白竜の棲む山 襲撃 2
「アラームだ!!」
俺が小声で叫ぶ。みんなすぐに立ち上がり武器を手にする。キャンプ中も武器、防具は常に身に着けておくのが鉄則だ。みんなの反応は早い。
これまでの旅路で、野獣や魔獣と遭遇して、逃げる事の方が多かったが、撃退したり、仕留めたりもしてきたので、仲間同士の力量は把握している。役割分担や、連携にはまだまだ課題が多いが、まだ結成1ヶ月程度の低ランクパーティーだ。仕方が無いだろう。
「どっちから?!」
アラーム魔法は、侵入者の侵入エリアの判別も出来る。リラさんはすぐに一方行を杖で指し示す。道と反対の茂みや木々が生い茂る斜面の上の方だ。
「数は10以上。人型です!!距離300メートル!」
緊迫した声でリラさんが告げる。
「見てくる!」
ミルが身を翻す。
「気を付けろよ」
「うん」
返事だけ残してミルが視界から消える。
ハイエルフは夜目が利く。暗さも雨も障害にならないどころか、敵から姿を隠してくれる味方になる。
俺も暗さは問題にならない。だが、ファーンはハーフエルフだが、人間のリラさんと暗闇での視力は変わらない。
「リラさん、『ライトニング』の準備をしておいてください」
俺が言うとリラさんは頷き、魔法の予備詠唱を始める。
ライトニングは照明魔法で、周囲を広範囲照らすことが出来る魔法だ。ただ、リラさんの使うライトニングは一般的な第一級神筆頭「太陽神アポロン」のライトニングでは無く、第二級神「楽の神ナルシス」の開発したライトニングで、光源が細かく分散して広範囲をまんべんなく照らすことが出来る。光の力はそれほど強くは無いが、その分影が出来にくいので敵が隠れにくい。あまり知られてないが、実はこの方が冒険者としては使い勝手が良い。魔力消費も押さえられるのもメリットだ。
「ただいま、お兄ちゃん」
緊張感の無い明るい声でミルが戻ってくる。さすがに早いな。
「敵はゴブリン12体。装備は棍棒と農具だけ。隊列も無くゾロゾロとこっちに来てるよ」
「了解した。じゃあ、迎撃するぞ。相手はゴブリンだ。必ず全滅させなくてはいけない。いいな」
「おう!」
「はい!」
「うん!」
ゴブリンは全世界共通の認識で「モンスター」、つまり人間に(他種族、ハイエルフも含めて)害意を持つ亜人である。
見た目は小柄で頭髪も無く、尖った鼻と耳、裂けた口に小さい牙、緑色の皮膚を持つ人型の生き物だ。
人間を食い物や性奴隷としてしか見ておらず、度々人を襲って食ったり犯したり、残虐行為のやりたい放題の種族だ。
言葉はしゃべるが、意思疎通とか、最低限の社会的ルールを守ることもせず、彼らの好きなように振る舞うため、モンスターと認定されている。
知能は低く、残忍で貪欲。腹が減ると仲間でも家族でも(家族がいるならばだが)平気で食べる。力は人間より弱いが、凶暴である。
彼らは食べる為に殺すのでは無く、快楽の為に殺し、いたぶる。邪悪そのものの存在である為、彼らは地獄勢力が作り出したのでは無いかと噂されているのだ。
繁殖力が何故か異常に高く、どれだけ討伐されても、沸いてくるようにまた出現するのである。それにもかかわらず、何故か雄の個体しか存在は確認されていない。
人々の安全を守る為、群れは必ず全滅させる必要があるのだ。
ゴブリンを討伐した際には右耳をそぎ落としていけば、数に応じてギルドから報酬が出る。
だが、俺たちはしばらくギルドに寄る予定は無いので、今回は殲滅に徹する事にする。
と、簡単そうに言うが、ゴブリンといっても甘く見てはいけない。数でも俺たちの方が劣るので、全力を尽くさなければならない相手だ。
キャンプのたき火には火を残したまま、俺たちは静かに雨降る外に出る。タープの中にはミルだけ残していく。ミルはタープの中で楽しそうに歌っていてもらう。おとり役だ。ミルなら敵の攻撃に対して、誰よりも早く反応できるし、ゴブリンの攻撃を回避することもわけない。
長い下草を利用して敵の予測進入経路の側面に隠れる。リラさんは反対側に待機しているはずだ。
ファーンは・・・・・・うん。俺のすぐ後ろに張り付いている。当然武器は構えていない。雨なので手帳も手にしていない。
ゴブリンたちは無言ではあるが、ドチャドチャ、ガサガサと雨の中なのに賑やかに歩いてくる。キャンプが視認できたら我先にと走り出すに違いない。知能が低いので無策でツッコんでいくだろう。
俺は目の前を通過していくゴブリンの数を数える。
1、2、3、4、5、6、7、8、9。9体通過したら後は3体。それなら1人で対応できる。
