冒険の始まり 旅立ち 3
一夜明けたグラーダの王城「リル・グラーディア」の王の執務室では、非常にすがすがしい顔をしたグラーダ三世が執務に精を出している。
「ところで王よ」
宰相ギルバートが声を掛けると、グラーダ三世は書類に目を向けながら返事をする。
「どうした?」
「いえ。カシム君の事ですが・・・・・・。創世竜とちゃんと会ったかどうかを確かめる必要があるのでは無いでしょうか?無論その点抜かりは無いかと思いますが?」
確かに、カシムが「創世竜に会った」「認めてもらった」といえば、それを確かめる手段は無い。かつての「竜の眷属」たちも自称がほとんどだ。誰も疑っていないがその点では「剣聖」ジーンも同じだ。証拠など無い。
グラーダは書類から目を離さずに答える。
「無論だ。すでに最適の男を派遣している」
ギルバートは眉根を寄せる。
「まさか『鷹の目』の隊長では無いでしょうね?」
彼のスカウト能力の高さは知っているが、最適とは言い難い。彼はカシムに荷担し過ぎそうで、いまいち信頼性に欠ける。
「いや?第一あやつはジーンの配下ではないか。俺に命令権は無い」
「ではいったい誰ですか?」
グラーダは書類から目を離すと、ギルバートを見る。
「冒険者だ。訳ありのな」
グラーダ三世が依頼したのは、ジーンからかつて紹介された冒険者で、エルフの無口な男だ。職業は黒魔道師。
だが、この男、剣の腕も立つし、ハイエルフでは無く、只のエルフながら、ハイエルフの能力も多く引き継いでいてスカウト能力も高い。あまり目立ちたがらなく、口も堅いので、度々グラーダ三世はこの男に依頼していた。
この男は単独行動を好み、誰かとパーティーを組む事も、ほぼしない。組んでも、それは依頼内容に関係する時だそうだ。
男の名は「ランダ・スフェイエ・ス」。
ランダはグラーダ三世の依頼を受けて、すでにカシムの側で監視をしていた。
だが、グラーダ三世の依頼を受けるよりも前に、ランダはカシムの祖母クレセア・ペンダートンに会っていた。
「カシムの事を守ってやって。あなたにしかお願いできない事です」
「お任せください」
ランダはクレセアの前に跪いて、
「そんな!今日も来ない!!」
日が暮れて行く中、メルスィンの冒険者ギルドの巨大な入り口の前でリラが叫ぶ。
ここ数日、リラは冒険者ギルドの、冒険者登録窓口のベンチに座って張り込みを続けていた。
カシムが必ず冒険者登録をする為にここを訪れるはずだった。そこでカシムに仲間にしてもらおうと考えていたのだ。
だが、5日経ってもカシムは現れなかった。
「どういうこと?彼は何処へ行ってしまったの?」
リラが、トボトボとメルロー街道を北に歩いていると、後ろから声が掛かる。
「あら、あなたリラさんじゃなくって?」
優しげな声に振り返ると、馬車を止めて窓からこっちを見ている「賢聖」リザリエがいた。
「リ、リザリエ様!?」
リラは驚く。確かにリザリエに声を掛けられて、文化都市アメルから、王都メルスィンまで来たが、覚えていてくれて、しかもこんな街中で声を掛けてもらえるとは思っていなかった。
リザリエはうなだれているリラを見て心配そうに言う。
「どうかなさったんですか?」
リラはワラをも掴む勢いでリザリエの馬車に駆け寄る。
「リザリエ様!お助けください!」
リザリエは苦笑すると、馬車のドアを開ける。
「まあ、お乗りなさい。中でゆっくりお話を聞きましょう」
リラは、少し気後れをしながらも怖ず怖ずと馬車に乗る。
「さあ、お茶でもお飲みなさい」
馬車に乗ると、馬車に備え付けられている器具でリザリエ手ずからお茶を入れる。リラはティーカップを受け取り、爽やかなマスカットのような香を放つ紅茶を一口すすると少し心が落ち着いた。
リザリエは気遣わしげに無言でリラを見つめる。そこで、リラは話し始めた。
「リザリエ様。私、あの方をお助けしたく思っているのです」
「あの方?」
「はい。カシム様です!」
