旅の仲間  ハイエルフ 1

 作業を終えて、一息入れていると、森の中からハイエルフの集団が到着する。

 その数、100人ほどの大集団だ。なんと言ってもハイエルフは数が少ないらしいので、これほどのハイエルフの大集団はエレス史でもまれにしか登場しない。

 あまりの事に俺は地面に座り込んだまま口をあんぐり開けてしまった。見るとファーンも同じ反応をしている。


 彼らは音もなく森から出てくると、整然と整列する。

 皆、様々な色合いだが緑系統の髪の色に、長く尖った耳。そして、これも人それぞれだが一言で言えば美形揃いだ。皆若く見えるが、若者っぽい人もいれば大人の気配を漂わせる人もいる。

 そしてさりげない動きがなんとも言えず優雅で、人間には再現不可能なのではと思わせてしまう。

 ヒシムさんたちを見て、ハイエルフの服のセンスに疑問を感じていたが、どうやらそれは杞憂で、皆リラさんが着ているような美しく優雅な服を着て、ミスリルなどの希少金属で流れるような曲線と自然を象った装飾品でその身を飾っていた。

 実に気品あるたたずまいだ。 

 そして、幻視だとは思うが、・・・・・・こう、何というか眩しい。

 キラキラと何かが、彼らの周りでまたたいているように見える。

 これはもしかしたら光の精霊なのだろうか?俺にも精霊が見えたのだろうか?美形過ぎて輝いて見えるとかって、くっそう。人間種が劣等種族だと痛感させられる。

 人間絶対主義者に彼らを見せてやりたい。俺たちはハイエルフに遠く及ばないぞと分からせてやりたい。あいつらの差別主義には胸くそが悪くなる。


 彼らは、座り込み、只呆然と見とれるしかない俺の前に立つ。

 俺はあわてて立ち上がり姿勢を正す。隣でもたもたしているファーンにも手を貸して立たせてやる。

 塔の中で治療に当たっていたリラさんも、外の状況に気付いて慌てて飛び出してきて立ち尽くす。狩人もお湯の入ったタライを抱えたまま動きを止めている。

 呆然とする俺たちを前に、見事に整列した100人のハイエルフが、一斉に、一糸乱れぬ優雅な身のこなしで地面に片ひざを付いて俺に礼をする。


「カシム殿、ファーン殿、リラ殿。我らの至宝、『森の初芽』をお救いくださり、真に感謝する」

 何が起こったのか理解できない。ハイエルフたちが最上級の礼を俺たちに向かって取っている。

 こんな事がありうるのだろうか?恐らく歴史上初めての事だ。俺たちは今、間違いなく物語の中にいる。

「全ての同胞に代わり礼を言わせて戴く」

「ハー・シュレイ!!」

 100人が唱和する。意味は分からないがエルフ語だろう。

 ・・・・・・・・・・・・。

 沈黙・・・・・・。

 俺が何か言わなきゃいけないのか?この状況で?

 ファーンに目を向けるが盛大に目を逸らされた。リラさんを振り返って見るが、手と首を激しく振られてしまう。

 ・・・・・・やっぱり俺か?俺は諦めて頭を絞りつつ、つばを飲み込んで掠れそうな声をどうにか振り絞った。

「あ、あの。どうか頭を上げてください。私たちは冒険者として当然の事をしたまでです。お礼を言われるほどの事ではありません。お立ちください」

 俺の言葉に、また全員が一糸乱れぬ優雅な動作で立ち上がる。衣擦れの音さえ聞こえないのが不思議だ。

「会えて光栄です。ジーン様のお孫さんですね」 

 代表のハイエルフが手を差し出す。ハイエルフにも握手の習慣があるのか。俺も手を差し出し握手をする。メチャクチャ緊張する。

「救援感謝致します」

 俺の言葉に、代表の男が後ろに控える100人に手を振ると、全員が素早く行動に移る。

 流れるような動きで救援活動に入る。

 もう彼らに任せて良さそうだ。俺たちは肩の荷を降ろした。


「私は『暁明ぎようめいの里』の長、タイアス・レイスト・ルディーラ・フィーネと申す。改めてカシム殿には感謝を」

 里長のタイアス殿は俺の肩を叩く。

 何やら精霊魔法を使ったのか、エルフのアイテムを使ったのか、地面から木がスルスルと生えて、なんとそれがあっという間にイスとテーブルになる。イスは全部で4脚ある。促されて俺たちはイスに腰を下ろす。

