七星姫は後宮で輝く~凶星と疎まれた少女は皇帝陛下に溺愛される~

橘 ゆず

1.凶星と呼ばれた少女

「何をぐずぐずしてるんだい。それくらいの洗濯物にいつまでかかってるんだか。そんなんじゃ日が暮れてしまうよ」

「すみません。すぐにやります」


 飛んできた怒声に頭を下げて藍珠あいしゅは濡れた衣類のいっぱいに積み上げられた盥をよいしょと持ち上げた。


 昨日のうちに山のように届けられた洗濯物を洗うのは、夜明けから取り掛かってもなかなか終わらなかったが、確かにこれにばかりかかってはいられない。


 炊事、洗濯、薪割り、羊や馬たちの世話。

 しなければいけないことは沢山あるのだ。


 ここは大陸の中南部に広がる草原地帯。

 そこにいくつか点在する「草原の民」の集落の一つ、ホアン族の集落だった。


 ずっしりと重たい盥を懸命に運んでいると、ふっと盥が軽くなった。

 見ると、幼馴染の涼雲りょううんが盥に手をかけているところだった。


「涼雲」

 藍珠は思わず顔を綻ばせた。


「まったく。相変わらずだな。こんなに押しつけられて。他にも人はいるだろうに、いつもいつも藍珠にばかり」

「いいの。私はこれくらいしか出来ないし」


「これくらいじゃないだろう。朝から晩まで働き通しで」

「いいんだったら。ほら、かして。早く干しちゃわないと日が陰ってきたら大変」


「手伝うよ。こんなに重いのをおまえ一人で運ぶなんて無理だ」

「平気よ。いつもしてることだもの」


 そんなやりとりをしていると、また

「まだそんなところにいたのかい! 何を油売ってるんだ!!」

 と厳しい声が飛んできた。


 洗い場の奴婢たちを束ねている石敏シーミンが険しい顔でこちらを睨みつけている。


「何だよ、その言い方。仮にも首長の娘に向かって」

 涼雲がたまりかねたように言い返した。


「ふん。首長の娘ったって庶子じゃあないか。しかも母親は奴婢ときてる。おまけに一族に不幸をもたらす凶星の下に生まれついてるときたらね。そこらの平民の子の方がよっぽど上出来ってものだよ」

 石敏は鼻を鳴らしていった。


「何が凶星だよ。くだらない!」

「やめて。涼雲。もういいの」


 藍珠は涼雲の手から盥を奪い取るようにして受け取ると、そのまま物干し場の方へ向かった。


「涼雲、あんたも物好きだね。そんな薄汚れた不吉な娘なんか相手にしなくったってあんただったら心を寄せてくれる娘が他にいくらだっているだろうに」

 石敏の声が追いかけてくる。


「余計なお世話だ。他の女なんか何十、何百束になったって藍珠の足元にも及ぶもんか!」

 威勢よく言い返した涼雲は、藍珠に追いつくとまたその手から盥を取り返した。


「涼雲ったら、あんなこと大声で恥ずかしい」

「何が恥ずかしいんだよ。本当のことだ」


 涼雲はそう言って、にっこりと笑った。藍珠もつられて微笑み返した。


 藍珠の母の栄寧は他部族の首長の娘だったが、部族間の抗争に敗れて奴婢の身分に落とされた。

 そして父の正室の玲氏に仕えているところを見初めらて藍珠を身ごもったのだ。


 藍珠が生まれたその夜。

 空には不吉な前兆といわれる七つ星が輝いていたという。


 そしてそれを裏付けるようにその夜、集落で火事が起こりたくさんの羊と馬、そして人が亡くなった。

 

 それ以来、藍珠は一族の皆から不幸をもたらす星、「凶星の下に生まれた娘」と呼ばれている。


 五つの時に母が亡くなってからは、幼馴染の涼雲だけが藍珠の心の支えだった。


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