第20話『八岐大蛇(やまたのおろち)』   


誤訳怪訳日本の神話・20


『八岐大蛇(やまたのおろち)』   




 目(め)は丹波酸漿(たんばほおずき)のように眞赤(まつか)で、一つの体にに頭と尾がが八つずつあります。その体には蘿(こけ)や檜(ひのき)杉などが生え、その長さは谷(たに)八(や)つ峰(みね)八(や)つをわたつて、その腹を見ればいつも血(ち)が垂れて爛(ただ)れています。


 アシナズチ・テナズチの二人は狭い家の中で体全体を使って八岐大蛇の説明をします。


「いやあ、たいへんな化け物だなあ、モンハンでも、そんなのはめったに居ねえよ」


「やっぱり、八岐大蛇を退治するとなるとハイレベルなプレイヤーでタッグを組んで、課金しまくって装備を整えなきゃなりませんでしょうねえ」


「お爺さん、でも、わたしたちには、そんなお金ありませんよう」


「いや、大丈夫だ。この家にあるもんでやっつけられるから、ちょっと用意してくれっかなあ」


「この家にあるもので?」


「いったい、なにを使うんでございますか!?」


 膝元ににじり寄って来る老夫婦に、スサノオは深々と頷いて、こう言います。


「大きな甕八つに並々と酒を満たしてくれ。そいつを並べたら垣根で囲ってさ、八つの入り口をこさえるんだ。でもって、オレはクシナダの着物引っかぶって座ってるんだ。オロチが酔っぱらったら……あとは観てのお楽しみ!」


 八つの大甕を満たすほどの酒が置いてある家などあるわけないのですが、そこは神さまの世界なので目をつぶって頂いて。


 スサノオの計画通り、八岐大蛇は「娘を頂く前に、酒をゴチになっちまおうぜ!」


 八つの雁首並べてグビグビと酒を飲み干します。


 やがて、グデングデンに酔っぱらって八つの頭が絡まりながら寝てしまいます。東映のアニメで作られた『わんぱく王子の大蛇退治』では、スサノオは十歳くらいの少年で埴輪みたいなアメノフチコマに跨り、まるでキングギドラみたいなオロチを激戦の末に倒します。


 しかし、記紀神話では、酔っぱらったオロチは瀕死のウナギのように簡単にやっつけられます。やっつけたオロチの腹を裂きますと一振りの刀。これが滅法スグレモノの刀で草薙の剣と名付けられ、今でも皇居の奥つ城に安置されている三種の神器の一つになります。


 さて、八岐大蛇です。


 こいつは、朝鮮半島から伝わった製鉄を生業とする人たちではないかと言われています。


 当時の製鉄は鉄穴流し(かんなながし)と言いまして、粉砕した岩石や土に含まれている砂鉄を川に流すことによって笊などで掬い取ります。それを集めて溶かして鉄にするわけです。『もののけ姫』でエボシが女たちを使って生業にしていた製鉄法です。


 この製鉄法には弊害があります。


 砂鉄が川を流れるので、下流の方では赤さびた砂鉄の為に川が赤く染まります。こんな水が稲作に良いわけはなく、下流の農民たちは困ってしまいます。また、一回製鉄するのに山一つを丸裸にするほどの薪が必要なのです。丸裸にされた山は保水能力が落ちて、ちょっとした大雨でも鉄砲水や山崩れを起こしてしまい、これも農民たちには大迷惑です。


 そのために、中国地方では製鉄民と農民の間ではいさかいが絶えませんでした。そういう事情が神話の背景にあるのではないかと思われます。オロチの体内から草薙の剣が出てきたのも示唆的です。『もののけ姫』では山を荒らされた山犬と山犬に育てられたもののけ姫が人間たちに立ち向かっていきます。モチーフが同じなんですね。


 さて、製鉄の民は朝鮮半島から渡ってきたと申しました。


 四五世紀は、製鉄に関しては半島の方が優れていたと思われます。ただ朝鮮半島は日本ほどの降水量が無いため、製鉄の為に山を丸裸にしてしまうと容易に回復しません。ところが、日本では山を丸裸にしても二十年もするともとに復元します。製鉄民は二十年を目途に山を渡り歩けば、いつまでも(農民との確執は別として)平穏に製鉄が出来ます。


 ちなみに、こういう製鉄を『たたら製鉄』と言います。


 六人ほどで大きなふいごを踏んで空気を溶解炉に送ります。この仕掛けをたたらと言います。ここから、よろめいたり勢い余って一歩を踏み出すことを「タタラを踏む」と表現するようになりました。




 次回は、オロチを退治したあと、この地が気に入って住み着いたスサノオの子孫のお話をしたいと思います。


 

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