獣魔戦争  最終決戦前夜 7

「さて、じゃあ、お言葉に甘えさせてもらって、今日はしっかり寝よう」

 俺がそう言うと、リラさんがようやくリラックスした様子で微笑む。

「それじゃあ、遮音魔法を掛けましょうか?多少は外の騒音も気にならずに眠れますよ」

「ああ。それはいいですね」

 俺は頷く。

「でも、夜襲があるんだろ?外の音が聞こえ難くなると、いざって時にマズいんじゃないか?」

 ファーンが言うのも一理ある。

「じゃあ、ミルが起きてるよ!何かあったらみんなの事起こすよ」

 いや、いくら何でもそれは申し訳ない。

「大丈夫だよ。あたしハイエルフだもん。眠る必要が無いって言うけど、アレはちょっと違うんだよ」

「違うって?」

 どういうことだ?

 ミルは首を傾げる俺たちに得意そうに説明する。

「あれはね、寝ながら起きてるって事なのだよ!!」

 得意そうに説明した割には、さっぱり何を言っているのかわからない。

 俺だけが理解でいないんじゃ無い。ファーンもリラさんも困惑の表情を浮かべている。

「あ、あのね。う~ん。その・・・・・・。とにかく平気だから、みんなはしっかり眠ってね!!」

 ミルは説明を諦めた。まあ、ミルがそう言うなら、しっかり眠らせてもらうか。





 

 一夜明けた。

 俺たちはぐっすり眠っていたが、やはり夜襲はあって、夜襲の阻止に成功した後は、町の外で夜通し太鼓が鳴り続き、散発的に敵が攻め寄せて来たりして、町の人たちの神経をすり減らしに掛かって来たそうだ。

 だが、俺たちはリラさんの魔法と、ミルがよく眠れるように何かしてくれていたようで(忍術とか言っていたが)、健やかな睡眠を享受きょうじゅする事ができた。おかげで今朝はスッキリ快適に目覚められた。

 

 俺たちは装備を調えて、朝食を済ませると、日の出前に防壁の西端に向かう。

 西端に着くと、マイネーが待っていた。

「おう!よく眠れた見てぇだな」

 マイネーがそう言うので、俺は笑って手を上げて答える。

「おかげさまでな。で、例のアレはどうした?」

 俺が尋ねると、今度はマイネーがニヤリと笑う。

「ま、仕掛けは上々だな」

 よし。ひとまず手は打った。後はそれがうまく生きてくれるか祈るばかりだな。

「しかし・・・・・・敵もえげつない真似してくるな・・・・・・」

 防壁から、町の外側を眺めて呟く。

「まあな。さすがにちょっとやられたって感じだ」

 敵は夜襲を仕掛けるどさくさに紛れて、南西、北西の小門と、俺の足元にある西端の水路を完全に石やら丸太やらで塞いでしまっていた。


 敵は、南北の大門に2000ずつ、裏手に当たる東側は、減って1000の敵で半包囲している。

 そして、西側は、川を挟んで北側に本陣2000。そして、その手前に3000。更に川の南側に2000の陣容だ。


 俺たちが本陣を狙って特攻をかける事を読んでの布陣だ。

 小門と川の水路を塞ぐ事で、俺たちは南か北の大門から出るか、裏の東側の小門から出るかの選択を迫られる事になる。

 南北の大門から出ると、大門を開かねばならず、敵に付けいられる大きな隙が生まれてしまう上に、敵陣を最低でも2つ突っ切らなければ、敵本陣に辿り着けない。

 裏手から出撃するのは更に困難だ。敵の突破に3つの軍を突破する必要がある。しかも、俺たちが本陣にたどり着く頃には、川を挟んで布陣しているもう一方も、確実に合流している事だろう。

 川にも、大量の丸太を並べて固定してあり、大軍がスムーズに渡れるように突貫工事してある。

 敵も中々に小細工をしてくる。


「だが、こっちだってただ手をこまねいていた訳じゃ無いんだぜ」

 俺が敵の陣容を確認して笑う。

「おう。細工は流々ってな」

 マイネーもニヤリと笑う。

 太陽が東の丘の上に顔を出した。今日は快晴だ。

 敵からの動きは今日は無い。俺たちが仕掛けるのを待っている。

 