俺は10体目が通過する直前に飛び出して、剣を振り抜きゴブリン1体ののどを切り裂く。すかさず足の投げナイフを抜き、後続のゴブリンに投げつける。ナイフはゴブリンの目に刺さり、動きを止める。その間に俺は一気に間合いを詰めると、剣でゴブリンの胸板を貫く。
最後尾のゴブリンがようやく反応を示す。仲間がやられた衝撃が去ると、目に残忍な光を宿らせて、殺せる獲物が飛び出してきたことに喜んでいるようだ。
自分は殺す側で、殺されることなど微塵も考えていない様だ。そして、殺せる喜びに打ち震えている。信じがたい程、嫌悪に値する種族だ。
胸板を貫いた剣は簡単には抜けないので、すぐに剣から手を離すと、腕の小手の内側に装備している小刀を抜くと、ゴブリンが振りかざすクワ(これはきっと襲った村から盗んだ物だろう)の柄を切り払う。同時にゴブリンに左の肘を叩き込む。小柄なゴブリンは吹き飛ばされる。
俺は小刀を左に持ち替え、右手には腰の後ろに装備しているミスリル製にグレードアップした剣鉈を持つ。その剣鉈を倒れるゴブリンの腹に叩き込む。ミスリルはゴブリンにとって猛毒である。
ゴブリンは「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!」と汚い叫び声を上げて悶絶する。
こうなるともう反撃も出来ずに
「カシムは無駄に優しいな」
ファーンが俺の剣を取ってきてくれる。
「そんなんじゃない」
俺はそれだけ返すと、剣を受け取る。
異常に気付いたゴブリンの後続数体がこっちに向かってきている。前半分はキャンプに向かって走って行ったようだ。
『ライトニング!!』
リラさんの詠唱と共に、薄明かりが広い空間に拡散していく。周囲が
俺は小刀を収納し、剣を右手、剣鉈を左手に装備し直すと、リラさんと合流して、前面に俺、背後にリラさんとファーンを背負う隊形を取る。
前からゴブリン5体が、棍棒や農具を構えてにじり寄ってくる。
ゴブリンがリラさんを見た時に好色そうに笑ったことで、急速に怒りが沸き起こる。
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
俺は雄叫びを上げてゴブリンに切り込んでいった。
俺たちは戦いながらキャンプの方にじりじりと押していった。
俺の剣で2体。リラさんの風魔法で1体を倒した。
ファーンも大戦果で、俺に「やれー!」「そこだー!」「ぶっさせー!」と何度も声援?いや野次か?を送ることに成功していた。たいした奴だと感心する。後で誉めてやろう。
キャンプが見えると、タープが無残に引き裂かれていた。だが、ミルの姿はそこには無く、2体のゴブリンがたき火に照らされる位置で絶命していた。
ミルの武器「望月丸」もミスリル製だ。ミスリル武器は別名「ゴブリン殺し」と呼ばれている。
「おまたせ、お兄ちゃん!」
ミルがいつの間にか俺の右側に距離を置いて立っていた。これで隊形が整った。
俺とミルが前衛。後衛にリラさんとファーンだ。
残りのゴブリンは4体。ゴブリンは数が減ってもそれで動揺することが無い。常に奪う側の思考しか無いのだろう。下卑た笑いを浮かべている。
ジリジリと距離を詰めてくる。油断しなければこの数なら問題ないだろう。
そう思っていた時だ。
「おい!あっちだあっち!!」
ファーンが叫ぶ。慌ててファーンの方を見ると、背後を指さしている。その瞬間、矢が飛んできた。その矢がリラさんの腕に刺さる。
「きゃああああっ!?」
リラさんが倒れ込む。俺は急いでリラさんに駆け寄り庇いつつ、ケガの具合を見る。粗雑な矢が左腕に突き刺さっている。俺は慎重に、だが素早く矢を抜き取る。
「ああっ!」
リラさんが声を漏らす。
ゴブリンの
そして状況を把握すべく、「無明」を全開にする。一瞬無防備になってしまうが状況は把握できた。
いつの間にかゴブリンの増援が来ていた。数は20体。おまけに今度の奴は弓矢や斧を装備している奴もいる。いずれも人間から奪った武器だろう。矢だけは消耗品なので、ゴブリンが作った物だ。
「ファーン!『探究者』は一時中止だ!」
「何でだよ!!」
この状況でもファーンは探究者にこだわる。
「今はパーティーの仲間として行動してくれ。頼む」
俺がそう言うと、ファーンは渋々といった風に「わかったよ」と言う。
「少しの間で良いから、リラさんを守ってくれ。俺とミルでゴブリンたちを引き付ける。その間にリラさんは傷を治療してください!」
「分かりました。すみません」
リラさんは言うが早いか、すぐに魔法の詠唱を始める。
そして、ファーンも腰の2本のダガーを引き抜く。
ミルは前方の4体に向かい、俺は後続の20体のゴブリンに向かって突っ込んでいく。