リラが力強く言う。リザリエは、一瞬片眉を上げるが、すぐに表情を戻して穏やかに問う。
「それはまた、どうしてですか?」
「はい。私はあの時、謁見の間に居合わせて感動しました。そして、この方の旅を見届けたいと思いました。あの方と一緒に旅をすれば、私の求めている歌が沢山見つけられる気がします。歌を見つける事が私の人生の目標なのです」
リザリエは、少し考えるように無言を貫く。
「・・・・・・お助けするといっても、私は弱く、あの方の足を引っ張るだけかも知れません。それでも、私は共に行きたいのです・・・・・・」
声が震えて目に涙がたまる。
「恐らくカシムさんは、旅の果てに命を落とすでしょう」
ようやく発したリザリエの言葉に、リラはハッとして顔を上げる。
「創世竜に会うと言う事は、そういうことなのですよ」
つまり、同行するならリラもそうなると言う事だ。暗に諦めろと言っているのだ。
リラはなんと言ったら良いのかわからなくなる。何故か悔しくて涙がこぼれる。何故自分は冒険者として力を付けてこなかったのか悔やまれる。
リザリエが苦笑する。
「わかりました。でも、決めるのはあなたとカシムさんですよ。私がカシムさんに命令したりする事はありません」
「は、はい!」
リラが涙を拭いて顔を上げる。するとリザリエが首をひねる。
「それで、リラさんはこんな所で何をしていたんですか?」
リラは赤面する。
「それが、カシム様が冒険者登録するだろうとギルドで待っていたのですが、全然現れなくって・・・・・・。なので、リザリエ様ならもしかしたらどこにいるのか、知っているかと思ったのです」
するとリザリエは声を上げて笑った。
「おほほほほ。あらごめんなさい。でもね、カシムさんはもうとっくに旅立ってしまいましたよ」
リラの顔が一気に青ざめる。
「でも心配しなくて大丈夫ですよ。行き先はわかっています」
リラがリザリエに詰め寄る。
「ど、どこへですか?」
「アメルです。そこで冒険者登録する事にしたようです」
それを聞くと、リラは慌てて馬車のドアを開ける。
「ありがとうございました、リザリエ様!」
ところが、リザリエがリラのスカートを掴んで離さない。
飛び出しかけたリラのスカートが盛大にめくれ上がり、スリットが危険領域まで開放される。その様子に周囲の男たちの視線が一気にリラに集まる。
「きゃああああああ~~~!?」
リラが悲鳴を上げて、慌てて馬車の中に戻る。
「あら、ごめんなさい」
またしてもリザリエが「おほほほ」と愉快そうに笑う。
「慌てなくて大丈夫よ。私も今からアメルに戻るところなの。良かったら一緒に行きましょう。荷物とか大丈夫ですか?」
リラは、持てる荷物はすでに持っている。このままいつでも出発できる。カシムに会ったらそのまま旅に同行するつもりだったのだから。
「大丈夫です!お願いします!」
リラが答える。
『わかりやすいわね、この子』
リザリエはそう考える。カシムに対するこの少女の思いは、すぐにわかった。かつての自分と同じで、好きになったら命がけ。
『アクシス様には申し訳ないわね』
そう考えたが、クスリと笑う。
『でも、面白くなってきました』
いずれにせよ、カシムには仲間が必要だ。金や名誉や損得感情で動く人間では無い。純粋にカシムを思い、命をかけられる仲間が。
力は足りなくても、こうした仲間と冒険をしていく事で、お互いが成長して行ける事になるのだ。
冒険者とはそうした人種なのである。
リラは、嬉しそうに窓から外を眺めながら、歌を口ずさむ。
とても心地よい美しい歌声が、リザリエの心にしみ渡る。
馬車はメルロー街道を右折し、東に向かってリア街道を進む。
文化都市アメルへ、カシムの後を追って・・・・・・。
第一巻 -完-
第二巻 「旅の仲間」へ続く
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