第5話 手を差し伸べた代償
「虚の……バカッ!!」
近づくと女性を中心に六匹の野犬が四方八方を囲むように威嚇していた。助けなきゃ―――そう、決意して後ろから静かに獣に近づくと、刀を首元へと突き刺していった。
――キャアゥゥ…!
(まずは……一匹!)
断末魔と血しぶきを上げ、野犬は倒れていく。異変に気づいたのか、牙をむき出しにして、威嚇をし始める。
「――え?な、なんで……?」
「絶対……助けますからっ!」
困惑する女性の前に立つと、刀を構えて獣に対峙していった。
「ああぁぁぁぁぁっ!」
殺意がむき出しな獣に対し、刀を眉間に突き立てていく―――――――
ゴポッ―――噴水のように鮮血を噴き出しながら、静かに倒れていった。二匹が死に、リィンを完全な敵と見なしたのか、四匹は飛びかかるのを止めてジリジリ……と二人に近づいてきた。
(……数が……多すぎる!)
息は絶え絶えになり、手が震えながらも野犬を睨みながら、刀を握り直す。
“死なせない”――そう心の中で己を鼓舞して、再び立ち向かう。
ジリジリと距離を詰めていた野犬は一斉に動きを止めて様子を伺い始めた。リィンは四方八方を警戒しながら牽制をしていく―――緊張感は徐々に高まり、冷や汗が頬を伝う。
―――グルゥゥアァッ!
緊張の糸が最大まで張り詰めていた時、“それ”は唐突に訪れた。前の野犬一匹だけが走り出してきた。逃さない――剣先を野犬に狙いを定め、走っていく―――
「あぁぁぁっ!!」
野犬もまた止まることはなく、眉間に剣先が届きそうになったその刹那――獣は横に避けていった。
(――えっ!?)
先程までとは考えられない動きに、一瞬思考が停止してよろけそうになる。その隙きを突くように別の野犬に突進されてしまい、直撃は免れずに転んでしまった。
「あっ……」
―――ガアァァァァァッ!
好機――そう感じた野犬はリィン目掛けて、一斉に飛びかかる。このままだと、数刻もすれば四肢を喰い千切られ、鮮血の華を咲かせる――――死を覚悟して、思わず目を瞑る………
………
…………
……………?
だが、引き裂かれる痛みもドロリとする生温かい流血も、一切感じなかった。恐る恐る目を開けた先に広がっていた光景は、鎧を纏った大男が斧で野犬を食い止めていた。そして、その傍らには虚が立っていた。
「なんで……助けに行ったんだ!」
「あ……だって……その……」
あの状況であれば、誰だって助けに入るはずなのに、何故止めるの?どうして自分だけは助けるの?
―――その行動にどう答えて良いのか分からず、しどろもどろになってしまう。
「はぁ……まずは、目の前の野犬を片付ける。話はそれからだ」
『行け』―――虚はただ一言放つと、大男は背負っていた斧を手に持ち、振り回しながら野犬を一匹ずつ屠っていった。警戒を強めた野犬は側面から突っ込んで来るが、虚の表情は変わらない―――
「……それはすでに予測済みだ。」
鎧を身に纏った巨体とは思えないほど俊敏な動きで一匹ずつ屠っていき―――暫くして、周囲には野犬の死体が転がっていた。
「……よし、“グレゴリー”はもう戻っていいよ。」
周囲が落ち着いたことを確認すると、大男―――“グレゴリー”は一枚の紙切れを残してバラバラに崩れていった。紙切れを拾うと、虚は周囲を見渡す。
「ねぇ、今のは……?」
「輪廻の書だけど……そんなことより、さっき襲われていた女性は無事?」
ハッとしながら、先程の木陰まで戻ると女性は怯えながら身を隠していた。無事であることにほっとして、優しく声を掛ける。
「もう、野犬は殺したので安心です。ですから怯えなくて大丈夫ですよ?」
「………」
しかし、声を掛けても反応は変わらないままで、虚に助けを求めるが、俯いたままで何も答えてはくれなかった。
「あ、あの―――」
「――なんで…なんで助けたのよぉっ!この――人殺しぃぃぃっ!あんたのせいで、私は……私はっ!」
呼吸は段々と荒くなっていく――死にたくない、死にたくないと必死に懇願
しながら、焦点の合わない目で周囲を見回し始めた。
(な、なんで……危険はないはずなのに)
必死に声を掛けても落ち着く様子はなく、困惑するリィンを横目に虚はゆっくりと女性に近づいていった。
「そ、虚……?」
虚を見るや女性は狙いを定めたようにキッと睨みつけて、
「―――っ!?ああ、そう……お前が、忌み子……お前のせいでっ!早く助けなさいよ!このままだと死んじゃうじゃない!」
必死の
「何をしているのよ!いいから早くっ――!!」
「本当に……すまない、すまないがもう……手遅れだ」
手遅れ―――そのたった一言を聴いた直後、女性の身体は震え、顔は真っ青になっていく。迫りくる何かから逃れようと虚に
「リィン……これが君が選んだ結末だよ……」
冷や汗が頬を伝い、心臓の鼓動が早まっていた。何が始まるのかは皆目見当が付かなかったが……嫌な予感がした。
「あ、い……いや、嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だっ!まだ、死にたくないぃぃぃっ!!!だ、だれか……消えたくないぃぃぃぃ……!ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――」
