第二巻 旅の仲間

第二巻 旅の仲間 ~エレスで語られている怪談について~  

「魔人形」


 エレスで語られている怪談の中に、こういう話がある。


 皆さんは、高級人形をご存じだろうか?

 大きさにして70センチメートルの球体関節人形で、単純なポーズ変更ができ、人形師ギルドで企画されたサイズの為、服のサイズも決まっていて、それぞれに服を着せ替えて飾って眺める物だが、高級な人形である為、貴族や、金持ちなどの上層階級の趣味として定着している。


 ドレスなどの服だけでは無く、この人形用の部屋や、家具、食器などの小物も有り、それぞれに専門の職人が居る。愛好家達は、思い思いに飾ったり、自分のコレクションを自慢し合ったりするのである。

 こうした愛好家に男女比はほとんど無いそうだ。


 そんな人形の中で、狂った人形師ゲイルが作った「ルシオールシリーズ」という人形がある。金髪に青い目をした、実に美しい人形で、二十三体製作された。

 発表されるや、たちまち注文が入り、かなり高価であるにも関わらず、あっという間に十二体が売れた。

 ところが、その直後、人形師ゲイルが、自宅の工房で惨殺された状態で発見された。

 手足を引きちぎられて、腹を割かれて内蔵を引きずり出された状態だったそうだ。そして、その死体の傍らには、美しい人形が十一体立っていたという。


 ある購入者は、伯爵家の令嬢だった。

 かなり高価な人形だったが、このルシオール人形の美しさに一目惚れして購入し、大事に家の自室のガラスケースに入れて飾っていた。

 どこか憂えているのか、それとも少し眠いのか、そんな表情のあどけない少女の様なこの人形を眺める時間が至福の時間だった。


 ところが、ある日、人形のポーズが微妙に変わっている事に気がついた。気のせいかとも想ったのだが、別の日には、ガラスケース内での位置が、これまた微妙に変わっている。

 もしかして、自分の不在中に使用人が掃除して、事もあろうかガラスケース内にまで手を入れたのだろう。


 伯爵令嬢は怒り狂い、使用人を集めて問い詰めたが、誰も触っていないという。伯爵令嬢の人形に手を触れるのはタブーである事は、使用人なら誰もが知っている事だった。

 以前に勝手に触れた使用人を、折檻の末にクビにした事があったからだ。

 確かに、わざわざガラスケースを開いてまで、そんな危険を冒す使用人はおるまいと思い、家族に疑いの目を向ける。


 ところが家族も知らないと言う。やはり気のせいなのだろうと言う事になった。

 

 しかし、次の日には、ガラスケース内で専用のイスに座らせていたはずのルシオール人形が立っていた。これは気のせいでは済まない。

 そこで伯爵令嬢はクローゼットに隠れて、一日中見張る事にした。そこで、恐ろしい物を目撃してしまう。


 それまで、ジッと立っていたルシオール人形が動き出し、ガラスケースの戸を開けて、棚の上から事も無げに飛び降りたのである。床に立つと、カクカクとした動きで部屋を歩き回り始めたのである。

 やがて、部屋の真ん中で動きを止めると、首だけをグルグルと回して何かを探し始める。

 そして、伯爵令嬢の隠れているクローゼットの方を向くと、体の向きを変えて近づいてくる。

 伯爵令嬢は恐ろしさのあまり、息をするのも忘れてしまった。

 クローゼットの中で身動きも出来ず、目も離す事が出来なくなり、カクカクと人形が近づいてくるのを見ている事しか出来なかった。

 人形は、クローゼットの側まで来ると、フワリと浮き上がって、伯爵令嬢が覗いている隙間から、伯爵令嬢を覗き返したという。そこで、伯爵令嬢は意識を失った。


 目が覚めた時は自分の部屋のベッドで、複数の召使いや家族が取り囲んでいた。

「いったい、あんな所で何をしていたんだね」

 父が尋ねるが、伯爵令嬢は青い顔をして首を振るのみだった。

 ベッドの傍らには、ルシオール人形の飾られたガラスケースが置かれていて、ルシオール人形は、朝と全く代わらないポーズで立っていた。

 

 伯爵令嬢はすぐに部屋を飛び出す。驚く家族だけを呼んで、何があったのか話す。

 だが、そんな話しは誰も信じない。クローゼットの中で気を失っていた伯爵令嬢が、変な所で寝た為に、そんな馬鹿げた夢を見たのだろうと言う事になった。

 腹が立った伯爵令嬢は「それなら、お父様が今夜あの部屋で寝てみると良いのだわ!」とわめき散らした。

 そう言われると、引き下がる事が出来なくなったのは父親だ。拒否をすれば、臆病者だと娘に思われてしまう。

 そんなわけで、その夜は伯爵令嬢のベッドで伯爵が寝る事になった。


 そして、夜が明けて伯爵令嬢のベッドの上で発見されたのは、体をバラバラに引き裂かれた伯爵の姿だった。

 

 恐怖に駆られた伯爵令嬢は、使用人に命じて、今すぐにルシオール人形を焼却するように命じた。

 使用人はルシオール人形を抱えて焼却炉に放り込む。

 ところが、焼却炉から、顔も体も焼けて醜く溶け崩れたルシオール人形が這いずり出てきて、その使用人の足をもぎ取ってしまった。


 上がる悲鳴に、伯爵家の使用人も家族も集まると、使用人の足を持ったルシオール人形が、焼け焦げてまばらになった金髪を振り乱して走ってくる姿を目撃する。使用人たちが斧を持ってルシオール人形をバラバラにしたが、それまでに三人が惨殺されてしまった。

 ルシオール人形はバラバラにされた状態で箱に入れられ、鍵を掛けられて、翌日には遠くに捨てられる事となっていた。


 ところが、翌朝には伯爵令嬢が四肢を引きちぎられ、首も切断され、胸を開かれた状態で発見され、その横に、動かなくなったルシオール人形が美しい姿のままで伯爵令嬢の心臓を手に持って立っていたそうだ。


 

 こんな事件が他の購入者の元でも相次ぎ、「ルシオールシリーズ」は呪われた人形「魔人形」と言われるようになった。


 にもかかわらず、その怪しさと美しさから、ルシオール人形は多くの好事家の元を転々とした。時には持ち主が原因不明の事故や、重い病にかかったり、不幸が続くようになったり、凄惨な死を遂げる場合もあったため、現在は二十三体のほとんどが処分されている。


 ただし、あと三体だけは、その行方が分かっていないそうだ。次なる被害者を求めて、今もさまよい歩いているのかも知れない。

 



 エレスで広く語られている怪談として、この「魔人形」は色々なシュチュエーションや、いろんな怪奇現象として伝えられている。

 それ故、同じ魔人形を題材とした怪談でも語り手によって内容は全く違ってくる。しかし、多くの怪談がそうであるように、怖いけど、真実で有るはずが無いと誰もが思って、怪談を怖がり、楽しんでいるのだ。

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