獣魔戦争  砂漠の迷宮 5

 アネリアは助けられない。ジェイクはそう判断する。切断系の武器が効かない以上、ジェイクたちに対抗策は無い。

 1人でも多くの仲間を生かして帰すために、リーダーは非情な選択を迫られる事がある。

「ヴァイエイト!クエイト!アネリアは俺に任せて先に行け!!」

 クエイトはジェイクの真意を理解したが、無言で頷くと、走る速度を上げて、なおも化け物に突きかかろうと槍を構えるヴァイエイトの腕をつかんで、先に進むように促す。

 ジェイクが化け物に斬りかかるのを見届けて、ヴァイエイトもようやく走り出す。

 ジェイクは化け物に何度も斬りかかり、何とか片方だけ化け物に飲まれていない左腕をつかみ、引っ張ろうとする。ところが、透明な化け物の体内で、アネリアが苦悶の表情を浮かべる。

 見ると、ジェイクが引っ張った腕の肉が引き裂かれて、ずるりと骨まで見えた。

「これはあまりにも残酷だ」

 ジェイクは眉間にしわを寄せて覚悟を決める。このまま苦痛の中にある、仲間を見捨てる事は出来ない。であれば、リーダーとして、せめて苦痛無く、アネリアを楽にさせてやらねばならない。ジェイクは剣を引いて、アネリアの心臓めがけて力一杯の突きを叩き込む。

 ところが、ジェイクの剣は、岩に当たったような感触とともに、衝撃をジェイクの腕に与えてはじかれる。驚いた事に、水のようにブヨブヨした化け物は、ジェイクの剣が当たる部分だけを瞬間的に鉄のように硬くして、ジェイクの剣をはじいたのである。

「この、化け物が!!」

 あくまでも化け物は、アネリアをじわじわいたぶりながら喰らっていくつもりのようだ。何とおぞましく残酷な生き物だろうか?

 ジェイクは苦い表情をしつつ、アネリアを喰らい続ける化け物に背を向けて、先を行く仲間たちの後を追った。


 だが、またしても叫び声が前方からする。

 少し走ると、大量の血が地面を染めていて、槍が落ちている。ヴァイエイトの姿は無い。

「もう無理だ!」

 クエイトの叫び声が前方からした。きっとクエイトはヴァイエイトが、致命的な痛手を負ったのを見たのだろう。

「クソ!」

 そういうのが精一杯だった。そして、ジェイクはクエイトの後を追って全力で走った。


 その後も、度々異様な化け物に遭遇しては、辛うじて振り切ってジェイクたちは逃げ続け、ようやく地下1階にたどり着いた。

 生き残っているのは、ジェイクとクエイトとブリングの3人だけになってしまった。

 しかも、全員が傷だらけで、激しい疲労の中にもあり、今にも倒れそうになっている。

 クエイトは矢も尽き、弓をうち捨てて、短剣1本になっていたし、ジェイクも足に、深い傷を負ってしまっていた。

 だが地下1階はそこまで広くない。あと少しで地上に出られる。出てからの事はまた考えるとして、まずはこの恐ろしい迷宮から一刻も早く脱出したい。


「もう少しだ!」

 ジェイクが檄を飛ばす。足が痛む自分をも奮い立たせなければ、崩折れてしまいそうだった。

 だが甘かった。ジェイクが檄を飛ばすと同時に「ぎゃぎゃぎゃぎゃ」と、不快な笑い声のような吠え声が、周囲から響く。

 いつの間にか、猿のような化け物がジェイクたちに追いついていたのか、追い抜いていたのか、音も立てずに壁から壁に飛び移りながら、不気味な笑い声を上げていた。

「!!!??」

 一瞬の事である。

 ジェイクの隣にいたクエイトの体が宙を舞う。首があり得ない方向に曲がっていて、地面に叩きつけられると、ピクピクと痙攣はするが、完全に即死していた。

 クエイトが即死した事を悟ると、猿のような化け物が不機嫌そうに吠えて、ジェイクにも襲いかかってきた。

 ジェイクが剣で辛うじて化け物の腕の一撃を受けるが、剣の先が、ビキッと音を立てて折れてしまう。


 その一撃で、ジェイクもブリングも、もう戦意を喪失してしまう。

「うわあああああああーーーーーっっ!!」

 どちらが叫んだのか、もうわからない。2人はなり振り構わず、迷宮の出口目指して走り出した。


 足の速いブリングが、ジェイクを置き去りにして走って行く。

 足に負傷しているジェイクは、もうそんなに速く走る事が出来ず、どんどん引き離されていく。

 そして、いつの頃からか、わざと追いつかないようにジワジワと水袋を引きずるような音が、ジェイクの後ろから迫ってきていた。

 ジェイクは恐怖で気が狂いそうになった。

 もうどれくらい走っただろうか?肺が焼け付くように痛んだが、そんな事気にならないくらい、背後に迫る音が恐ろしい。

「ズルッ」「ベッチャン」、「ズルッ」「ベッチャン」。

『何でこんな事になった?』

 もう何度目かになる疑問が口からこぼれる。荒い呼吸で言葉としては判別不能だが・・・・・・。



「出口だ!!」

 道を降り曲がった先からブリングの歓声が聞こえた。その声に、最後の力を振り絞るように角を曲がる。すると通路の先に地上に続く階段が見え、ブリングが、今、正に階段を上ろうとしていた。ようやく見えた地上の光に、ジェイクも力を取り戻した気がした。だが、次の瞬間、階段を上るブリングの上から、薄く柔らかな、長い板の様な物が、しなるように天井から剥がれて、ブリングの上に落ちる。

「ぐあああああああっっ!!」

 薄い板のような物がブリングの上にのし掛かるや、ブリングが苦痛の叫び声を上げる。

「ぎゃあああああっっ!!いてぇ!いてぇよ!!やめ、やめてくれぇぇぇぇ~~~!!」

 その絶叫に、ジェイクの足が止まる。

 すると、ジェイクの背後で「ベッチャン」と音がする。


 ジェイクが恐る恐る振り返ると、そこには半透明になった水のような化け物が、巨体をユラユラと揺らしながら立っていた。

 そして、その化け物の中には、顔半分が骨となり、腕も骨が剥き出しになって、溶けた腹からは内臓が体の外に飛び出した、見るも無惨なアネリアが捕らえられていた。

 しかもおぞましい事に、そんな状態でもまだ、アネリアは生きており、意識もあり、苦悶の表情を浮かべて、化け物の体内でもがいていた。


 ジェイクの中の、何もかもがその瞬間に壊れてしまったようだ。

「うわああああああああああああああああっっっ!!!!」

 ジェイクの絶望の悲鳴が、迷宮の中にこだました。

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