第9話

あいつの家からボストンバックと赤茶色のバッグを持って飛び出したアタシは、ダウンタウンへ逃げ込んだ。


アタシは、パーク通りの教会の近くにあるアパートへ移り住んだ。


同時に、クインシーマーケットのフードコートの中にあるハンバーガーショップでバイトを始めた。


夜のバイトのコンビニは、地下鉄の駅に近い場所にあるので、継続する。


バイトを1日四時間ずつに減らしたので、お給料が減った。


郵便局で働いていた時は、月給が1200ドルで、コンビニのバイト・800ドルと合わせて2000ドルだった。


ハンバーガーショップは、時給9ドル15セントで四時間働いて日当36ドル60セント…


コンビニのバイトを四時間に減らしたので、1日の合計は73ドル80セントに減った。


アパートの家賃やダウンタウンからビーコンヒルのチャールズ通りまで行く地下鉄の電車代など…出費が多くなった。


アタシは、なんであいつと離婚したのか…


どうして、あいつの家の親族との間に大きな溝を作ったのか…


あいつは、アタシの理想の結婚相手じゃない!!


年収10万ドルのマサチューセッツ州の州庁の職員なんて大ウソよ!!


あいつは超安月給の契約社員で、ハイスクール中退止まりだから、アタシの理想の結婚相手じゃない!!


フライグブルグ(ドイツ)で結婚生活を送っていた時のダンナは、アタシのヒモだった。


フランスへ逃げ込んだ後に再婚した二度目のダンナは、女グセが悪いことを理由に離婚した。


そうしたトラウマの発端が、実家の両親がすすめたお見合いだった。


アタシの過去のトラウマは、そのまた以前からあったと思う。


しかし、いくら考えても思い当たるフシは見あたらない…


ダメ…


思い出せない…


どうしよう…


そんなアタシに、もう一度ウェディングベルを鳴らす資格はあるのか?


アタシは、何のためにアメリカへ来たのか?


ハバロフスクから家出した後、シベリア鉄道に乗ってウラル山脈の西側へ逃げた。


モスクワからサンクトペテルブルグ~ドイツ・フランスと転んで、渡米した。


アタシは、なんのためにアメリカへ来たのか…


そう思えばおもうほど、悲しくなった。


7月6日のことであった。


アタシは、時給が高い西海岸の州へ移住することを決意した。


あいつとの仲は、修復できない…


これ以上、ボストンにいたくない…


ボストンから早く出たい…


アタシの気持ちは、ひどくあっていた。


7月7日のことであった。


ロブ(あいつのいとこ)とカノジョの結婚式がビーコンヒルの中心部の小さな教会で行われた。


チャペルに、大学の友人知人たちがたくさんいて、ふたりの門出を祝っていた。


本来ならば、大学の卒業式の翌日に挙式披露宴を挙げる予定であった。


けど、ロブの家の父親が大病で倒れたので、介護するためにフィラデルフィアの実家へ帰ることになった。


カノジョは、スイートホーム暮らしを望んでいたが、ロブの事情が変わったことを理由に離婚することにした。


フィラデルフィアとボストンで離ればなれの暮らしなんかイヤ…


カノジョは、ロブにそう言うて突き放した。


ロブは、お父さまが大病で倒れた知らせを聞いた時、すごく悩んだ。


大学卒業間際に、父親が大病で倒れた知らせを聞いた。


卒業まで在学をするか1~2年間中断して父親の介護をするか…


どちらを選べばいいのだ…


こんな時に、カノジョから離婚を突きつけられた…


ロブのカノジョは、ロブにウソつかれたことに腹を立てていた。


こんなことになるのであれば、結婚なんかしない方がよかった。


カレは、アタシにウソをついた…


だから、一生うらんでやる!!


結婚式が行われた日の夜のことであった。


アタシがバイトをしているコンビニに、カノジョがやって来た。


カノジョはアタシに『カレと結婚なんかするのじゃなかった。』と泣きながら言うた。


アタシは、陳列ケースに新しく来たサンドイッチをならべる仕事をしていた。


アタシは、怒った口調でカノジョに言うた。


「あんたは『カレと結婚なんかするのじゃなかった…』と言うけど、よく考えずに行動シタから大失敗したのでしょ!!あんたはアタシと同じような大失敗をしたのよ!!アタシはあんたの泣き言を聞いているひまなんか1分もないのよ!!」


カノジョは、泣きそうな声でアタシに言うた。


「アリョーナさん、アリョーナさんもボブさんと何があったのですか?」

「アタシの理想の結婚相手じゃないから離婚するのよ!!」

「アリョーナさん、それはどういう意味なのですか!?」

「あいつは、ハイスクール中退で超安月給の契約社員だからアタシの理想の相手じゃないのよ!!離婚する理由はそれだけよ!!」

「アリョーナさん、ボブさんはひどく傷ついているのよ!!」

「そんなの知らないわよ!!ハイスクールを中退してプラプラした人生を選んだあいつが悪いのよ!!繰り返して言うけど、あいつはアタシの理想の結婚相手じゃないから理想する!!離婚したあとは、女ひとりで生きて行くから…」