 タイアス殿もイスに腰掛け、優雅に足を組みリラックスした様子でくつろぐ。

 俺たちは非常に緊張している。妙に背筋が伸びてしまっている。

 リラさんは彼らに見劣りしない美人だが、俺たち2人は見た感じでこのキラキラした雰囲気に呑まれている。

 ・・・・・・あ、でもよく考えたらファーンはハーフエルフだ。ちゃんと見ると美形だ。ちょっと可愛い感じの顔立ちをしている。

 って事は俺だけが場違いなのか?!


 タイアス殿が指を鳴らすと、何とも美しい形の木で出来たコップが並べられ、そこに何やら甘い爽やかな香りの飲み物が注がれる。

タイアス殿がコップを掲げて口を付けたので、俺たちもそれに習う。

 何だ?!この飲み物は!?ほのかに甘いが、口の中になんとも言えない爽やかな香りと味が広がる。初春の草原を幻視してしまう。体中の隅々に水分が行き届き、疲労を細胞単位で癒していくようだ。

「ホゥ~~~」

 たった一口飲んだだけで、思わずため息が漏れてしまう。

 そして、俺たちの後ろにそれぞれ2人のハイエルフが立つ。

「お口に合ったようで良かった。どうかそのままお掛けください。今、同胞が君たちの傷を癒やします」

 タイアス殿がそう言うと、後ろの2人が精霊魔法を使う。

 俺の体から痛みが引いていくのを感じる。暖かい波動が体中を駆け巡り、非常に心地良い。

「あの、私は何処もケガをしておりませんので、大丈夫です」

 リラさんが挙手して発言する。

「うん。だが、魔法をだいぶ使って相当疲れているね。それを少しでも回復させるとしよう」

 タイアス殿が穏やかに言う。そして、そのまま話し出すので、俺たちも治療を受けながら話しを聞く事にした。

 これってとんでもなく贅沢な好待遇なんじゃないか?

 見ると、村の狩人も、離れた所でもてなされていた。彼は非常に緊張した様子だ。大変な事に巻き込んでしまったようで逆に申し訳ないが、絶対に一生の語り種(ぐさ)になるだろうな・・・・・・。


「君たちには本当に感謝している。私たちハイエルフにとっての至宝である『森の初芽』、つまりハイエルフの子どもの事だがね、それを救ってくれた事を。我々ハイエルフに子どもが生まれる事は滅多に無い。そんなわけで、我々はハイエルフの子どもを、種族全体の最も大切な宝と見なしているのだよ」

「なるほど」

 他の2人が完全に沈黙を決め込んでいるので、俺が相槌を打たなければならない。勘弁してくれよ。ハイエルフは気むずかしくて有名だし、俺の不用意な発言で種族間戦争にでもなったら大変だぁ。癒やされていく中で胃が痛くなりそうだ。

 おや?もう手の腫れが引いている。ハイエルフの精霊魔法すごい!