悲痛な叫びと共に、サアァァァァ――――と
「―――タイトルは『赤コートの少女』。病気がちな老夫婦を助けるために毎日必死に薬草を積みに森を訪れ……最後は野犬に喰い殺されて死ぬ運命を辿る。だけど………これが、現実なんだよ」
拾い上げた本は灰となって跡形もなく消えていった。身体から本が現れた?本が……消えた?止まることない現象に、理解が追いつかない。その様子を虚は歯噛みしながら、ただ見守ることしか出来なかった。
「どういう……ことなの?」
「―――この世界は人となりも、死期すらも……全て、輪廻の書の通りに生きることを強要される。それが出来ない人は……異物として世界そのものから、その存在ごと排除されるんだ。生きた記録も……周囲の人からの記憶全て……消えるんだ」
「全て……無かったことに……」
ことの重大性を知って顔から血の気が引いて、身体の震えが止まらなかった。無我夢中で飛び出したのはリィン自身であり、今更悔いたところで女性はもう……帰って来ない。そして同時に―――虚に対して憤りも湧き上がる。
「……だったら、どうして早く教えてくれなかったの!?なんで、この状況を変えようと思わなかったの!?」
「………っ!―――余所者に……何が分かる!!」
その表情は見たことも無いくらいに怒っていた。眼光はあまりにも鋭く、喉元にナイフを突きつけるようにようにリィンを睨む。
「……あの時、君が飛び出すはずが無かった。それに――今は君を信用出来ない……それだけだ」
『信用できない』――その一言で再び森が
「依頼達成おめでとうございまーす!……あれ?随分と元気がないようですが、大丈夫ですか……?」
「……ええ、大丈夫です。それより、依頼の件ですが―――」
あれ以降は何も語ることはなく、静かにギルド本部へ辿り着いていた。カウンターでサーシャが明るく出迎えてくれたが、察したのか虚に対して不信感のような目を向けながら依頼報告を処理していく。報告後にサーシャと虚の二人で何やら話しているようだったが、何と言ってるのか聞き取れなかった。
「……それと、バークスさん経由で頼んでいた物はできてますか?」
「はい、準備できていますので少々お待ち下さい」
ゴソゴソとカウンター下から取り出した一枚のカードを、リィンへと手渡すと同時に、リィンへと近づき――
「……ちゃんと仲直りしてくださいね」
そっと耳打ちされ、見抜かれていたことにドキッとしながら、恥ずかしくなって頬を赤らめる。小さく頷くとサーシャは満足したのか、笑顔になりながら先程のカードについて説明を始める。
「さて……一応説明しますが、それは“ギルドカード”です。わかりやすく言うと、リィンさんの身分を示すモノです。依頼などで各地に出向く際に使いますので、無くさないように気をつけて下さい」
リィンが中身を確認していくと、名前や年齢・能力と様々記入する欄があり、そのほとんどが空欄だった。虚も気になって覗き込んできたが、住所欄を見たまま表情ごと固まってしまった。
「サーシャさん……どうしてリィンが僕の家に住むことになってるんですか?」
……。
………え?今なんて言った?虚の家に住む?
なんでこのタイミングで……どうすればいいのか分からずに黙り込んでしまう。
「……私としてはうらや――いえ、とにかくリィンさんはここに来たばかりで、困ってるんです!違いますか!?」
若干の圧を含みながらリィンに同調を求めてきた。その勢いに押されて思わず、はい――と答えてしまう。
「今のリィンさんが頼れるのは虚さんしかいないんです……お願いしますっ!」
そのキラキラした目から逃れることはできず……少しの沈黙の後、虚は渋々了承してくれるのだった。
ギルドを出てからいつ謝ろうか考えていたが、タイミングが掴めずに沈黙が続く。ちらっと虚の様子を伺うが、重々しいため息をつきながら、思い詰めた顔をしていた。いつ・何と言い出そうか……意を決して声を上げた時―――
「……虚!」「……リィン!」
互いが名前を呼んだのは同時だった。タイミングが重なってしまい気恥ずかしくなるが、先に話し始めたのは虚だった。
「―――その、すまない。昔のことを思い出して、つい……強く言い過ぎてしまった」
バークスさんも話していた虚の過去が気になったが、虚の口は段々と重くなっていった。
「……ごめん、今はあまり話したくない。ただ、同じ過ちは繰り返してほしくないから……“むやみに人を助けない”――これだけは約束してほしいんだ」
結局、詳しい話は聞くことはできなかったが、森での事を思い出して言葉が重くのしかかる。
「――ここで生きていくためにも、この世界の事をもっと知らなきゃ」
「……そうだね。でも、まずは生活に必要な物の準備をしてからだね。落ち着いてから色々と話をしよう」
ぎこちない空気から、少しだけ距離が近くなったのを感じながら、虚の家までの裏道を通っていく。
「―――っ!?」
家まであと少し……最後の曲がり角に差し掛かろうというタイミングだった。唐突に響く、グチャグチャという気色悪い音と不気味な声……脳内が
「何……あれ……!?」
全身がどす黒く変色した
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