第10話 召喚術師、終焉の酔客に困る
「若鶏の衣揚げ一丁! 熱いんでお気を付けて!」
揚げ物が盛られた大皿をテーブルに着地させると、「来たぁ!」木製ジョッキを握った男どもが盛り上がった。
次々とフォークが刺さり、すぐさま「ぷは――やっぱここの鶏は美味え。酒に合いすぎんだ」とジョッキの麦酒までが空になる。
「兄ちゃん。麦酒、人数分。なる早で持ってきてよ」
「あざっす! オーダーいただきましたぁ!」
空ジョッキと空皿を掻き集めた俺は、お客でごった返すホールをすり抜けて厨房へと。
「八番卓、麦酒六つ入りました! 一番卓の水割りすぐ出ます!」
「フェイル! こいつも持ってけ十一番だ!」
「うっす!」
「あいつら面倒な料理注文しやがって! 割増料金にしといてやる! それとフェイルっ、イリーシャ呼んでこい! ジジイどもが文句言うようなら、テーブルに包丁突き立てとけ!」
「うっす!」
息つく暇もないほどの忙しさ。
俺は酒と料理を配り終えると、常連の老人五人に捕まって席に座らされていた茶髪巨乳の美人――イリーシャさんの腕を捕まえて引っ張り上げた。
「申し訳ないです。お時間ですんで、お嬢引っ込みまーす」
ほとんど毎日顔を見る赤ら顔の老人連中に愛想笑いを振り向くが。
「フェイル! おめっ、誰の許可取って、イリーシャちゃん連れてくつもりじゃ!?」
「後生じゃあ。やめてくれぇ」
案の定、エロジジイどもからは不満の声が上がる。
即座、テーブルに握り拳を叩き付けた俺。
「うるせえ! 看板娘のケツばっか触ってねえで大人しく飲んでろ!」
それで五人の老人は借りてきた猫のごとく大人しくなる。まるでイタズラを叱られた子供のように、テーブルの上で顔を突き合わせた。
「怖い。怖すぎるぞ。フェイルの奴、親方二号じゃ」
「うちらのカミさんが怒るのを許可してからじゃな。あれからフェイルは変わってしもうた」
「春、店に入ったばかりは、わしらにも優しかったのにのぉ」
俺は老人連中のテーブルに何枚かあった空皿を回収しつつ、「もうすぐ奥さんたちが迎えに来てくれるんでしょう? イリーシャさんにデレデレしてたら、また引っかかれますよ。この前、ひどい目に遭ったばかりじゃないすか」とため息だ。
老人たちの席を後にすると、「フェイルくん。見て見て」イリーシャさんが嬉しそうに、胸元の開いたエプロンドレス――剥き出しになった胸の谷間を見せてくる。
「お小遣いもらっちゃったぁ♪」
イリーシャさんが乳房を開けば、銅貨が二枚、肉に埋もれていた。
俺は眉間にしわを寄せるしかない。
「仕事してください。親方、キレてますよ」
「はーい」
俺がバイトしている“大衆酒場・馬のヨダレ亭”は今夜も大盛況だ。
もうだいぶ夜も更けたっていうのに、お客が減る気配が一切ない。怒号のような談笑が飛び交い、酒と油と仕事上がりの中年男たちの臭いが充満していた。
イリーシャさんもホール仕事に戻ったし、俺は厨房で親方を手伝わにゃあ――そう思って早歩きになった瞬間だ。
「店員さん。ちょっといいかい?」
ぼそっとした声に呼び止められて、「はい! おうかがいします!」威勢よく首を回した。
俺を呼んだのは、店の隅でひっそり一人飲みしていた三十そこらの男で、ポケットだらけの草色の外套がいかにも旅人風だ。交易都市ラダーマークに旅人など珍しくもないのだが。
「店員さんはこの街で生まれた人?」
「へ? ……いえ、外から来た学生ですが」
「そうかぁ。ならよかったねぇ。街を捨てて逃げたって、何の後腐れもないもんねぇ」
男は頬杖をついて店で一番強い酒を飲んでおり、どろりとした眼で俺を見上げた。
俺は――何言ってんだこいつ――とは思いつつも、お客を無下にもできない。「はあ」と相づちを打ってから、できるだけ小さな愛想笑いをつくった。意味のある言葉は返さない。面白くない奴と思って早々に話を切り上げてくれたら御の字だった。
だが男は、俺の心中などおもんばかることもなく、勝手に話を続けやがる。
「知ってるかい? もうすぐこの街に破滅が来る。神々の意志が、怒りが、すべてを呑み込むんだ。誰も逆らえない」
「はあ」
「これは秘密なんだがね。破滅の鍵は、この私が握っているんだよ。アレを手にした時、確かに神の声を聞いたんだ。それでこの街に来た。終焉を望まれる神の使徒なんだ、私は」
「なるほど」
「今はね、贄を選別している。アレに喰わせる聖なるもの――どうせなら、できるだけ古く、清らかな方がいいからね。目星はあるんだが、まずは使命を邪魔する者どもの目を欺かなければならないんだよ、私は」
「そりゃあ大変そうだ。こんなところで飲んでて大丈夫なんです?」
違和感はあった。どこかで聞いたことがあるような話、誰かが何かを探している話……俺は記憶の中を漁ってみるが、すぐには思い出せない。本気で考えれば出てくる気もしたが、酔っ払いの与太話にそこまで頭を使うのもどうかと思う。
とはいえ……。
「店員さんにいいことを教えてあげよう。空に銀色が見えたらすぐ逃げることだ。終焉は銀色から始まる。走って間に合うかどうか、知らないけどねぇ」
酔っ払いの与太話がやけに具体的で、興味をそそられたのも事実だ。
「フェイルっ!! 客とくっちゃべってねえでとっとと料理作れ!!」
厨房から顔を出した親方に怒鳴られなければ、俺から男に何か尋ねていたかもしれない。
「はい! すみません親方!」
強い叱責にびっくりした俺は――仕事中だぞ。ちゃんと働け――と気を取り直す。営業スマイルでヘコヘコ頭を下げつつ、いつまでも注文する気のない酔っ払いから離れるのである。
「すみませんお客さん。ちょっと、親方に呼ばれましたんで」
不確定な世界の終わりよりも、まずは今日の仕事だ。明日だって必ず腹は減るのだから。
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