一番に狙うべきは弓矢を持つ2体のゴブリンだ。ゴブリンは知能が低く、弓を持つにもかかわらず、1体が前の方にいる。近づかなければ中々当たらない程度の腕前なのだろう。
先頭の棍棒を持つゴブリンを、駈け寄り様に身を低くして棍棒を裂けつつ回転して左の剣鉈を腹に突き刺す。
「グゲエエエエエエエッ!!」
叫ぶゴブリンを蹴り飛ばして、続いて襲って来ようとしているゴブリンに叩きつける。2体が巻き込まれて倒れ込む。
その隙に一気に弓矢を持つゴブリンに迫る。向こうも弓矢を構えて俺に向かって放つ。その矢をハーフメットの額当てで受けて弾くと、速度を落とさずに突っ込み、弓矢もろともゴブリンの首をはねとばす。
「んぐっ!!」
その直後、隙の出来た背中を棍棒が襲う。一瞬息が詰まるが、頭でなくて良かった。痛打した棍棒を脇に挟んで掴むと、棍棒を持つゴブリンの口に剣を突き込む。これで3体。
「うおおおおおおおっ!!」
俺はゴブリンの注意を引き付ける為にも雄叫びを上げる。
「こっちだカシム!」
ファーンの声に振り返ると、ファーンが2体のゴブリン相手に押されている。後ろにちゃんとリラさんを庇っている。リラさんはファーンを信頼して、目をつぶり治療に専念している。
ファーンは棍棒で殴られたようで、頭から血を流している。
俺はすかさず投げナイフを2本投擲する。1本はゴブリンの肩に刺さったが、もう1本は棍棒に当たり、はじき落とされてしまった。ファーンの元に駆け戻っている余裕は無い。俺は剣の柄尻を外して、その剣を構えて投擲一閃。
1体のゴブリンの首に刺さり、即座に仕留める。
俺の剣には回収用のワイヤーが付いているので、すぐにワイヤーを引くと、剣は俺に手に戻って来る。
目の前に迫って来るゴブリンを回避しながら剣の柄尻を元に戻すが、ワイヤーがはみ出てしまって取り回しがしづらくなってしまった。これは改良が必要だ。止む無くワイヤーを剣鉈で切断する。
もたもたしている間に、俺は5体のゴブリンに取り囲まれてしまった。5体はマズイ。3体まではかろうじて同時に対処しきれるが、5体となると確実に2体はフリーになってしまう。
軍の訓練でも良く5人一組での連携をさせられた。訓練でも5人一組の強さは3人とは大きく違っていた。
『エアリセント!!!』
風の刃が俺の右側面のゴブリンを切り裂く。
リラさんが戦線復帰してくれた。
「エアリセント」は、「悪魔の鎧」を作成していた魔法使いゼアルも使った「エアストル」と同じ風の刃の魔法だが、ゼアルの使ったのが魔神系魔法でリラさんの魔法は神系の魔法だ。
更にゼアルの風の刃の魔法「エアストル」は初級の上ランク魔法。リラさんの「エアリセント」は中級魔法。しかもリラさんの魔法特性は風魔法だ。契約したのも第一級神「風の神ヘルメス」だ。
威力は段違いで、ゴブリンの体を真っ二つにしてしまった。魔法コントロールもばっちりで、すぐ側にいた俺には何の影響も無い。安心して背中を預けられる。
魔法の攻撃にひるんだ瞬間に、俺は正面のゴブリンを蹴りつけつつ、左右のゴブリンに牽制の為に剣を振るい、ダッシュでひとまず包囲を脱出する。
そして、脱出しざまに1体のゴブリンにミスリルの剣鉈で切りつける。
その1体はひるんだが、さすがに多勢に無勢だ。
すぐに逃げる足を棍棒がかする。かすっただけだが転倒してしまう。
そこに矢が飛んでくる。とは言え、あの地獄教の危険な男ヴァジャの矢には比べるべくもない。
俺は転んだ勢いで前転しながら矢を剣でたたき落とす。そして、剣を投擲して、弓矢のゴブリンを仕留めることに成功する。
「あ」
ついメイン武器を投げてしまった・・・・・・。剣にはもうワイヤーは付いていないので回収できない。敵はまだ10体以上いる。
ガトーにも笑われたが、投擲に適した形にしてしまっているだけに投げやすく、ついやってしまう。
サブ武器を多く装備しているが、これは反省した方が良いとは思うが、どうもすでに癖みたいになっている。
俺は一瞬の硬直から解けて、すぐに剣鉈で近くのゴブリンの棍棒を持つ腕を叩き切る。そして、右手でゴブリンの腕付きの棍棒を取ると、腕を切られたゴブリンの頭を粉砕する。
ある物は何でも利用しなければいけない。泥臭くても生き延びる為にやらなければならない。
「殲滅するぞ!!!」
「おうよ!」
「はい!」
俺が雄叫びを上げると、仲間たちが答える。
魔法の援護も効いている。ミルが自分が請け負った4体のゴブリンを倒し終えて、こっちに加勢に来てくれる。そして、ファーンは探究者の仕事に戻る。これでもう大丈夫だ!
「行くぞ!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます