7 サラ
私の窓へと伸びる手が止まった。何故なら、もう一人の影がドアから入ってきたからだ。長いストレートヘアの、グラマラスな雰囲気の女性が、イオリと何度も熱っぽくキスをしている。
キスを繰り返しながら、イオリがベストも脱いで、シャツのボタンを一つ一つ、しかも色っぽく外し始めた。ゴクッと何かを飲んだ私は、彼らの様子を見守った。
……ってか、これ一晩中見ないといけないんですかね?こんな、他人の情事を。しかもちょっと気になり始めた相手の情事を。お胸の大きい女の人も服を脱いでは彼にキスしてるし、イオリも自分のベルトに手をかけて取ろうとしている。
しかし彼のベルトが中々外れなくて、イオリがキスをやめた。
『焦ったいな……。』
『私が取ってあげる。』
二人の声が聞こえた。女性は一度長い髪の毛をかき上げてから、少ししゃがんでイオリのベルトの金具を掴んだ。イオリは彼女のこめかみに何度も優しくキスをしてる。
『このベルト、形は気に入っているが……。』
『外れにくいのね。ふふ。でもこれからも、私が取ってあげてもいいよ。今度はもっと焦らしたいけど。』
『俺のこと焦らせるのか?ふっ。』
……何でもいいので、この強制的なポルノムービーをどうにかしてほしい。その場で真横に倒れた私は、海の中で下に潜るように両手に力を入れてこの場から移動しようとしたが、どうあがいても泳いでも、動くことが出来ない。
そっか、イオリって恋人いたんだ。もしかしたら奥さんかもしれないけど。二人のラブラブっぷりからして、一晩だけの関係ではなさそうだ。ちょっと残念かもしれない。
あーあ。
あーあと脱力していると、勝手に体が直立の状態に戻った。移動出来そうにないし、中庭でも眺めて過ごそうかなと思っていると、部屋から女性の艶かしい声が聞こえてきたので、私はついまたカーテンの方を見てしまった。
『サラ、声が大きい。』
『だってぇ……イオリが激しいんだもん。それに誰にも聞こえてないよ。』
『それもそうか。ほら、……もっと、舌を出せ。』
あのさぁ。ちょっと待ってよ、いやいや、ちょっと待って。私は両手で顔を覆って、指と指の間からカーテンを見つめた。イオリは女性の上に乗って、サラという人に熱いキスをしている。
こんな覗き見のような経験は初めてだった。そっか、別に生きていた間だって、やろうと思えば業務用のスコープで他人の寝室を覗けたんだ。ナイトビジョンもあるし、そっか!誰かの家のテレビを覗き見た事はあったけど、寝室も覗いてみれば良かった!もっと楽しめたのに!
私は心からしまった!と思い、つい手をパチンと鳴らしてしまった。
二人の動きが止まっている。
私はやばいと思った。
今のパチンって音、鳴ってないよね?多分体がスケスケ状態の時に鳴らしたよね?多分そうだ、そうに決まってる。そうだったら聞こえてないから大丈夫だ!