「アリョーナさん…」


アタシは、カノジョにつらそうな声で言うた。


「アタシ…ショージキ言ってしんどいのよ…こんなことになるのだったらお見合いなんかするのじゃなかったと…後悔しているのよ!!」

「アリョーナさん。」

「これで分かったでしょ!!あんたね!!大学に行っているなら働きながら学ぶと言うことはできないの!?自分のおこづかいを自分で稼ぐと言うことはできないの!?いつまで親御さんの仕送りに頼るつもりなの!?アタシは女子大やめてから今まで世界中を転々として生きてきた女よ!!あんたにアタシのつらさ悲しさなんか分かってたまるか!!そんなことよりも、これ以上バイトのジャマをするのであれば店長呼ぶわよ!!」


カノジョを怒鳴りつけたアタシは、奥の部屋へ逃げ込んだ。


7月10日のことであった。


アタシが暮らしているダウンタウンのパーク通りの教会の近くにあるアパートに、かつて下宿をしていた時にお世話になったインテリア家具屋さんのおかみさんがやって来た。


アタシは、おかみさんにあいつの家の親族と大ゲンカになったことを話した。


おかみさんは、残念な表情でアタシに言うた。


「結局、大ゲンカになった末にまた離婚したのね…アリョーナちゃんは、どうして嫁ぎ先で大ゲンカをしたのよ?」

「どうしてって…あいつがアタシに大ウソついた…離婚の理由はただそれだ。」

「ボブさんが、アリョーナさんにウソをついたの?」

「そうよ。」


おかみさんにチャイ(紅茶)を差し出したあと、アタシは冷蔵庫のドアを開けて中からバドワイザーの500ミリリットル缶を取り出した。


「あいつが年収10万ドルでマサチューセッツ州の州庁の職員だと言うからお見合いしたのよ…あいつは嫁さんが来なくなったら困るから、ああ言うウソをついたのよ!!…あいつの母親も共犯者よ!!…なんなのよ一体もう…」


アタシは、缶ビールのフタをあけてゴクゴクとのんでから、おかみさんに言うた。


「おかみさん、アタシ…ショージキ言ってしんどいのよ…何のためにアタシは結婚したのか?…アタシの理想の結婚相手なんかどこにもいないのよ…女のしあわせなんか…もういらない…」


おかみさんは、困った声でアタシに言うた。


「アリョーナちゃん、アリョーナちゃんはボブさんが年収10万ドルで州庁の職員だと言うのはウソだと言うたわね。」

「そうよ…ウソウソ大ウソよ!!」

「ボブさんのお母さまに改めて聞いたけど、ボブさんは本当にマサチューセッツ州の州庁の職員よ。」

「あいつの母親の言うことなんか、信用できない!!」

「どうしてボブさんをうたがい続けるのよ?」


おかみさんからの問いに対して、アタシはこう答えた。


「アタシが最初に結婚したダンナが…大ウソつきでプータローだった…アタシがドイツで結婚生活をしていた時だった…ダンナは安定した収入のお仕事と肩書きを捨てて、実家のワインの卸し問屋を手伝いたいと言うた…けど…実家の家族との人間関係が原因で、家出して、アパートを借りて暮らした…シューカツをするから…仕事を見つけるから…とアタシにウソついた…その結果、離婚した…二番目のダンナもそうだった…ふたりきりのスイートホームで甘い生活を送れると思ったら…ダンナの両親と妹が土足で上がり込んだ…ダンナは両親と妹にヒクツになったわ…それで…」

「それで、大ゲンカになったのね。」

「そうよ!!」


缶ビールを一気にのみほしたアタシは、冷蔵庫から2杯目の缶を取り出しながらおかみさんに言うた。


「だからアタシは…女ひとりで生きて行く…結婚なんかイヤ!!」

「困ったわね…アリョーナちゃんの両親の顔が見たいわ。」

「ハバロフスクの実家のことは出さないで!!実家とは絶縁状態よ!!」

「それじゃあ、どうやって生きて行くのよ?」

「女ひとりで生きると言ってるでしょ!!」


アタシの言葉に対して、おかみさんは大きくため息をついて言うた。


「アリョーナちゃん、アリョーナちゃんのつらい気持ちはよくわかるけど、広いアメリカ社会で女性ひとりが生きて行くと言うことは、なみたいていの力ではやって行けないのよ…リーマン(ブラザーズ・投資会社)が経営破綻して、アメリカ経済の先行きが不安定になっている…そんな世界情勢の中で、アリョーナちゃんはひとりの力だけでやって行けるの?」

「おかみさん。」

「アリョーナちゃん、もう一度ボブさんと話し合うことはできないの?」

「イヤ!!拒否するわよ!!」

「どうして拒否するのよぉ~」

「イヤというたらイヤなの!!」


おかみさんは、深いため息をついた。


アタシは、おかみさんに一定のメドがたったらボストンから出て西海岸へ移住することを改めて伝えた。


その頃、あいつはどうしていたのか?


アタシは、大ウソつきのあいつなんか見離したから、話し合いしてもムダ…


なので、どうなってもかまわない…

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