 俺たちは防壁を降りた。そこには今回出撃する兵士たちが集まっていた。

「バニラ隊70名!」

「バック隊70名!」

「バレル隊8名!」

「カシム隊10名!」

 それぞれの隊長が人数を報告する。

 カシム隊は、俺たちを護衛する部隊で、隊長を昨日に引き続きイヌ獣人のガルドがしている。今回はセルッカも参加している。

 バック隊にはレックと、セルッカが抜けた分にもう1人魔法使いが参加している。

 そして、俺とマイネーの目がバレル隊で止まる。

 バレル隊は1人の死傷者も無く、欠員も無ければ補充も増員もされていない。他の部隊は再編、増員されている。

 その分、町の護りはかなり手薄になっているが、町民が志願して兵として戦ってくれる。義勇兵より頼りない感じだが、頭数は増えている。

 そして、俺たちは整然と並ぶバレル隊の中の1人に目が釘付けになっていた。

「ああ。ローニー。・・・・・・その、もうだいじょうっっっブッッハ!!」

 台詞の途中でマイネーが吹き出す。周囲からも吹き出す声や、クスクス笑う声が聞こえる。

 言われたローニーは、それらの笑いに全く動じる事も無く、姿勢も崩さない。

「は!問題ありません!」

「あ、ああ。うん。笑ってすまなかったが・・・・・・大変だったなっっブッハァ!!!」

 またしても堪えきれずに吹き出す。俺も笑いを堪えるのに必死だった。


 飛行部隊のローニーは精悍な顔つきの、若い逞しい兵士だった。そして、災難な事に、昨日の戦闘で、ハーピーの唾を浴びてしまった兵士だった。

 俺も見舞ったが、ベッドに四肢を縛り付けられて、猿ぐつわをされて、治療後も寝かせられ続けていたそうだ。

 しかも、ズボンや下着をはいているとキツいので、下半身は裸で、布を掛けられているだけの姿だった。

 なんでも、ハーピーの唾液の効果が中々きれなかったらしい。手足を縛らないと、見境無く女の人を襲いかねないし、1人での処理も止まらず、皮膚がずるむけて血まみれになる、最悪は握りしめすぎて壊死してしまった事例も報告されているのだ。

 治療を受ければ一瞬で治る人もいるが、ローニーの様に何時間も苦しむ人もいるそうだ。くわばらくわばら。

「はい!大変でした!なんと言っても、治療魔法を掛けるのは、あのセンス・シアたちですから、ひっきりなしに私のベッドの周りにやってきては掛布の膨らみを見て笑うのです!!」

 うわああ~~~~。それは本当に大変だ。笑ったりして申し訳なかった・・・・・・。

 センス・シアは、見た目は幼児なのに、中身はほぼほぼオッサンの下ネタ大好き、ご長寿種族なのだ。

 マイネーもそれを聞いて流石に気の毒に思ったのだろう。

「・・・・・・いや、すまなかった。お前も戦士として立派に戦ったのにな・・・・・・」

「いいえ、大丈夫です!!」

 ローニーは堂々と答える。

「最初は非常に屈辱的で、耐え難い思いをしていましたが、次第に彼ら、彼女らに笑われるのが心地よくなってきて、最後には彼らが来るのを心待ちにしている自分に気付きました!!新しい扉が開いた様で、今は清々しい思いでいます!!」

 え?ど、どうした?何を言い出したんだ彼は?

「ええ~と。やっぱりちょっと休んだ方がいいんじゃ無いか、ローリー?」

「ローニーです!問題ありません」

 名前を言い間違えて、マイネーが咳をして誤魔化す。

 俺がバレルに耳打ちをする。

「ほんとに彼は大丈夫か?」

 しかし、バレルは肩をすくめるだけだった。

「ま、まあ、それならいいが、無理はするな」

「はい!!」

 その時、「きゃああああーーーーー!!」と黄色い声援が飛ぶ。見ると、離れた建物の2階のバルコニーで、沢山のセンス・シアたちが手を振っていた。ローリー・・・・・・じゃない、ローニーは爽やかな笑顔で彼女たちに手を振った。

「うわあ・・・・・・」

 マイネーが非常にやり辛そうな表情を見せる。

「うん。人の趣味には文句は言わない主義だからな。まあいい。それよりも、バレル隊はカシムから離れるな。カシム隊はカシムたちの護衛だが、バレル隊はカシムの手足となって攻撃に加わる。空以外でも戦える事を示せよ!!」

「はい!!!」


 鳥獣人は、飛行能力が最大の武器だが、実は地上戦でも非常に優秀な種族だった。何せ、獣化への負担が一番小さい種族なので、状況に合わせて獣化を使い分けられる。獣化の度合いも変幻自在で、器用な戦士たちだった。状況に合わせて空に飛び立つ事も一瞬だ。もちろん飛び立つ空間と、矢を受けないようにお膳立てをする必要はある。


 飛行部隊は8人だけだし、ファーンに教えてもらっているので、流石に全員の顔と名前がわかる。

「よろしく頼む、バレル、ニック、エランザ、ケイトス、ローリー」

「ローニーです!!」

 あ、俺までつられて間違えちゃったじゃ無いか。これはバツが悪い。

「す、すまない、ロー・・・・・・ニー?」

 ああ。頭がごっちゃになって、名前が瞬時にわからなくなった。あってるか?あってるよな・・・・・・。うん。指摘が無いから間違ってないな。

「え~と、あと・・・・・・・」

 頭が真っ白になってしまった。これはかっこ悪い。ファーンが後ろから耳打ちしてくれたが、それが更にかっこ悪さに拍車を掛ける。

「うん。グラル、ビスケ、ドワイト」

 名前を言うだけで汗だくになってしまった。

「はい!!!」

 飛行部隊の返事はハキハキとそろって響く。

「バック隊、バニラ隊も、今日は死戦と心得よ!!」

 気を取り直して、俺は声を張り上げた。

「『しせん』って何?誰かに見られてるの?」

「わからないけど、静かにしなよぉ」

 バックとバニラがゴチャゴチャうるさい。だめだな、これはもう決まらない・・・・・・。

 マイネーがニヤニヤ見てやがる。もう、お前がしゃべれよ!!俺、「檄」飛ばすのイヤだって言ったのに、マイネーが押しつけたんだよな・・・・・・。くっそー。

 ファーンまで肩すくめてニヤニヤ見てやがる。もういい。

「行くぞ!!」

 これで終いだ。

「おおおおおおおおお!!!」

 まあ、指揮は上がった。ちくしょう・・・・・・。

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