招待されているの」
それを聞いたヴェルトは歯がゆい気持ちだった。
ミリアとヴェルトの関係は対等ではなく、格差恋愛であった。
ハイランダーと呼ばれる危険な職業をおこなうヴェルトとは真逆で、ミリアはこの街に住む貴族の生まれ。彼女は手を汚すことなく両親が行う商売によって金をうなるほど手にする事が出来ている。
彼女の付き合いは全て名を知らぬほどの侯爵や、伯爵であり、ヴェルトの住む世界とはまるで別であった。
そのため、ヴェルトのような野良犬をミリアの両親は決して快く思っていなかった。
「そうか、それなら仕方ないな……」
「でも、ヴェルト聞いて。もしかしたら、両親が私たちの結婚を認めてくれるかもしれないの」
「なんだって! 本当かミリア」
「ええ。今度の侯爵様とのパーティーが上手くいけば、両親たちも考えてくれると言ってくれたの。だから、もうしばらくの辛抱よヴェルト」
「その話が本当なら、最高だな」
「ええ、だから今日は我慢して。私も、本来ならあなたと一緒にいたい」
「ああ、俺もだよ」
「じゃあ、明日また会いましょうヴェルト」
そう言って彼女はヴェルトの頬に軽く口づけをする。
耳元で「大好き」と甘い言葉をささやき、彼女はにこやかに笑ってその場を去っていく。ヴェルトもまた彼女の姿が見えなくなるまでそれを見送った後、自分の寝床へと戻っていった。
★★ ★★
ミリアと惜別の別れをした後、ヴェルトはまっすぐに自分の家に帰ると、床に就いた。深い眠りに入っていたヴェルトだったが、物音に気付き目を覚ます。
近くの壁に掛けてあった大剣を手にかけ、物音の方向へと向かう。
それは入口のドアを激しく叩く音であった。
「旦那! 旦那! おきてくだせぇ!」
荒げた声が聞こえる。その耳障りな声色には覚えがあった。
ヴェルトは緊張を解き、入口のドアの施錠を解いて開放する。
目の前には不細工な男が立っていた。
頭部に青い帯状の布を巻きつけ、その眼はくぼんでおり、やせこけた頬。特徴的な尖った鼻に加え、口から見える前歯がやや出っ張っており、歯の所々が抜け落ちていた。襤褸のような小汚い服を身に着けてやや前かがみの姿勢で立っていた。
「どうしたモンド?」
モンドと呼ばれた男は息を荒げ、興奮した様子。
外を見ればまだ日の姿も見えぬ暗がりであった。
「す、すみませんヴェルトの旦那。実はどえらい依頼が舞い込んできやして」
「依頼だと? こんな時間に?」
この二人はハイランダーの仕事をする仲間であり、相棒であった。
腕の立つヴェルトと依頼や荷物などの情報を管理するモンド。互いに欠けている部分があり、それを補うために手を組んでいる。
ヴェルトはモンドが優秀な人間であり、性格も信用できる人材と評価している。
「へぇ。あっしも疑ってはおりますが、その額がなんと30万オーラルと言うんで、これはたまげまして」
「さ、30万オーラルだと!」
眠気が一気に吹き飛ぶヴェルト。
30万オーラルという金額はけた違いの報酬であった。
ヴェルトがこのハイランダーの仕事を死ぬまで続けたとしても、せいぜい10万が良い所。それを思えばこの金額は庶民が一生かかっても稼げない金額であった。
「本当なのかその依頼?」
「確かにこの耳で。依頼を受ける気ならば夜の明けぬうちに噴水前に来い、と言われまして。それで急いで旦那の所に来たわけでさぁ」
何かの罠かもしれない、と一抹の不安が過るヴェルト。
だが、たとえ罠であったとしてもその報酬はとても無視できるものではなかった。
それだけの金額があれば、恋人と肩を並べる事が出来る。そう、考えていた。
「分かった。直ぐに支度する」
「急いでくだせぇ、旦那。あんまり時間はないですぜ」
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