『何の音?』
ダメだった……。サラの疑問に、イオリが首を傾げて、暫く聞き耳を立てていたが、彼は言った。
『気のせいだろう。俺の関節の音かもしれない。』
『あははっ、イオリって本当に面白い……紳士的で、いつも冷静沈着で、聡明で。でも話してみると、ユーモアもあって。』
そうなんだ。紳士的なのは分かるけど、冷静沈着かな?きっと普段のイオリはそうなのかもしれない。普段のイオリか……どういう感じなんだろう。
『ねえ、私のどこが好きなの?』
私はその場で体育座りをした。もうこうなりゃこのエロムービーを見させてもらおうか……。シルエットだけど、それが余計に艶かしいし。
そしてイオリは、ダンディな低い声で言った。
『そうだな、いつも見惚れているよ。職場ですれ違った時、こうしてゆっくりしている時だって、ずっと見ていてもどういう訳か、飽きない。』
となると、イオリはサラの外見が好きなのだろう。それはどうなんだろうか、私だったら、外見よりも中身を好きになって欲しいけど。
しかしサラはイオリの回答がお気に召したようで、サラの方からイオリにキスを与えた。しかも何度も何度も繰り返していて、とてもラブラブな雰囲気なので本当、映画みたいだし、ポップコーンが欲しくなってきた。
……。
イオリは情熱的な部分もあるんだ。みんなそうなのかもしれないけど、私は夫とはこういう雰囲気になったことが無かった。それまでも何度か男性と寝たことはあるけど、イオリ程優しく熱くキスをする人はみた事が無い。
ちょっとサラが羨ましかった。多分だけど、私はイオリのこと、ちょっと好きだ。ぎゅっと自分の膝を抱いて、二人のねちっこいキスを見つめた。
「いいなぁ、私もそういう事したかったなぁ。」
どうせ聞こえてないだろと思って、そう言った。しかし、二人の動きがまた止まってしまった。
いやいや、聞こえてないよ、意識させてないもんと思っていると、勢いよくイオリを突き飛ばしたサラが、『やっぱり声がする!』とこちらに向かってきた。
やばい!と思って、一瞬頭が真っ白で、怯んでしまった。その瞬間にカーテンがシャッと開いて、小麦色の肌でアッシュグレイのサラサラな髪の毛の、胸元がセクシーな女性と目が合った。
サラって意外とワイルドな雰囲気だったんだ……!グレーの瞳がとっても綺麗だった。
「きゃあああああああああ!」
「あっ、あっ!」
私は違うんです覗くつもりはなかったんですと手を振ったけど、顔の青ざめてしまったサラは尻餅をついてから私を指差して叫んだ。
「誰かいる!イオリ!」
「ああ……。」
イオリのイライラした顔がこっちを向いている。さっき着てたシャツのボタンが全部開いていて、鍛えられた肌が輝いて見えた。
シャツに隠れて見えそうで見えない胸の先端が、私を興奮させてしまって、私はつい鼻血を出してしまった。するとサラがまた叫んだ。
「きゃあああああああ!?鼻から血、血を出してる!殺さないで!」
「殺さないけど……。」
私の声が彼女に届いていただろうか。さっきから何度も叫んでいるので、私のか細い声は闇夜に紛れてしまっている。サラはイオリの腕を抱いて震えていて、イオリはサラの肩を抱いて私を睨んでる。
そしてサラがイオリに聞いた。
「に、逃げた方がいいんじゃないの?」
「いや、こいつは知ってる。我々に危害は加えないだろう。」
「えっ!知ってるの!?はぁ!?」
「えっ」
「イオリ……おかしいんじゃないの!?幽霊を知ってる!?どういう事?あの人を殺したの?だから化けて出てるの?」
「ち、違う!馬鹿め、どうして俺があいつを殺すんだ!」
なんか知らないけど、二人が喧嘩し始めた。私はそっとカーテンを閉めて、白い服の袖で鼻からボタボタ垂れてる血を拭いた。
それにしても血まで出るなんて、本当に私は生きてないのかな。って言ってもまぁ浮いてるからなぁ……。
「もういい!イオリ、私は普通にこの状況怖すぎるから、今日は帰る!」
「えっ!?ま、待て!待たんか!」
「あの白い初期アバターみたいな女、言っとくけど相当やばいと思うよ!イオリ、ここは三階だよ?窓の外に浮いてる人を普通に受け入れられるなんて、しかも知ってる人って言うだなんて、どうかしてるよ……!あまり私を幻滅させないで!」
「おい!」
バタンとドアの閉まる音がした。これはやばいと思った。もしかして、もしかすると、イオリは私のせいでふられたかもしれない。しかもアバターって言われた。
スタスタと足音が近づいてきて、シャッとカーテンが開いて、憎悪に満ち溢れた表情のイオリと目が合った。
「イオリ、聞いて。」
「何が聞いてだ!どうしてここまで付いてきた!?いや違う、あの屋敷から出られないと言う発言は嘘か!貴様!」
イオリが私の首を絞めてこようとしたので、私は体を透けさせて攻撃を回避した。すると空振ったイオリが勢い余って窓に躓いて落ちそうになったので、私は肩を持って彼の体を支えて、部屋に押し戻した。
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