第2話 法律の基礎知識――公法と私法、一般法と特別法
ゴウは、勇んでテキスト第二巻第一章を読み始めた。
テキスト第二巻第一章のテーマは、契約に関する民法の基本ルールである。
しかし、具体的な民法のルールのはなしに入る前に、ここで押さえておくべき基礎知識と原則についてみていくことにしよう。
現在、日本には二〇〇〇件近くの法律が存在するといわれている。このうち、令和三年度版の六法全書には、八五〇件の法律が収録されている。
信じられないことだが、六法全書と銘打ちながらすべての法律を収録しているわけではない。
そしてドイツ法学の影響を受けた日本の法律学は、これらの法律をその規律する対象に着目して分類してきた。
それが「公法」と「私法」という分類だ。
公法とは、国や地方公共団体と私人の関係および国と地方公共団体の内部関係を規律する法をいう。
国家と国民の関係、または国と地方公共団体の内部関係を規律していれば、その法律は「公法」というグループに分類ということだ。
憲法、地方自治法、行政手続法、行政事件訴訟法、刑法、刑事訴訟法、民事訴訟法等がその例だ。貸金業法もここに含まれる。
ここで、私人というのは、とりあえず「個人」のことだと考えておけばよい。
「法」としているのは、厳密に言うと、憲法が「法律」ではないからだ。
制定権者、改正手続、違反した場合の扱いなどについて、憲法と法律とでは異なるからである。
憲法を制定する権限を持つのは、本来、国民である。憲法九六条はこのことを前提にしているからこそ、憲法改正に国民投票を要求しているのだ。
他方で法律は、原則として、国会だけが制定する権限をもつ。法律は国会の議決だけで制定でき、法律を制定するには必ず国会を通過させなければならない。
憲法四一条が「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」としているからだ。
このように、憲法と法律とでは制定権者が異なっているのだ。
法という言葉は、法律よりも広い言葉だと考えておけばよい。法という言葉のなかに法律がある。そして、憲法も法のなかに含まれるが、法律とは異なるというワケだ。
話を戻そう。
これに対して「私法」とは、私人相互の法律関係を定めた法律をいう。民法のほか、商法、会社法、消費者契約法、借地借家法などがこれにあたる。
個人と個人の関係を規律していれば、その法律は「私法」というグループに分類されるということだ。
注意したいのは、分類の実益だ。
この分類の意味するところは、公法に属する法が私人相互の関係に直接適用されることはないということだ。
というのも、規律する対象が異なっているからだ。
ときどき、憲法が個人と個人との関係に直接適用があるかのような主張を聞くことがあるが、原則としてそのようなことはない。
憲法は「国家権力を制限し、国民の権利・自由を確保する法」などと定義される。
この定義から判るように、憲法の規律対象は「国家と国民の関係」だ。
国民の側から国家に対し、①キミらがやって良いのはここまでだ。余計なことはするなと制限し、②これらが私たちの権利だ。国家は、きちんと保障してくれ(侵害するな)、と要請するのが憲法ということだ。
こうしてみると、いま議論されている「緊急事態条項」の導入が、憲法の本来の性質と矛盾するのだということを、私たちは念頭におくべきだろう。
国家権力を制限するどころか、国民の権利・自由を確保するどころか、その正反対のことを国家権力の行使として容認することになるからだ。
それはさておき、憲法は、あくまでも国家と国民との関係で適用されるもので、原則として個人と個人の関係に直接適用して紛争解決することはない。
これから見ていくのは「民法」という法律なので、「私法」という領域の法律の話が中心になる。
この私法領域に属する法律のうち、たとえば商法は、市民のなかでも商人という特別な人に限定して適用される。
このほか消費者契約法、借地借家法も同様だ。
消費者契約法は、事業者-消費者間の契約に限定して適用される。
借地借家法も、不動産の賃貸借契約を適用対象とする。
ところが民法は、「私人間の生活関係」という広汎な領域をカバーする。このため商人の取引、消費者契約、不動産の賃貸借は、すべて民法の適用対象にもなる。
そして商法や消費者契約法、借地借家法のように、人・場所等一定の限定された対象に適用する法律を総称して「特別法」という。
他方、民法のように、特に何ら対象を限定しないで、全般的かつ一般的に規律した法律を総称して一般法と呼ぶ。
民法は、私法のうち市民の生活関係を全般的かつ一般的に規律する法律であることから、私法の一般法といわれる。
前述したように、日本では数多くの法律が制定されている。法律の種類や数が多いため、一般法と特別法の間に矛盾・衝突が生じることがある。
そうすると、一般法と特別法の適用関係が問題となる。
あるひとつの場面について、一般法の規定と特別法の規定とが異なった要件・解決を定めていた場合、どちらの法律に従わなければならないのか、どちらの法律の条文を適用して紛争解決をするのか、という問題だ。
この点については、次回、解説することにしよう。
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