「君が助けてくれた子どもはね、一番新しい森の子どもなんだ。あの『歌う旅団』に奪われてしまったピフィネシアとたった2人だけの我らの宝だ。しかもミルはね、只の初芽じゃない。特別な初芽、『永遠の初芽』なんだ。この意味が分かるかい?」

 最強のパーティー「歌う旅団」にいるハイエルフの精霊魔法使い「清廉なる歌姫ピフィネシア」さんは超有名人でファンが多い。だけど、正直俺が分かったのはそのくらいだ。

「い、いえ。・・・・・・申し訳ありません」

 俺がそう答えるとタイアス殿は明るく嫌味無く笑った。何というか、笑うだけでそよ風に乗って流れてくる音楽のようだ。「まあ、そうだろうね。これは我々の『秘中の秘』みたいなものだからね。うん。くれぐれも『永遠の初芽』なんて者がいる事は内緒にしておいてくれたまえ」

 ええええええええ!!!???

 「秘中の秘」なんて存在を教えちゃって良いのか??!!

 やめて!知りたくなんかなかったよ!!

 俺は脳内で盛大に叫んだ。チラリと横目で2人を見ると、2人とも青ざめていた。

「でも、そんなに大切な・・・・・・その『永遠の初芽』の子どもが、なんで森の外を1人でウロウロしていたりしたんですか?」

 俺がそう尋ねると、タイアス殿の表情が豹変して鬼の形相になる。優雅で美しい鬼だ。怖い怖い。俺やっちまったか?!「そうだ。そうなのだ。あの馬鹿者どもが!!」

 低く毒づくと、また指を一つ鳴らす。するとさっきから姿を全く見せていなかったヒシムさんとネイルーラさんが、何やら連行でもされているかのように数人のハイエルフに両脇を固められて連れてこられた。そして、2人とも地面に正座させられる。2人ともすっかり意気消沈の面持ちだ。

 何というか、怒られているんだな。これから更にこっぴどく怒られるんだな、うん。

 それにしてもハイエルフでも怒られる人はこの姿勢で座らされるんだ・・・・・・。


「さて、タリルの息子ヒシムよ。何か言う事はあるか?」

 タイアス殿が静かに問う。ドスを利かせているわけでもないのに怖い。涼やかでキラキラしているのに怖い。何年生きたらこんな威厳というか、雰囲気が出せるというのだろうか?

