試合と学祭 ②

 試合が始まる前に皓太から冷やかされる。


「遅れてきたと思ったら、お前ら二人とも顔を真っ赤にして、何をしてたんだよ」

「な、なにもしてない……」

「なんだよ〜怪しいな〜」


 からかう様に笑っている皓太だったが、さすがに試合前なのでそれ以上は深く追及してこなかった。俺も美影の行動ですっかり絢との事は頭から離れていたので、試合に集中する事が出来そうだった。

 試合が始まる前に美影からいつも通り笑顔で励まされる。


「頑張ってね!」


 俺は手を上げて応える。試合中も美影は声を上げて応援してくれた。ハーフタイムの時に今日はベンチに入っている志保が休んでいた俺の所に来てにやりと笑う。


「ねぇ、本当に試合前に何があったの?」

「い、いや、な、なにもないよ」


 油断していた俺は不意打ちされて焦った口調で答えてしまう。


「えぇ〜、そんなはずはないよ」

「な、なんでそんな事……」


 自信たっぷりに志保が否定して焦っている俺を無視するかのように当たり前な顔をしている。


「あんなに嬉しそうな美影の顔を人前で見るのは初めてだし、由規もいつも以上に張り切ってるみたいだからね」

「そ、そんな事はないかな……」

「美影との付き合いは長いし、由規の試合中の姿だって何度も見てきたのだから分かるわよ」

「……」


 何も言い返せない、志保は鼻で「ふん」と言ってドヤ顔をしている。


「まぁいいわ、試合が終わったらゆっくりと聞かせてもらうわ」


 勝ち誇ったような顔で再びマネージャーの仕事を始めた。離れた場所で俺と志保の様子を見ていた美影は心配そうな顔をしていた。

 試合は予想外に楽な展開になった。ハーフタイムの時点で十点差あり、試合の流れも俺達のチームがかなり良かった。だから志保にも気持ちの余裕があったのだ。残り後半も相手チームに主導権を渡すことなく試合終了までいった。


「お疲れ様。今日のよしくん凄かったね」

「そ、そうかな……」

「うん、あんなに得点を取ったのは初めてじゃない?」


 帰り道で美影は興奮気味に話している。確かに、この試合は俺がダントツで得点を取っていた。志保にも同じことを言われたが、別に特別に意識した訳ではない。試合展開から結果的に多くなっただけだ。


「でも勝てって良かったよ。これで明日、挑戦出来るからね」

「そうね、でも私が元気を分けてあげたおかげかな……ふふふ」


 俺が美影の返事に再び思い出してしまい赤面すると美影は可愛く笑っている。やられてばかりでは悔しいので言い返してやろうと本気のように頼んでみる。


「明日はもっと大変だからもう一回お願いしていかな?」

「えっ、ほ、本当にするの……」


 余裕ある表情から驚いた顔で焦っている。


「うん……」

「……う〜ん、そう言われると恥ずかしいかな……でも……どうしても……」


 動揺した美影は俯き顔を赤くして答えるがその表情も可愛らしい。美影の普段あまり見られない表情を見ることが出来たので満足した。


「冗談だよ。明日はちゃんと自力で頑張るよ。今日はありがとう」


 俺の返事を聞いて俯いていた美影の頭から湯気が出そうなくらい真っ赤な顔をしている。


「もう〜いじわる……本気で悩んでたのに……」


 赤い顔のまま美影は拗ねたような口調で呟いていた。


「ごめんね」


 そう言って何度か謝ったが、よほど美影は恥ずかしかったのか帰り道は終始拗ねた顔をしていた。帰宅してから美影からメールが届いて、内容は絢と試合会場で会ったという事だった。


(やっぱり美影と会ったか……仲がいいよな……)


 今日の二つの出来事を思い出して心の中に少なからず罪悪感が残っていた。最後まで読んでいると再来週ある学祭に絢が来るみたいとある。絢は昨年も学祭に白川と来ていたが、入れ替わりで俺は会っていない。美影もまだ再会する前だったので学祭に来ていた事は知らなかったはずだ。


(また白川と一緒に来たらいろいろと言われそうだな……でも大仏経由から聞いているかもしれないな……)


 まだ試合が残っているにまた一つ課題が増えてしまった。


 翌日、シード校との試合は第一試合だった。昨日のように気持ちに余裕はなく完全に試合モードで集中していた。試合前のウォーミングアップをしている最中に皓太に素直な意見を聞いてみた。


「この試合、どうにかなりそうか?」

「あぁ……正直厳しいかな……」


 予想はしていたが皓太の返事はいいものではなかった。皓太の表情からも「きびいしい」という言葉が伝わってくる。昨日とは明らかに皓太の雰囲気が違っていた。


「そうだよな……レギュラー全員が三年だからこれまでとは全然違うよな」

「まぁそうだけど、それ以上に俺達のチームはまだまだ経験不足だ。これまで強豪チームとの試合はほとんどしていない。今日はいい機会になるんじゃないか」


 俺以上に自虐的な言い方をした皓太の予想は的中した。

 試合開始から相手チームのプレッシャーに圧倒される。これまで通用していた俺と長山のゴール下でのシュートはまともに打たせてもらえず、外からボールを回そうにもカットされたり思うようなところにパスが出せない。気が付けば第一Qが終わって俺達のチームはまだ一桁の得点だった。


「ここまでとは……」


 長山が息を切らせながら絶句に近い口調だ。既に俺も皓太も肩で息をしている。レギュラー三人の表情を見てベンチにいる後輩達は声をかけられない。


(俺の考えは甘かったな……)


 俯いたままの俺にベンチにいる美影も黙って見ているしかない状態だった。

 インターバルもあっという間に終わり、第二Qが始まる。状況が変わることはなく八割ぐらいデフェンスに費やしている。なかなか時間は過ぎずに得点差もかなり開いてしまった。


「やっとハーフタイムだな、こんなに長く感じるのは初めてだな……」


 ベンチに座り込み俯きながら呟いた。横には同じように頭からタオルを被り疲れ切っている皓太が座っている。


「想像以上だな、力の差は……」


 悔しそうな表情で力なく皓太が声を落とす。俺は頷く事しか出来ずに黙ったままだった。

 この後試合は、相手チームが控え中心のメンバーに変更してやっと互角に近い内容になったが、疲れ切っていた俺や皓太は全くいいところなくそのまま試合終了になった。昨日とは一転して暗い雰囲気で帰宅することになった。

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