「い、いや。ボクらは夢の為に森を出たんですよ」

 ヒシムさんが必死に弁解する。

「ふむ。夢か。我々にとって最も大切にすべき思いだな」

 タイアス殿が頷く。

「で、でしょ?ボクたち夫婦は同じ夢を持っているんです。その実現の道を探す為に森を出たんですよ!」

「『忍者マスター』になる夢だったな、確か」

「そうです!『忍者マスター』です!我々が忘れてしまった永遠の憧れです」

 ヒシムさんが言い募る。必死だ。この人これで説得出来ていると思っているんだろうか?傍目から見てもタイアス殿の怒りのボルテージが上がってきている。

「で、お前は『アズマ』に入れたのか?」


 「アズマ」はエレス大陸の東に浮かぶ列島だ。独自の文化と「アマツカミ」という大陸とは全く違う神々が存在する世界だ。

 そして、有史以来鎖国していて、出入国には厳しい審査が必要らしい。島国なのに、外国に開いている港は2つだけらしい。なので、アズマに関しては噂レベルの情報しかない。

 もちろんエレスにアズマ出身者もいるが、それでもアズマは謎が多い国だ。

 闘神王の狂王騒乱戦争でも、開戦前に同盟したため、開国を迫る事が出来ていない。

 もっとも、いかな闘神王でもアズマと正面から戦っていたらとてもじゃないが4年足らずで大陸制覇は出来なかっただろう。

 あの国はエレスでは神に当たる「アマツカミ」たちが人々を率いるのだから、恐らく総出での戦争になる。下手したら負けていたかも知れない。

 ちなみにエレスの神々は「神は気まぐれ」とみんなが口をそろえて言うぐらい頼みにはならない。

 戦争に参加したとしても娯楽気分で手を貸したり引っかき回したりするぐらいだろう。


「いえ・・・・・・。門前払いでした」

 ヒシムさんが言うとタイアス殿が頷く。

「フムフム、そうだろう。お前たちは若いから知らんだろうが、アズマのアマツカミと我々とでは少なからぬ因縁があるからな・・・・・・」

「ボクたちにそれ言われても知らないですよ・・・・・・」

 ヒシムさんが余計な一言を言う。

「フムフム。確かにその通りだ。お前たちの夢を邪魔しているのはかつての我々の有り様そのものだ。その点は何とかすべきだと考えている。だがな・・・・・・」

 来た来た~~~。俺たち3人は来たるべき衝撃に耐えるように身を固める。ネイルーラさんもだ。

 だが、ヒシムさんは何も感じてないようにタイアスさんを非難するような目つきで見ている。

「お前たちの夢に、我々の至宝であるミルを巻き込むとは何事かぁぁっ!!」

 ドッガァアアアアアンンンン!!!!

 うわああああ~~~~~!!!

 冗談抜きで雷が落ちてきた!!!

 俺たちここから離れて良いですか?良いですよね!?

 ファーンはイスからズリ落ちてるし、リラさんは微笑みを浮かべているが涙目だ。可愛いけど。

 ヒシムさんは真っ青な顔で大量の汗をかいている。優雅で美しい顔立ちが逆にギャグにしか見えなくなっている。黄色い変な服着ているし。

「そんな変な恰好をしおって!!そもそも貴様は忍者の何も知らんというのに、妄想だけで暴走しおって!!貴様らが夢を追いかけるのは良い!夢を認める事がハイエルフの流儀だ!!だがそれは『初芽』が成長してからで良かろう!!何故貴様はたかが100年を待てなかったのだ!!ミルは至宝中の至宝なのだぞ!!」

 たかが100年って言っちゃうんだ、ハイエルフって。俺たち人間は100年も生きられないよ~。

「まだ何の判断も出来ぬ赤子の内に森から連れ出して、外の世界を何年もウロウロしたあげくに、森に帰る事を恐れて人間の村に住み、しかも今回のように初芽から目を離した上に危険な目に合わせた!!!貴様の行いは決して許されぬわ!!!」

「ヒイイイイイ~~~」

 ヒシムさんがどんどん縮んで行くように見える。もう「ござる」とは当分言えそうにないな、この人は。

「貴様の行いに『穴の刑』30年を言い渡す!!」

 タイアス殿の判決に周囲のハイエルフたちが一瞬硬直する。そんなに恐ろしい刑なのか?

「そ、そんな~~~。それはあんまりにも重すぎる罰です~~~」

 ヒシムさんが涙目を浮かべる。

「あ、あの。それってどんな刑なんですか?あんまり厳しい刑だと、子どもも可愛そうですし・・・・・・」

 残酷な刑だったら、子どもはどんなにショックを受けるか分からない。ここは少し考え直して穏便に収められないだろうか。

「・・・・・・うむ。『穴の刑』とは、刑期の間は毎日8時間、規定の深さまで穴を掘って埋めるという作業を繰り返す刑だ。・・・・・・が、確かにカシム殿の言われる通り、初芽に与える心理的影響を考慮すべきだな。少し頭を冷やすとしよう」

 タイアス殿が申し訳なさそうに言う。俺たちはハイエルフが恐れる「穴の刑」の内容にやや呆れてしまっていた。

 なんか感覚が違うが、ハイエルフにとってはとんでもなく苦痛なんだろうなと思うしかない。

「しかし、カシム殿にはさすがと言わざるを得んな。思いやり溢れる言葉と行動。初芽の幼い心理にまで心を配れる気遣い。そしてハイエルフの長に意見を言えるその度胸。本当に私は君を気に入ったよ」

 何か、えらく高く評価されてしまっている。もうこれ以上俺を過大評価する勢力を増やしてはいけない。やめてくれ。

 まあ、確かにハイエルフの長に人間が意見を言うとかって、ちょっと物語でも聞いた事がない。

 

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